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「違うっつっとろーが!」

『ピコッ』

「叩いてから、怒るな!」


 着物で!茶室で!ピコピコハンマーってなんだ!!たけしか?たけしなの?

 間抜けな音をさせて、モグラ叩きよろしく失敗を叱られるあたしって、典型的不幸な美少女。

 …強調すべきは『美少女』よ?ここ、忘れちゃダメ。


「気を散らすな!」


 ピコッ。

 またしても気の抜けた破裂音後、睨み付けられながらいりもしないお叱りを受ける。


 なんで、こんなことになってるのかって?


 強制的なお引っ越しででっかい日本家屋に一部屋与えられたあたしは、意外にも優しくキレイなおばさんと、寛大で格好いいおじさんに甘やかされてすっかりご機嫌な1週間を過ごしていたわけよ。

 その間、1回も竜司にいじめられなかったこと、ちょっとは疑問に思えって感じよね。

 釣った魚を水槽に放して、餌をたんまりやって太らせ、油断したところをがぶりといくって犯罪者の常套手段じゃないの!


「父さん、母さん、真奈ちゃんのこと気に入った?」


 うちのより数段おいしいお夕食を頂いていた時、不意にニコリと似非笑顔で問いかけた竜司。


「ええ、可愛いお嬢さんよね。素直だし、よく気がつくし。ずっと娘が欲しかったから、同じ家に女の子がいるのが嬉しくて」

「可愛くない息子二人の顔を眺めているより、真奈ちゃんを見ている方が余程和むな。真司と美奈さんは別に家を構えてしまうから、彼女の方が娘のようだよ」


 そりゃ本人前にしてますし?お世辞の1つも言っとかないとまずいよね。わかってるけど、褒められたりおだてられたりするのは嬉しいのです。

 1週間やそこらじゃ剥げることのない猫を貼り付けたまま、お礼とばかりあたしもおじさんとおばさんが大好きですと照れながら言ってみた。

 そんで流れるほんわか空気。何気なく幸せ、どことなく幸福。


「それはよかった。では、祝福してもらえるね、僕たちのこと」


 で、何故甘ったるい顔でこっちを見て同意を求める?


「…祝福…?」


 果てしなくイヤな予感に苛まれつつ、引きつり笑いに返るのが不必要なまでに力強い声だったことに倒れなかった自分を褒めてあげないと。


「うん。結婚するんだよ、彼女と」


 一瞬で脳が沸騰した。

 真っ白、燃え尽きちゃったよ、ああなんにも残らないね、後には。


「ホント?!嘘みたいね~」


 いや、嘘です。真っ赤な嘘。


「それはいい。慶事が続くとは喜ばしいな」


 どこが?!本人の同意がなきゃ、犯罪じゃないの?!

 金魚の如く口をぱくぱくしつつ、だけど反論さえできないほど混乱しているあたしにもたらされたのは、


「知ってるか?まず外堀から埋めるのが、正しい根回しだ」


 全うに生きる人間には小指の先ほども必要のない知識。

 この世には、神も仏もないんですか?


「だから、何度言えばできるんだお前は!」


 そんで軽快に響くピコピコハンマーの打撃音は、未だあたしを苦しめ続けると。


「この先の人生に、お茶の作法なんて必要ない!」

「宗家の嫁になる人間に、作法が必要ないわけなかろう」

「あたしは嫁なんかにならなーい!!」


 誰か、お願い。このお馬鹿さんに日本語を教えてやって下さい。

 昨夜の一方的な宣誓からこっち、勝手に将来を決定されたことに対する抗議を全く聞いてくれないんだよ!まるで言葉がわかんないみたいに、全然!!

 涙目で「お願い」したら、でっかいため息をついた竜司がやれやれとハンマーを降ろす。

 あら?あらら?ちょっと空気が変わったわよ?もしかして譲ってくれる?あの恐ろしい決定事項を取り下げてくれる?


「そこまでいうなら…既成事実から作るか」

「え?ええ?!」


 にじり寄るな、いやらしく笑うな、押し倒すなーっ!!

 あー…これもう、ダメかな…諦めた方がいい?

 気が遠くなるようなキスを享受しながら、溺れていく自分を自覚したらこう言いたくもなるでしょ。

 比較対象がないから断言はできないけどこの変態、キスが、ひいてはその方面がやたら巧いような気がする。

 肌が触れるだけの口づけで目眩がするほど感じられるとすれば、それは相手を深く愛している証拠だろう。

 だけどあたし達の間にそんな高等な感情は存在しない。

 だから舌を絡め、唾液を啜り、官能を煽って、相手を絡め取るしかないのだ。

 で、あたしはあっさり絡め取られちゃったと。完膚無きまでに、めろめろに。


「…下手だな」


 喉奥で笑って押し倒した純情無垢な少女を見下ろすってのは、非常にむかつく光景じゃないの。しかも、言うに事欠いて『下手』だと~っ!!


「初心者相手に、何期待してんのよ」


 せっかくの反論が、蚊の泣くような声になったのが悔しいやら恥ずかしいやら。

 しかも奴の口の端が、実に楽しそうに持ち上がったのが面白くない。


「いや、なにも。仕込んでいくのもまた楽しってな」


 うそぶいて、ホントに実践しようとするからたちが悪いんだ。更には唇を避けようにも体が言うことを効かないから、甘んじてその苦行を受けなきゃいけないのが癪に障る。


「やぁ!」

「ああ、はいはい」


 精一杯の抵抗を、無視すんな!軽く流しすな!キスを続けるな!翻弄するな!

 ああもう腹が立つ、どこまでも上手なこの男が。簡単に罠に堕ちる自分が。

 これはもう、今までで一番のピンチかも。何しろ敵は自分自身なんだから。


「なあ、体に力、入んないだろ?」


 耳朶を甘噛みして、悪魔が囁く。


「認めてみな、楽になるから」


 悪戯な指先を袷に遊ばせて、そそのかすのはすぐにも頷くだろうと確信してるからなんだろう。

 …そうはいくもんかっ!絶対絶対負けないもん。

 指を噛んでその痛みで正気に戻り、不敵に微笑む悪漢を弱々しいながらも睨み上げて舌を出す。


「み・と・め・な・い!好きから始めないエッチなんて、意味ないね!」

「奇遇だな、俺も同意見だ。なんで、これが終わったら好きになってくれ」

「あほかーっ!!」


 順番、めちゃめちゃじゃないのよっ!

 逃げる首根っこを押さえてあたしを剥きにかかるって、なんかちょっと前にも同じ目にあった気が…いや、今はそんなことどうでもいいんだ!

 お、帯が帯が~時代劇じゃないんだから、くるくるくる~とかだけはやめてぇ~!!


「放せ~っスケベ!」

「うん、うん。後でな」


 じりじり亀みたいにはいつくばる美少女を、背中から押さえつけて無情に襲うって男の風上にも置けやしない!

 誰か、この暴走機関車を止めて、お願い…。


「竜司さん…?こちらにいらっしゃるの?」


 …天の助け?

 にじり口からかかる訝しげな声は、まさしく天使だろう。

 だって、背中で奴が毒づいたからね。


「ちっ…また、面倒なのが…」


 いえ、大歓迎でっすっ!

 彼女は、麻純ますみさんと言う天使だった。

 マジ、天使。

 ふわりと緩る巻きにカールした髪が丸い輪郭の周りで揺れてるわ、微笑みは有無を言わさず周囲に優しい空気を伝染させるわ、眺めているだけで手を合わせたくなる完璧な美貌だわ。

 で、極めつけがすんばらしい性格。

 乱れたあたしの着物を(正確には自分が乱した)舌打ちしながら整えた外面良し男君が、完璧な作り笑いを貼り付けて入室許可を出すと、彼女は入っていらした。

 ちまっと座る様まで画になるお人形のごとき彼女はご丁寧に自己紹介された後、柔和な表情を崩さずに隣の変態をご覧になっておっしゃる。


「淫行条例ってご存じ?青少年保護法は?それ以前に刑法は?」

「……無論、存じておりますが何か?」

「まあ、では犯罪者に憧れておいでなのかしら。退廃的な思想に憧れる若者って、昭和初期にはたくさんいらっしゃいましたものね」

「…今は平成ですよ」

「ええ、ですが竜司さんは昭和の…あら、明治?…江戸時代かしら?殿方が女性の意思も尊厳も踏みにじっていた時代に強い憧憬を抱いておられるようですもの、その時代の若者でよろしいのではなくて?」

「僕は自他共に認めるフェミニストです」

「真奈さんも認めてらっしゃるの?」

「米粒ほども認めてません」


 二の句の繋げない竜司を眺めるなんて、初めての体験だわ!

 この状態って、ほらあれよ、何日か前に現国の先生が言ってた『溜飲が下がる』!すっきりした~!!

 変態と遭遇してから数週間、初めて気分も機嫌も良くなったあたしはご機嫌で天使様にお礼申し上げたわけ。あらん限りの感謝を込めて。


「本当に、ありがとうございました!天使様、麻純様!あなたの真意がどちらにあるのかわかりませんが、取りあえずあたしは嬉しいです。小躍りしたいくらいに、爽快です!」

「ふふ、面白いことおっしゃるのね。ではお礼に竜司さんを下さいなと申し上げたら、どうなさいます?」


 それこそあなたの本音なら、願ったり叶ったり!

 読めない表情で優しくおっしゃるお姉様に、なんであたしが否やを申しましょう!


「差し上げます、熨斗つけて!!」


 元気に笑顔で宣言したら、返った反応は2つ。


「冗談はやめようね、真奈ちゃん」


 空気さえ凍り付かせる勢いの竜司の返事(ダイアモンドダスト付き)と、


「ごめんなさい、私もいらないわ」


 真顔の全身拒否反応、麻純さんの速攻お断りだった。

 え~いらないのかぁ…残念だなぁ。

 そう言わずにっと勧める為の言葉は、彼女が見せた苦い顔に喉に張り付いて消える。彼女の気持ちが1番わかるあたしが、どうして無理強い出来るって言うの。


「ま、いらないですよね…」


 吐息混じりの呟きは、ばりばり本音。当社比200%増し。


「そうね。お入り用なのは、外見に惑わされて羽虫の如く寄っていらっしゃる愚かなお嬢様方だけではないかしら?」


 そんで同意は悲しいかな、竜司こき下ろし全開。

 麻純さんは本気で奴が嫌いなんだろう。首を振る虚しさ一杯の表情から、それはひしひし伝わってくるもん。目を見合わせて頷き合っちゃえば同士誕生よ。


「…麻純さん、あなたこそ侮辱罪ってご存じですか?」


 無言で女2人タックを組んだのを、だがしかし温かく見守れないのが竜司の悪いところなのだ。

 ちょっぴり目にへこんだ暗さが残っていても、所詮性格悪い変態に変わりはない。だから、同情もしないんだけどさ。

 皮肉混じりの反撃だって、天使様には通じない。


「いけない、そうですわね。騙されただけの幼気なお嬢様方に失礼な事を申し上げてしまったわ。責められるべきは竜司さんの卑しい心根。ご自分を偽ってまでも女性を謀ろうとする、浅ましさを糾弾すべきでしたのに」


 ごめんなさいね、と可愛らしく首を傾げられて白々しく謝罪するんだ。

 …かっこいいなぁ…そうか、竜司をやりこめるには口で何倍も上手をとり、吊してたたき落とした上に踏みつぶす用心深さが必要なのか。

 己の乏しい語彙と回転の悪い頭じゃこうはいかないと、感心しきりだったあたしは瞬間、とってもいいこと思いついちゃったの!


「お願いします、あたしを弟子にして下さい!」


 白魚のような(古っ)手を取って、かぶりつかんばかりに膝を進めてもう懇願。神様仏様天使様。この苦境を乗り切るための救世主は彼女しかいないわ!

 後から考えると突飛も無く不躾なあたしだったけど、寛大な麻純さんはにっこり笑んで許してくれた。


「よろこんで。けれどお師匠様って呼ばれるのは恥ずかしいから、お姉様って呼んで下さる?」


 なんとでもお呼びしますとも!


「だから、この女苦手なんだよ…」


 気をつけないと聞き逃す竜司の呟きは、あたしだけじゃなくお姉様も聞いてらしたと思うわよ。

 目がキランって光ってたから…。




 何事にもですね、盲点と申しましょうか抜け穴、弱点いろんな言い方があるんですが、完璧ってのは案外難しい、そんなとこですよ。


「退け、サタン!」

「生憎俺は人間だ」


 お姉様は夜、ご自分のお家に帰っちゃうの!ケダモノと2人きりになる時間ができちゃうの!!

 お夕飯の後、お風呂に入っておじさんとおばさんにおやすみ言って、後は離れにある自分用の部屋で(竜司の部屋から一番遠いからそこにしてって頼み込んだ)寝るだけー…って、勇んで部屋を開けたらさ、布団の上に変質者が座ってたんだ。

 もちろん、逃げたわよ?回れ右して一目散に。3歩も行けないで捕まって、連れ戻されたけどね。

 布団の上に。


「んじゃ、こっから入っちゃダメ」


 ちょこんと正座して向かい合ったその中間、正味30センチをきっぱり15センチに割って、指で線引きながら身構える。

 この男が素直に聞くわけないからさ、手が伸びたら飛び退く準備をしとくのが学習する人間てものよ。

 しかめっ面でふんぞり返る奴から、目を離さず待ちかまえるが…なんていうの、空振り?

 無反応なの、動きも怒鳴りも、にったり笑ったりもしないの!


「…あんた、どっか壊れたんじゃない?」


 つい乗り出すと顔の前で掌をヒラヒラさせたりしちゃったんだけど、


「そこから立ち入り禁止だ」


 さっきあたしが引いた見えない境界を指して、逆に追い出されてしまった。

 おかしい、これは本格的に変!

 隙あらば襲おうとか、ちょっかい出すのが生き甲斐です、嬲れたらサイコー、などなど、まともじゃない思考が頭の大半を占める生き物としちゃあ脅威よ!ネジが飛んだ!回路がショート!

 腕組みして考え込むようにじっとこっちを見ている竜司が、これまでに無く恐ろしい。


「な、なんか言いたいことあんじゃないの?」


 大昔にあったっていう大国同士の冷戦みたく緊張を強いられるのは、ホントに得意じゃないんで、敢えて話を振ってみたり。

 どうかさっさと答えていつもの調子に戻って…違った、早いとこ出てけ、が根底にある大前提。


「聞きたいことがな、ある」


 あっちもタイミングを計ってたのか、すんなりこっちが出した船に乗っかってきた。

 うんうん、そうだ。素直に喋って帰っちゃうのがいいよ。

 さあなんでも聞いてくれとばかり、耳を準備オッケーにして待ってると、深刻にして真剣な質問が飛んで来ちゃってね。


「真奈、お前それほど俺が嫌いか?」

「あう?」


 そりゃ、キライだよ!

 …と、なんで即答できなかったのか、マヌケな声とマヌケな顔で一瞬答えを先送りしちゃったのか。

 おや?あれ?なんて首を傾げてるところに畳み掛けるのは、反則だって思うんだ。


「俺はな、意外と本気でお前のこと、好きだぞ?」


 どうして、真顔なの。

 ちょびっと根性悪そうに口角上げてみるとか、言うと同時に押し倒してみるとか、意味のない暴力行為に出てみるとか。

 あたしがふざけんな、あっち行け、助けてってぼろぼろ口にできたならきっと、こんな無意味な追いかけっこなんて瞬殺できたわけでしょ。

 なのにさこの卑怯者は、格好良くしか見えない真剣さで、手は絶対出さない真摯さで、それらを封じちゃったんだよね。


「聞かせてくれないか、本当のところを」


 …これって、これまでにない一番のピンチだと思わない?

 わかんない気持ちなんて、答えようが無いじゃん。



 

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