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短編小説

十二年越しの仲直り

作者: 東稔 雨紗霧

 人間だれでも人生で一度は『あの時、ああしていれば良かった』とか『あんな事しなければ』などと思う人がたくさんいるだろう。


 主人公、歩もその一人だ。

 昔、幼なじみの薫と喧嘩をしたまま別れ、次の日、薫は交通事故でこの世を去った。

 喧嘩の内容は薫が歩のアイスを勝手に食べたという些細なことだった。

 事故当日、薫は歩への詫びのアイスを買った帰りに事故にあったそうだ。

 二十二になった今でも歩はその時の事を思い出しては

 『あんなことで喧嘩をしなければ良かった』

 と激しい後悔の念に襲われる。

 毎年、命日になると薫の墓に行き、謝罪の言葉を言ってきた。


ピピピ、ピピピ、ピピピ、ピピピ 


 目覚まし時計の音が部屋に鳴り響く。


 「ん、ふあ〜」


 手を伸ばし目覚まし時計を止め、腕を伸ばし大きく伸びをする。

 ぼやけた頭で休日なのに目覚まし時計を掛けたことに疑問を感じ、今日が薫の命日だと思いだした。

 着替えて支度をしてからカバンに財布と線香、ポケットに携帯を入れて家を出る。

 近くの商店街で花を買いながら薫の事を想う。


 (そう言えばあいつUFOとかUMAとかパラレルワールドとかよく分からない物好きだったな)


 と思い、近くの本屋で『世界の不思議、怪現象100選』と言う本を買った。 (昔、あいつと宇宙人は地球を狙っているとか、つちのこは絶対にいるって言う感じの話をよくしたな)

 思い出を振り返りながらバスに乗る。


 『次は、満小寺、満小寺』


 ボタンを押し、立ち上がるといきなり眩暈が襲ってきた。

 倒れそうになるのを手すりを持ち、堪える。


 「お客さん、大丈夫ですか?」


 運転手が心配そうに訊いてくる。


「あー、大丈夫です。ありがとうございます」


 お礼を言いながら料金を払い、バスを降りる。

 墓地へ着き、薫の墓に花を添えようとしたが、ふと掃除をしなければいけない事を思い出し花と線香と本を置いたまま水を取りに行った。

 桶に水を汲み、再び薫の墓に行くと誰かが墓の前に立っていた。

 知り合いかと思い、目を凝らしたが遠いため顔が見えない、服装は半そでのTシャツにジーパンなので男か女かも判断できない。

 誰かを確かめるために声を掛けようとしたが、その声は言葉とはならず喉の奥へ消えていった。

 手から桶が滑り落ち水が辺りに撒き散ったが、意識は全て目の前の人物に集中していた。


「………薫」


 立っていた人物は薫だった。

 しかし、歩が知っている薫がそのまま成長した姿だった。

 相手も目を見開き何かを呟いたが、その声はかすれていたため風に打ち消され、歩の耳には入らなかった。

 (薫は生きていた!本当は死んではいなかったんだ!)


 歩は薫に駆け寄り喜びのあまり抱きしめようとしたが直前に目の前の薫に違和感を感じ動きを止めた。


 (なんだろうこの違和感は……)


 歩は薫の全身をじっと見つめ、違和感の正体を探した。

(見た目は成長した以外には何も変わらない……だけど、何かが違う)


 と考え、不意に気が付いた。


(そうだ、雰囲気が違う。成長したからとか、勘違いではなく、決定的な何かが違うんだ)


 話しかければ違いが分かると思ったが、目の前にいる人物が薫ではないと信じたくなく、話しかけられなかった。


 「歩?」

 「っ!?」 突然、相手が自分の名前を呼んだので歩は吃驚した。


 「何故、私の名前を知っているのですか?」


 歩が尋ねると相手は慌ててこう言ってきた。


 「え?あ、すいません、あなたがあまりにも友人に似ていたものでつい、友人の名前で呼んでしまいました」

 「いえ、謝らないで下さい。ただ、私の名前も歩なので少し驚いただけです」

 「そうなんですか、すごい偶然ですね。あ、俺の名前は薫と言います。山口薫です」

 「私は斎藤歩と言います。」


 目の前の薫は自分の知っている薫とは違うと分かったが、名前も同じで顔も似ているのでどうしても薫と居るような気持ちになってしまう。


 「薫さんはどうしてこのお墓の前に?」

 「俺の友人のお墓が一つ挟んで隣にあるんです、その途中でこのお墓があってなんとなく気になって見てみたら、自分と同じ名前だから吃驚してしまいました」

 「そうなんですか…ちなみにそちらのお墓の方の名前は?」

 「えーと……」


 薫さんは少し言い淀みこちらを窺うような目で見る。


 「どうされたんですか?」

 「言いにくいんですが…あなたと同じ名前で斉藤歩なんです」

 「……なんだか…すごい偶然ですね…」


 特に理由は無いのだが、なんとなく気まずくなる。

 「そ、そうですね…」


 相手も同じだったのか視線をそらす。


 「失礼ですがこちらの方は何故お亡くなりに?」


 唐突に薫さんに訊かれた。


 「えーと、交通事故で車に撥ねられて…」


 そう言うと薫さんは目を少し見開きながら訊いてくる。

 「もしかして、その前日に喧嘩したりしました?」

 「え!?何故そのことを?」


 家族以外、誰も知らないはずなのに


 「喧嘩の理由は相手が自分のアイスを勝手に食べたからですか?」

 「…はい、あのー、あなたは一体?」


 何者ですか?

 何故それを知っているのですか?

 問いかける。


 「あー、なるほどそう言うことか」


 薫さんはこちらの質問に答えず、何故か一人で納得している。


 「あのー」


 呼びかけるが全く聞いてはいない。


 「俺の空間が歩の空間とくっついたのか……でもなんでくっついちゃったんだろう? この空間は一時的なものなのか?」


 よく聞こえなかったが何かを呟くと薫さんはこちらに向き直った。


 「俺は、あなたの知っている幼馴染の山口薫であり、山口薫ではないとも言える」

 「………は?」


 訳が分からない。


 「ほら、昔よく話しただろ?つちのこは絶対に居るとか宇宙人は地球を狙っているとか」

 「ああ、最終的には何故か『つちのこは油で揚げたらおいしいだろう』になって『よく考えたら、地球人も宇宙人だよね!』って言う結論に落ち着いたんだったよな」

 「そうそう」

 「…ちょっと待て、じゃあお前は本当に薫なのか?」


 おそるおそる訊いてみる。

 「んー、確かに俺は根本的には君の知っている薫だけど薫じゃないかな」


 よくわからない答えが返ってきた。


 「頼むから、分かるように説明してくれ」

 「パラレルワールドってわかるか?」


 パラレルワールド?


 「昔、お前によく聞かされたが話しを聞いているふりをしていたから全くわからない」

 「…人の話はちゃんと聞こうよ」


 呆れた顔で薫が言う。


 「お前が言うな」


 さっきまで人の話し聞いてなかったくせに。


 「パラレルワールドって言うのはある世界、又は時空から分岐しそれに並行して存在する別の世界、時空を指すんだ。

 「四次元世界」「異世界」「異界」「魔界」などとは違い、俺達の世界と同一の次元を持つ。

 一般的に並行世界・平行世界と訳されることが多い。

 並行宇宙や並行時空といった呼称もよく使われるんだけど、分かる?」

 「ごめん、全く分からない」

 「あー、簡単に言うと歩が歩いていると目の前に二股道が出て来て右に曲がったとしよう」

 「ああ」

 「だけれど、この世界では右に曲がったけど左に曲がると言う選択肢もあるから、ここで左を選んだ世界も存在して、選択肢の数だけこことは違う世界があるってこと」

 「え〜と、つまりシーフードカレーがカツカレーのどちらかを選ぶのに悩んだがシーフードカレーを選んだ自分以外にカツカレーを選んだ自分が居る世界があるってことか?」

 「んー、まあそんな感じかな、と言うか何でカレー…」

 「いや、もうすぐお昼だし帰りにカレーでも食べて帰ろうかと思って。

 で、それとこれとどう言う関係があるんだ?」


 そう訊くと薫は呆れた顔をして言った。


 「あーもう、鈍いなあ」


 鈍いと言われても分からない物は分からない。


 「つまり、俺と歩は別のパラレルワールドの人間なんだけれども、何らかの拍子に俺と歩の世界がくっついちゃったってわけだ」

 「だからさっき薫だけど薫じゃないって訳の分からない事を言ったんだな」


 やっと納得がいった。


 「でも、何でパラレルワールドだって思ったんだ?普通はそんな考えには至らないだろう」

 「ふ、世の中には科学では証明できない事は多々あるんだ」

 「何の説明にもなって無いじゃないか」

 「気にするな」

 「気にするわ!それに、さっき言っていたなんらかの拍子って何?」

 「それはまだ分からないから今から考える。

 ちなみに歩の世界では俺が歩のアイスを食べちゃって、次の日にアイスを買った帰りに死んだみたいだけれど。俺の世界では歩が俺のアイスを食べちゃって、次の日にアイスを買った帰りに死んだことになってる」

 「まじでか」

 「おかしいと思ったんだよね。墓参りに来たら死んだはずの歩にそっくりな人がいきなり現れたんだから」


 うんうんと頷きながら薫が言う。


 「まあ、最初はこっちも驚いたけれど世界には似たような人が3人は居ると言うからその1人かなぁと」


 「あーなるほど、ところでそこにある『世界の不思議、怪現象100選』ってこっちの世界の俺へのお供え物?」


 唐突に話を変え、本を指さしながら訊いてくる。


 「まあ、そうだな」


 と答えると、


 「じゃあさ、それちょうだい」


 キラキラした目で言われた。


 「未だにこう言うの好きなんだな、お前」


 呆れながら言う。


 「いいじゃないか別に、俺への貢物だろう?」

 「貢物って…」

 「あー、じゃあさ、こっちの歩へのお供え物に持ってきた『世界の最新兵器特集』と交換しよう」

 「良いよ」

 「即答かよ!歩もいまだにこういうの好きなんだな」


 俺には理解できんっと薫が苦笑いする。

 良いんだよ。

 これはロマンなんだから。


 「ところで、この空間っていつ元に戻るんだ?」

 「…いつだろう?」

 「さっきくっついた理由を考えるって言ってたけれどわかった?」

 「全く分からないな」

 薫が胸を張って答える。


 「開き直るな!」


 腹を殴りながらつっこむ。


「う、懐かしいこの感覚………あのさ、何か世界がくっ付いた感じとかしなかった?例えば耳鳴りがしたとか、眩暈がしたとか」

 「いや、特になかっ…あ!」

 「もしかして、心当たりあった?」

 「ここに来る途中、バスの中で目眩がした」

 「あー多分それだ、だとしたらもう一度眩暈が起こったら元に戻ると思う」

 「………」

 「………」

 「で、いつになったら眩暈は来るのかな?」

 「さあ?」

 「それじゃあ、根本的な解決になってないだろ!」

 「しょうがないだろう!パラレルワールドと遭遇したのは初めてなんだから!」

 「逆にそうそう遭遇してたらすごいわ!」


 ぐーぎゅるぎゅるぎゅる


 二人のお腹が同時に鳴った。


 「取り合えず、腹ごしらえでもしようか」


 薫の提案に乗る事にした。


 「………あのさ」

 「この近くにおいしいカレー屋があるんだ、そこにでもいかない?」


 兼ねてから一度行ってみたいと思っていたので誘ってみる。



 「…………あー、うん、おーいいねカレー」


 何か話しかけていた様だが、一向に切り出さないので首を傾げながらも会話を続けるみ

 二人で話しながら取り合えず桶を置きに行こうと置き場所に向かう。


 「なんでも、本場で修業を積んだインド人がやっているカレー屋なんだってさ」

 左右を墓が通り過ぎて行く。


 「あーそれ聞いたことあるわ、あれだろ、ナンがおいしいって言う店」


 左右を墓が通り過ぎて行く。


 「そうそう、ナンだけ食べた事あるんだけどすごく美味しかった」


 左右を墓が通り過ぎて行く。


 「いやいや、何でナンだけなんだよ。カレーだけならまだしもナンだけって」


 左右を墓が通り過ぎて行く。


 「あそこテイクアウト出来るんだよ」


 左右を墓が通り過ぎて行く。


 「ナンだけ? 普通カレーもセットだろう」


 左右を墓が通り過ぎて行く。


 「いやぁ、単品で売ってたからつい、ね?」


 左右を墓が通り過ぎて行く。


 「ついじゃないだろ、ナンだけ食べても味ほとんど無いんじゃないのか?」


 左右を墓が通り過ぎて行く。


 「それが、ほんのり甘味があって中々に美味でした」


 左右を墓が通り過ぎて行く。

 二人揃って足が止まった。

 「なあ」

 「ねえ」


 二人同時に互いに話しかける。


 「俺から良いか?」


 と薫。


 「どうぞ」

 「さっきから全然墓が途切れないのは俺の気の所為か?」

 「気の所為じゃないと思うよ?私もそんな気がしていたから」


 と、横にある墓の文字を読んだ。


 「山口薫……」


 愕然とした。

 さっき私たちはこの場を離れ、ずいぶん歩いたはずだ。

 なのに何故、まだ私たちはここにいるのだ?

 薫の墓の隣には斉藤歩の文字が刻まれた墓が鎮座している。


 「どうやら、俺達はこの空間に閉じ込められているらしいな」

 「うわぁ、まじでか………」


パラレルワールドとか空間に閉じ込められるとか何かこの数十分は今までの自分の人生の中で最も濃い時間だと思う。

 と言うか今はそれよりも


 ぐーぎゅるぎゅるぎゅる


 「「お腹へったー」」





 「しっかし、墓地で普通ご飯食べようと思う奴なんか居ないと思うよ?」


 薫が墓地で食べようと持ってきたと言う弁当を二人で突っ突く。


 「いいじゃないか別に、毎年俺は歩の墓で歩と語らいながらお昼を食べるんだから」

 「…語らうって、何語らうんだよ」

 「家族の近況報告とか、…最近であったおもしろいこととかかな」

 「……そうか」


 薫と私の墓参りの主旨は何と違うことか。

 薫は毎年墓の中の私と楽しく会話し、対する私は毎年謝罪の言葉しか口にしていない。

 我ながら、悲惨だと思う。

 どこが悲惨かと聞かれると、全部だと言いたくなるくらいひどい。


 「さっき何で私がカレー屋に行くって言った時に弁当があるって言わなかったんだ?」

 「カレーが食べたいと言われればたちまち俺の舌もカレーが食べたくなったからだな」


 胸を張ってそう言う薫に呆れる。


 「便利な舌だこって…そう言えば、この弁当誰が作ったんだ?」

 「これ?俺だけど?」


 ゴトッ


 手に持っていた缶コーヒーが地面と熱いキッスをかました。


 「……え?」

 「いや、……え? じゃないし」

 「……誰が作ったって?」

 「俺だってば」

 「……え?」

 「限りなく失礼だな君は! そしてしつこい!」


 額に向かって投げられた(あんず)をキャッチし、幼き日の邂逅に(ふけ)る。

 

 


 『なぁ、歩。ちょっとお粥作ってみたんだけど食べてみてくれないか』

 『ん?ああ、良いよ』


 パクッモグモグモ……ブハアァ!!

 口の中の物を全て吐き出した。


 『ちょっ! 汚! 何してんの?!』

 『何してんの? じゃないよ! むしろこっちが何してんの?だよ! 何これ! 噛めば噛むほど舌がヒリヒリしてくるんですけど!? 一体何入れた?!』

 『え? 何って漂白剤に決まってんじゃないか』

 『当り前でしょ? みたいな顔するな! 何でそんな物入れた?!』

 『えーだっていくら煮てもお米が黒いんだもん。白くするにはやっぱり漂白剤かなって』

 『だもん、じゃないわ! 漂白剤は食べ物に混ぜちゃ駄目なんだよ! あああ、やばい舌が!! 舌が!!!!』

 『あはははははは!!!!』

 

 


 そうだ、私は幾度となく薫の調理に殺されかけたんだった。

 ある時は、お皿の欠片が入った卵焼き。

 ある時は、火薬で焼いたチャーハン。

 ある時は、酢酸の入った酢豚。

 ………。

 ろくな物食べてないな。

 と言うか、お粥でさえあれなのに何で段々難しい料理に挑戦しているんだ。

 そして幼き頃の私、そんな人体に害しか与えない物なんか食べるな。

 「………よく生きてたな自分」 なんかもう、感無量だ。


 「何を思い出してたのかは知らんが、こっちの世界じゃ一応、お前は死んでるぞ」


、そう言われればそうだった。

 ふと、さっき望が何かを言い淀んでいたのは弁当があると言いたかったのだろうかと思った。

 まあ、気のせいだろう。


 「話は変わるけど、いつになったら墓地から出れるようになる?」


 弁当を食べ終わり、一息ついたところで聞いてみた。


 「うーん、歩の世界と俺の世界がくっついたきっかけがもう一度起こる、もしくはくっついた理由が分かれば何とか出来るかもだけど」


 唸りながら薫が言った。


 「理由ねぇ、そんな物どうすれば分かるのかが分からない」

 「何か、お互いの人生でくっついたことに関係していることがあるかもしれないな。いっちょ人生体験談でもするか」何を唐突に言い出すかと思ったらまさかの人生体験談、これにはさすがに歩も驚いた。

 「人生体験談?いいけれど、何歳からの人生を語ればいいのさ、0歳とか言われても覚えていないよ」

 「そんなに(さかのぼ)らなくてもいいだろう、そうだな、お互いがお互いに死別してからってのはどう?」

 「いいよ、まずは言いだしっぺの薫から」

 「えー俺からかよ」

 「ほれほれ、早く」

 「あー、じゃあ早速。俺はお前、つまりこっちの世界での歩が死んだ後はひたすら自責の念に駆られた。俺がアイス食べられたことぐらいであんなに怒らなければ、歩は死なずにすんだのにってな」


 そう言って薫は自嘲気味に笑った。


 「薫……」


 心臓が波打った、というのも歩も薫と同じような感じだったからだ。

 そして、それは今でも続いている。


 「でもな、ある時お前のお母さんに

 『自分を責めるのはもうやめなさい、自分を責めるのではなく歩と今も共に人生を歩んでいるんだと思って、これからの毎日を過ごしなさい、それが歩にとっての一番の供養よ。

 それに薫ちゃんはうちの子が自分が死んだからって人のせいにするような子だと思っているの?』

 って言われてさ、ハッとしたよ。俺が知っている歩はさ、俺がちょっと悪い事をしても一緒になってやっていたが、本当に悪い事は自分がどうなっても止めようとした。

 誤っても許してくれない事はあったが、心底反省したときは許してくれた。そうやつなんだよお前は」


 真っ直ぐ歩の目を見つめ薫は言った。

 ハッと歩は息を呑む。


 「……っとまあ、そんなこんなで俺はお前の事を乗り越え、今ではこうして命日に弁当を持って墓の中の歩と語らいあうようになったって訳さ」


 さっきまでの真剣な様子とはうって変わり、へらりと笑って薫は言った。


 「………いや、ちょっと待て、お前面倒くさくなったから結構端折っただろう?」

 「ふ、これぞ薫マジック」

 「柔軟剤か!」

 「っでお前の方はどうなんだよ?」

 「えっ、私は……」


 言葉に詰まる、どうしようか毎日後悔の念に駆られているとは、言いにくい。


 「……まぁ、私も薫と同じような感じで乗り越えて毎日を過ごしているよ」

 「嘘だな」


 きっぱりと言われた。


 「……何で?」

 「パラレルワールドの人間とは言え、幼馴染ナメるなよ。

 お前が嘘をついたときの仕草なんてばっちりわれてるんだかんな」

 「なるほど、な」

 「どうせ、お前の事だから『薫は自分のせいで死んだんだ』ってうじうじしてるんだろ?」


 図星だった、何も言い返せない。


 「そっちの世界の俺じゃないけど言わせてもらう。俺がそんなに根に持つタイプだと思ってるのか?

 それに自分が死んでも轢いた相手は兎も角幼馴染で一番の親友のお前を恨む訳が無い。

 そっちの世界の俺じゃないけどそれだけは分かるぞ、自分だし」


 腕を組み、薫はそう言い放った。


 「……ああ、薫はそう言うだろうと自分でも思ったさ、だけど、それでも、自分で自分を許せないんだよ。

 薫がそう言ってくれるなんてそれは自分が許して欲しいだけに勝手に妄想しているだけなんじゃないか、私があんな事で喧嘩しなければ今も薫はこの世にいただろう、今も私の隣で笑っていただろう、いつかはお互いの結婚式でお互いに友人代表の挨拶でもしていたんだろうってな」

 自嘲し、足の間で手のひらで顔を押さえる。


 「どうしようもないんだよ、薫の事を想うと感情が抑えられないんだ。後悔ばかりしてしまうんだよ」

 「歩は、俺……薫と一緒に居て楽しかった記憶は一つもないのか?」

 「あるさ、たくさん」


 それこそ狂おしいほどに。


 「じゃあさ、おれ、じゃなくて、薫を想って後悔をするんじゃなくて、薫を想って楽しかった過去を振り返るようにすればいいんじゃないか?

 今は無理でも少しずつ楽しかった思い出だけを思い出すようにすれば、歩もきっと乗り越えられるはずだよ」

 「……そうかな…?」

 「そうだよ!」


 薫は自信満々に頷いた。


 「………ああ、そうだな」 今は無理でも、いつか、きっと。


 「……さあ、こんな辛気臭い話はやめにして、明るい話題にしようや、例えば、人生で一番酷かった失敗談とかさ」

 「失敗談でも結構暗い話じゃないか」


 薫にばれないように膝でこっそりと涙を拭き、顔をあげて言った。


 「失敗談を笑い飛ばすことでそれらを楽しい話へとシフトチェンジする。これぞ薫マジック」

 「柔軟剤か!これ、さっきもやったよな」

 「キ二シナイ、キ二シナイ」

 「何で片言!?」


 そんな馬鹿な話を二人でしているうちに時はどんどん過ぎ、辺りはもう真っ赤に染まる夕方になった。


 「いつになったら私たちは墓場から出られようになるんだ?」 「ん?ああ、もういつでも出られるよ」


 何事も無いかのように薫が言った。


 「は?」


 一瞬聞き間違いかと思った。


 「くっついたきっかけが分かったからね」

 「何?」

 「たぶん二人の世界がくっついた理由はこの本だと思う」


 薫の手には『世界の最新兵器特集』が握られている。


 「なんで本だと思うんだ?」

 「この場所での違いはこの本しかないから」

 「どの本を選ぶかの選択肢で何故か二人の空間がくっついたってことか?」

 「そう言う事だ」


 薫は肩をすくませ言った。

 「それにしても、こっちの世界と俺の世界じゃ歩の性別が逆だったもんでびっくりしたよ」

 「ああ、それには私もびっくりしたな」


 「まさか歩が男になっているなんてね」

 「まさか薫が女になっているなんてな」


 二人同時に言った。


 「それに、何でお前は一人称『俺』なんだ?女なのに」

 「中二病だから」

 「……もう二十二だぞ…」

 「四割冗談」

 「六割本気なのか!?」

 「歩が居なくなってから、大切な人を男らしく守れる様にって心がけてたら何時の間にかこうなってた」

 「ああ、なるほど」

 「と言うのは四割冗談」

 「天丼!?」

 「まあまあ、そう言う歩は何で一人称『私』?」

 「敬語での一人称は私が常識だからな」

 「え、でも途中からタメ口」

 「気の所為だ」

 「……本当のこと言うと?」


 「久しぶりに敬語使ったらなんか変な風になって戻んなくなっちまった」

 「………」

 「………」


 暫く二人で見つめあっていたが、やがてどちらからともなく笑いだす。


 「全く、人生何が起こるか分からない物だな」


 今日と言う日を自分は絶対に忘れないだろうっと歩は心の中で呟いた。


 「よく言うだろ?『だからこそ人生はおもしろい』ってね」


 薫は肩を竦ませて言った。


 「その台詞は完全にパクリだな。だけど、ふ、確かにそうだな」


 二人で笑いあった。


 「あ、そうだこっちの歩には言えないからあんたに言うよ。

 アイスを食べた事はもう怒ってないから安心しな。

 それと、あの時は悪かったそっちの世界の『私』もこう言うと思うぞ」


 笑いながら本を差し出し薫が言った。


 「なんだよそれ……じゃあ私も言わせてもらうが、アイスを食べられて腹が立ったが今ではどうでもいい。

 そっちの世界の『俺』もあの時は悪かったと言うだろう」


 苦笑いしながら自分でも本を差し出す。


 「じゃあ、仲直り成立だな」


 薫が本に手を伸ばす。


 「ああ、十二年越しの仲直りだ」


 も本に手を伸ばす。


 「今までありがとな」


 少し照れながら言うと、


 「それはこっちのセリフだよ。それと、これからもよろしく」

 薫も少し照れながら言った。


 「………ああ」


 視界がぼやけ始める。

 泣くな、今は泣く時じゃない。

 自分ができる限り最高の笑顔を浮かべて一番言いたい事を言う。


 「薫、大好きだ」


 その言葉に一瞬驚いた顔をした後、薫はくしゃりっと顔を歪めて狡いと呟いた。


 「も、大好きだよ。歩」


 二人の手が本から離れ。



 気が付くと本を片手に墓地に突っ立っていた。

 辺りは明るくジワジワと蝉が鳴いており、手から滑り落ちたはずの桶には水はがたっぷり入っている。

 夢だったのかと思ったが手には『世界の最新兵器特集』と言うタイトルの本があり、夢ではないことが分かった。


 これからは、謝罪するのではなく親友と会話をしに来ようと心に決め。

 とりあえず歩はさっきまでの不思議な出来事を薫の墓へと話し始めたのだった。


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