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僕と彼女のセカイ  作者: 巫 夏希
第一章 七不思議の章
5/8

1-4 大仏皆波

 次の日。

 僕が目を覚ますと――すぐにノックの音が聞こえた。おそらく、目を覚ましたのはこれが原因なのだろう。まったく、こんな朝っぱらからなんて誰が鳴らしているんだという話だ。まったくもって理解できない。

 まあ騒々しいノックではあるが、それに従わなくてはならないだろう――そう思った僕は眠気が未だ残っているまま、玄関へと向かいチェーンをかけ、扉を開けた。


「やあ、起きていたかい」


 わざとそのセリフをいったのだろうか。

 そうでなければ、僕の状況を見てそうは言わないだろう。

 その人間は女性だった。帽子を被った女性だった。居酒屋に居そうな流しの格好をしていた。いや、それだけじゃ解らないだろうからきちんとある程度説明しておくと、音楽を愛する旅人みたいなコスチュームをしている。名前は確か大仏皆波おおらぎみななみだったかな。僕は皆波さんと呼んでいるけれど、至極呼びづらい。


「どうしたよ、鳩が豆鉄砲食ったような顔なんてして。君の顔はいつもそんな感じだったような気もするが、果たしてどうだったかな。厚顔無恥とはこのことだね」

「厚顔無恥のちゃんとした意味、知ってて言っています?」

「いや、全く知らん」


 ですよね。


「そういうことはさておき」


 おいちゃいますか。


「一つ言いたいことがある。一先ずテレビを点けろ」

「それは僕の部屋にテレビが無いことを知った上で言っているんですか?」

「だったらスマートフォンかパソコンでもいいからニュースサイトをみろ。今すぐだ。はい、十、九」


 猶予は十秒しかないのかよ、というツッコミは無粋なのでしないでおく。ポケットに入っているスマートフォンを取り出し、ウェブブラウザを起動する。起動したあとは、インターネット検索サイトから『ニュース』欄をチェックしてみる。

 直ぐにそれは見つかった。


「これは……」


 そこには一面記事でこう書かれていた。


『日向中学校、怪盗ヴェルヌーイの挑戦状が届いたことにより、閉鎖へ』


 それは何とも滑稽で、何とも恐ろしいことだった。

 そして何とも非現実なことだった。

 そして、僕はあることを――正確には昨日あったあのことを思い出す。

 そう、月宮式とか言った、あの少女の言葉だ。


「それでも……行かなくちゃいけないっていうのか」


 果たして、日向中学校には何があるのか。

 そして月宮式は何を知っているのか。

 僕はそれを知らなくてはならない。

 知る必要があるのだ。


「行くのか、君は。こんなにテレビで、スマートフォンで色んなことが書かれているというのに?」

「怪盗ヴェルヌーイが何だか知りませんが、僕は行かなくちゃいけないんです。約束ですから」

「……約束なのか」

「ええ」


 頷いた。


「……だったら、私は止めないさ。どうだい、ならば私がひと皮脱いでやろうと思うのだが」

「いいですよ、出来れば人の手は借りないでおきたいですから」

「まあまあ、そう言うな。私だってお人好しじゃあない。君だからこそ力を貸してあげるんだ。今から行くのなら、必ず警察に足止めを喰らうぞ?」


 確かにその通りだった。

 しかし、だとすれば大仏さんはどうするというのか。

 そんなことを考えていたら、大仏さんは後方を指差した。

 そこにあったのは、黄色のポルシェ・ボクスターだった。故障率が最も少ない車として有名なその車は、昨日までそこにはなかったはずだった。


「私の愛車だ。馬力も申し分ない。これを使って中学校の校門を強引に通り抜ける。それさえ抜ければあとは問題もないだろう。どうするかは君次第だがね」


 大仏さんは僕にその提案を持ちかけた。僕は直ぐにそれを了承しても良かったのだろうが、しかしそういうわけにもいかない。

 ニュースに出ているということは多くのメディアが撮影に来ているのだろう。そこに行くということは撮影の危険性も孕んでいるということは間違いない。ともなれば、大仏さんも撮影されてしまうということだ。勿論僕も写ってしまうことにはかわりないのだけれど。

 僕だけが写って犯罪者呼ばわりされるのは特に気にしないけど、他人である大仏さんはまったくの別だ。

 大仏さんにも家族が居るはずだ。そんな状況でその状況を撮影されて逮捕なんてされてしまったら大変なことになってしまう。正直なところ、それだけは何とかしなくてはならなかった。


「何か君は勘違いをしているようだから、私から忠告しておこう。別に私はそういう、君に恩を売るだとか、そういうわけで言っているわけではない。それに、君はなにも悪くない。謝罪する必要もないし、そうされてしまえば私のほうが困ってしまう」


 僕はなにも言わなかったのに、大仏さんはぺらぺらと話し始めた。

 心を読む超能力でも存在しているとでも言うのだろうか。


「え、私はそういう能力なんて持っていないぞ?」


 ……おかしい、絶対におかしい。今のやりとりに僕の言葉は一切関わっていない。

 ため息をついて、大仏さんは話を続けた。


「……これ以上騙し通すことも無理だろう。私は確かにそういう人間だ。だが、これを『特殊な力』だとは思っていない。普通に生きていく上では必要でもないからな。もっとまともに使える力が欲しかったよ」


 大仏さんは僕が思っているよりも深い闇を抱えているようだった。そもそもこのアパートに住む人間が変わり者だらけというくらいだし、正直にいえば今更焦るほどの問題でもない。

 このアパート『かめりあ荘』は中学校からそう遠くない距離にある。ただし、距離の定義は人によって大分異なるから、一概に『遠くない』などということは出来ない。数字でいえば二キロ以上三キロ未満だ。


「……私にどんな力が備わっていて、どういう役割を持っているのか。それを君に言うことは出来ない。管理者に止められていることだからね」

「……管理者?」


 大仏さんは時折変わったことを言うが、今日はいつもよりひどい。波長がかすりもしない。


「そう、管理者。今の私たちには見ることが出来ないけれど……まぁ、もう少しすれば会えるかもしれないわね、『箱庭』の管理者に」


 そして。

 大仏さんは微笑むと、車の方へ歩き出した。

 どうやら本当にそこまで連れていってくれるようだった。とても有難い。


「とはいえマスコミが五月蝿いからね。裏のルートを通らせてもらうよ」


 僕が助手席に乗ると大仏さんは開口一番にそう言った。


「裏ルート? そんなものが存在するんですか?」

「お楽しみ……ということで」


 そう言うと大仏さんは素早くギアチェンジを行い、アクセルを大きく踏み込んだ。



 ◇◇◇



 日向地区を東西に横断している大通り『六石通り』を車は走っていた。六石通りはこの辺りでも一番広い道路だ。合わせて六車線あり、中心にはモノレールが走っている。

 モノレールは出来たばかりであまり利用者が少ない。当初は通学に使おうかと思ったが、学校側が許可してはくれなかった。


「ほんと厄介なもんだよな……」


 僕がモノレールのレール支柱を見ながら呟くと、大仏さんが僕の方を見てきた。


「どうした、少年。モノレールが気になるか?」

「だって僕は乗ったことがないですからね」

「……学校以外、外にも出ずに何をしているんだ?」

「いいじゃあないですか、人の趣味くらい」

「まあ、そうなんだけれどなあ」


 僕は頷きながら、またモノレールの支柱を見た。

 まあ、そんなことはどうだっていい。

 一先ずは、中学校へ向かうのが僕の目的だ。




 そして、すぐそれは見えてきた。

 もはや、予想通り。

 六石通りの半分を埋め尽くすマスコミの車両。


「……どうやってこれをくぐり抜けるつもりなんですか?」

「もちろん」


 そう言うと。

 大仏さんはさらにアクセルを踏み込んだ。


「え……ええっ!?」

「どうした少年?! シートベルトはきちんと締めておけよ!」

「それ今いうことですか!? 若干どころかもう完璧にアウトな領域ですよ?!」

「アウトじゃあない……人間は頑張ればなんだってできる……!」


 そうは言うものの、そういった大仏さんの表情が強ばっていたのを見て、もはや僕は死を覚悟した。












 ――まさか、こんなところで死ぬなんて……。













「気を保てッ!! まだ貴様は生きているぞ!!」

「大仏さんちょっと口調変わってやいませんかね?!」


 車は加速する。

 それこそ屯するマスコミをなぎ払うように。

 ああ、これが生きていた親に見られていたら……何があったのだろう。少なくとも、世界の終わりを覚悟するレベルだ。


「さあ、限界を見るぞ……ヒヒッ、面白くなるねえっ!!」


 もはや、大仏さんはいつもの大仏さんじゃあなかった。

 替わっている、のレベルを超えている。

 もはや、恐ろしい。

 そして――

 車は中学校の壁を破壊して、校内へ突っ込んでいった。



 ◇◇◇



「……来たわね」


 空間で、私は呟いた。

 あいつが来ないと、何も始まらないからね。

 ほんと、いろんなやつが手回しして、漸くなのだから……。

 それにしても、怪盗ヴェルヌーイって何者なのかしら?

 まあ、何とかしてくれるでしょう。式に任せて、私は向かわなくては。


「というわけで、式。よろしく頼むわね」


 私が言うと式は頷いた。

 それを見て、私は鼻歌を歌いながら、教室のドアを開けた。


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