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 引き続き、姉さん、ピンチです。

 …なんて、冗談ぶっこいてる場合じゃないんだよねぇ。

 側面に並んでるのはしかつめ顔した壮年の男女と、にこにこ顔のおじさんおばさんで、明らかに前者はあたしを値踏みしてるのことですよ。

 じろじろと一挙手一投足、なんか失敗しろって無言のプレッシャーを感じる次第でして、もちろんあたしは応える気まんまんなんですがね、これまた竜司から、やらかしたら泣かすオーラが出てんのさ。


 ……どうせいっちゅーねん。


 一瞬の勇気が、一生の保証をもたらす…確信が持てないんだよぅ~。

 竜司のことだ、よっぽどの事をしない限り口八丁手八丁でこの人等を丸め込むに決まってる。ついでに、おばさんから『何かあっても私が助けてあげるから大丈夫』ってありがたくないお言葉を朝頂いてもいるんだな、これが。

 う~ん、お茶碗をギャグマンガよろしくお客の頭にダイブさせるとか、お菓子を全部あたしが食べちゃうとか、いっそ茶釜をひっくり返してみるか?

 どれも発想が貧困だ…子供がやる悪戯レベルじゃないか…恥ずかしいぞ、女子高生!

 静まりかえった茶室の中で、そんじゃできることは一つだろうと考えて意を決したわけだ。

 ワガママで良い、勝手で構わない、あたしは自由が欲しい!!


「あ、あたし!竜司さんとは結婚できません!」


 カッコーンと、ドラマなら鹿威しが鳴っちゃいそうな静か~な場面で、いきなり畳におでこをこすりつけて叫んだんじゃ、目立つ目立つ。

 おっかなくてとても顔は上げられないけど、きっと驚いてるんだろうな、みんな。

 …ていうか、誰もなんにも言ってくれないから、続けなきゃいけないわけ?この後を。…どうしよ、考えてないんだけど…。

 とはいえ、自分で始めたこと、ない頭絞ってみましたよ。


「ま、まだ!その、高校生ですし、家柄どころか品もないし頭も悪いし、お茶の腕なんか小学生以下で、褒められるところが何もないわけです!そんなあたしよりですね、竜司さんにはお似合いの人がいっぱいいると思うんです、真剣に!!」


 最後の一言に異様なまでの力が籠もっちゃったのは、まあ、仕方ないとして。

 この力説で伝わったんじゃないかと思うわけですよ。

 日本人が大好きな謙譲の美徳ってやつをたんまり詰めたもんね。自分を卑下して竜司をあらん限りに持ち上げて。

 どうだっ!て、ひれ伏したままニヤニヤ笑いがとまんないわこりゃ。


「うむ。身の程をわきまえているお嬢さんのようだ」


 声まで堅っ苦しいおじさんから、思惑通りのを頂きました~!


「そうですね、よくご自分を理解していらっしゃるわ」


 おっし、こっちも陥落!


「竜司君が言っていた通りだったな。確かにこれだけの地位名誉財産が手に入るというのに、自ら辞退を申し出るとは」


 ……おや?


「ええ、自らの気持ちを犠牲にしてまでこの家とあなたの幸せを願うだなんて、若いのになんて立派な心がけ」


 ……はいぃぃ??


「私どももしばらく一緒に暮らしましてね、真奈さんの心根はよく理解できました。素直で飾り気のない可愛らしいお嬢さんですよ」


 ……あの、もしもし?


「至らないところがあるというのなら、私がいくらでも指導致します。若いんですもの、飲み込みも早いですわ」


 ……おば様ってば冗談、ですよね?


 次第に和やかになってく空気に耐えきれるかってーのよ!

 ね、あたしの計画は?一世一代の覚悟は?!

 耐えきれずがばっと顔を上げて…見ちゃったんだな、これが…。


「ほら、心配することなどないと、何度も言っただろう?大丈夫、みんな君を認めてくれているんだよ」


 口調は、柔らかいっす。表情もね、柔和っす。

 …けど、目が、目が、甘いんだよ。後で覚えてろよって、言ってます!!


「あ、あの…っ」

「真奈」


 声にしかけた反論は、低~い声で名前を呼ばれるって脅しに屈した。

 悔しいですね、負け負けですよ。涙が出そうですよ。いや、滲んでるよ。


「どうか、今後もご指導ご鞭撻の程、お願い致します」


 肩を抱かれて、上げた頭を再び下げさせられて。

 重厚な肯定の声や、華やかな笑い声に混じって聞こえた恐ろしい呟きを、聞き流せない自分が、憎いっ。


「今晩が、楽しみだなぁ?ええ?」


 だ、誰か~!!警察呼んで!!





「お前、一体いつになったら素直になるんだ」

「あたしは毎日素直で、本気だ!」


 この家は、無駄に広いです。そりゃもう、だーっとかけっこしても鬼ごっこしても、余裕で遊べちゃうくらい広いです。

 なのに、なんで!あたしが動ける範囲が畳半畳分なのさ!部屋の隅っこに追いつめられてんのさ!

 浴衣が適度にはだけた、フェロモン・竜司に!

 有言実行を旨とする変態は、茶室での一件をしつこく覚えていて、本気で夜這いに来やがった。

 すっかり寝入ってるあたしを濃厚なキスで起こして、当然逃げたら当たり前みたいに追ってくる。

 今深夜だとか、あたし達は婚約以前に恋人同士でもないとか、真っ当な理由は全部すっ飛ばして、ヤツの都合で!


「あのな、こんな立派な指輪をして周囲への根回しも終了、後は嫁に来るばかりって現状で、抵抗がなんの役に立つ?」


 チュッと音を立てて口付けられた薬指が、突然ずしりと重くなる。

 妙に静かな竜司の声も、髪を滑る指も、冗談じゃなく本気だとわかればわかるほど、逃げたくて逃げたくて。


「あたしの意思はそこにないでしょ?!イヤだもん、結婚なんかしないもんっ」


 何度も言ってるんだからいい加減わかれっと、睨んだら笑われた。爆笑でも嘲笑でもない、苦笑。まだわかんないのかって、呟いて。


「いつでも、逃げられたじゃないか。毎日学校に行ってたろ?帰るのは家じゃなくてもいい、お前の家だって全然構わないのに、バカ正直に戻って来る。御両親だって年端もいかない娘が泣いて訴えたら、結婚なんて許さなかったろう。でも、真奈は一度もそうしない」


 優しく諭されて、反論、できなかった。

 イヤだと、叫ぶあたし。止めてと言いながらキスをして、怒りながら一度だって竜司から逃げない。

 そう、あたしは逃げない。

 機会はいくらだってあったのに、だ。


「自分の意思でここにいるくせに、婚約だって本気で嫌がっちゃいないくせに、俺のせいにして」


 ぐっと痛いくらい掴まれた顎が上げられて、唇が触れるほどの距離で竜司は迫る。


「このゲーム、止めるか?続ける?…どっちだ」


 それはそれは難しい選択を。


「お前に決めさせてやるよ」


 確固たる意思を持って放たれる声は、随分恐いんだと初めて知った。

 これまでの竜司はどれも、冗談交じりの気のいいお兄さんだったと、認めざるを得ないじゃない。

 これほど深い眼差しを見せたことはない。これほど強く強いられたことはない。

 今、やっと、あたしは自分が人生を決めようとしているんだと、理解した。

 一生一緒にいる男を選ぶのが、結婚。好きな人といるためにとる、法的手続き。


 ……さて、どうする?


 決めさせてやると言われても、元々あたしが始めたゲームじゃないんだけど。

 はたっと考え込んで、猛然と怒りが湧いてきたね、どうも。

 賽を振ったのもルールを決めたのも、竜司じゃないか。

 そりゃ、あたしは意志薄弱でしたよ。身内もこいつの味方だったしさ、友人は懐柔されちゃうし、どんぶらこっこと流れ着きました、婚約者の地位まで。

 でも、だからって、大事な選択を自分1人でしたら『お前が決めたんだろう』とか、今後苛められるから、イヤ。

 絶対そんな恐ろしいこと、するもんか。

 薄闇の中、ぼんやり浮かんだ竜司の顔を睨みながら、だからあたしは決めた。

 死なば諸共。きっちり最後まで、責任とってもらおうじゃない。


「だって、竜司言わないじゃない」


 女の子がみんな、簡単に可愛くなれる魔法を、あんたは使わない。

 障子を通して差し込む光に彼の表情が揺れるのを見た。

 どこか余裕のあったそこに、訝る色が浮かぶ。


「…何を」


 口を噤んで続きを零さないあたしに痺れを切らして、短い疑問。


「面白いから結婚しろとか、本気で好きだって言った後に指輪嵌めて茶化してみたり、言わないでしょ?!」

「だから、何を」


 だんだんと、さして長くない竜司の忍耐が疲弊していくのが分かる。

 言いたいことがあったら早く言えって、思ってて口にしないのは、どうやら今日という今日はあたしの本音を聞き出すことに彼が本気だからみたい。

 望むところよ。崖っぷちなら、はっきり覚悟も決まるってもの。


「考えて。ねえ、あたしより頭いいんでしょ?」


 さんざんからかって苛めて楽しんだんだから、たまにはあたしを感心させてみなさいよ。

 さすが竜司、これじゃ負けてもしょうがないって気分に、させてみて。

 挑むように口角を上げると、ヤツは僅かなあいだ見事な無表情を作って、それから深く吐息をつくの。


「バカだバカだと思っていたが、お前本物だな」

「なんですってっ」


 なんだ、その言われよう!

 呆れたって、眇めた目で伝える失礼男を睨むと、ぐっとまたお互いの距離が消えて。

 壁に付いた両腕の檻にあたしを囲った竜司は、呼気が触れる近さで、低く低く。


「最後のチャンスだったのに」


 神経を撫でる極上のベルベットは、それは危険なアルコール。

 綺麗な顔も無駄な色気も、こんな時に使えばそれは、最強の武器に違いない。


「これまでのような冗談で、済まなくなるぞ」


 唇は、触れる寸前。髪が、ふわふわおでこを掠める。


「もう充分、やばいトコまでいってるじゃん」


 惑わされないよう強気に出ても、本気の竜司に転がらないでいられるはずもなく。


「いいのか、逃げなくて」


 嘲笑の隙間で口づけながら、何を言うやら。


「ちゃんと言えたらね、諦めてあげる、もう」


 追いかけっこも楽しいけどね、きっと、じゃれ合う方が倍も楽しいだろうから。


「情けないことに、ガキに惚れたぞ。結婚するならお前がいい。…嫁に来い」

「了解」


 こんなくさいセリフ、顔色変えることもなく言えるんだから、ある意味尊敬するよね。

 ついでに、この勝負あたしの一人勝ちだって、竜司は気付いているんだろうか。


 こうしてあたしは、邪悪なお兄さんに捕まりましたとさ。

 めでたしめでたし…?



おつきあい、ありがとうございました!

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