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「絶対、ぜーったいちゃんと送ってよ?!」

「あー、はいはい」


 非常に面倒そうに奴が返事をするのも、無理からぬコトだと理解はしている。

 だってさ、これ聞くの10回目だもん。

 土手から引きずられ車に乗せられるまで抵抗して抵抗して、しつこく約束させてやっと車内に入ったんだから、さすがの竜司も辟易としてんでしょ。

 それを証拠に唇引き結んだまま、ハンドル握ってるからね。さっきまでの楽しそうな表情を引っ込めて。


「しっかし、難しいよな」

「…なにが?」


 景気よく流れる景色がちゃんと自宅に向かってることを確認してたけど、どうにも引っかかるこの言葉。

 表情、変わらず。態度、横柄。口調、なんだかむかつく。

 うん、普通か。

 変化なしに安心してちょびっと気を抜いたあたしは、盗み見ていた横顔がみるみる悪辣な笑いに染まる様を目撃して、心臓が止まりそうだぞ!

 明らかに騙されてんじゃん!なんか不味いことになってんじゃん!


「なにを考えてる、犯罪者!!」

「そりゃ、ロクでもないことだろ」


 しれっと返して、何故か奴は信号を左折した。 言いたかないがあたし、方向音痴なのよ。自分ちへ向かう道以外全くわかんない自信があるわ。でもそれは逆に余所へ連れてかれるのがばっちりわかるってことで…


「違う、道!!約束破り!!」


 目尻に涙を浮かべて抗議してやる!

 どうだ、これなら良心に訴えられるだろう?己の行動が間違っていると実感できるだろ?!

 …できるわけないか。てかお願い、是非反省して行き先の修正をお願いします…。


「あははははは、ホントにかわいいねぇ真奈ちゃんは。バカで」


 爽やかにバカ言うな!つか、バカを強調するな!

 下手に顔がいい分、毒が倍増だ!美人にバカにされると痛いぞ、悲しいぞ。

 なんだか絶体絶命な状況に猫かぶりな口調と笑顔がとってもマッチ。

 ああ、あたしの人生これで行き止まりかな、ふふ、この男に通せんぼされてるんだ、ふふふ…。


「俺の言うこと信じちゃうんだもんなぁ。あんだけ騙されても懲りないでさ。もう、おかしくておかしくて笑うの我慢すんの、大変」


 それが『難しい』にかかんのか、そうか。そうですね、あたしはバカですね。


「どうにも素直なもんで、あんたみたいなロクでなしも信じちゃうんだよ!コンチクショウ!!」


 負け惜しみでも言わなきゃ、やってられないですから。

 どんなに罵倒されてもどこ吹く風で、思い通り事が運ぶ楽しさにニヤニヤしてる大人に逆立ちしてもかなわないんだよ?

 既に拉致されてるしさ。こうなりゃおかしなところに連れて行かれないことを祈るばかりよ。

 いやいや、あんまりやばいとこなら逃げる算段をしなきゃならないんだから、行き先聞き出さないとか。


「で、どこ連れてく気?」

「おう、二人でしっぽり寛げる良いお部屋♪」


 いっや~!!




 ………騙された?そう、これは騙されたっつーのね。


「茶室じゃないのよ!この嘘つきめ!!」

「騒ぐな、ばかもの。よく反芻してみろ、俺が少しでも嘘を言ったか?ああ?」


 言ってないな、悔しいけど。

『二人でしっぽり寛げる良いお部屋』とは『狭っ苦しくて陰気でスパルタ教育が待ってる茶室』だった。

 ご自宅につかれるなりお着替えに向かった変態は、あたしのことも預けたお弟子さんにきれいさっぱり着せ替えさせるよう命じて。

 羽織姿も凛々しい嘘くさいお師匠さんと、下手すると旅館の仲居じゃないかな、なお弟子さんができあがる。

 変態お師匠曰く『わざわざ稽古に茶室を使う必要はない』そうだが『邪魔が入らない小部屋がほかに見つからない』って理由でにじり口から茶室に押し込められたあたしは哀れな獲物じゃなかろうか。

 ああ、かわいそう。ああ、不幸。


「いい度胸だな、俺様自ら教えてやってる最中によそ見か?」


 自己憐憫に頭の先まで浸かってたあたしは、冷や汗通り越して怖気立つ冷笑をお浮かべになる二重人格者の存在をすっかり忘れてた。

 記憶の彼方よ、イスカンダルよ。できれば出会いごとブラックホールに突っ込みたい現実逃避よ。


「よそ見などとそんな大それた真似、到底できません。ええ、できませんとも。ちゃんと見てましたよ、穴が空くほどきっちり、ばっちり!」


 嘘も方便、地球は救えなくてもあたしは救っちゃえるかもしれないってんで、一発大博打。

 にじにじと後退しながら、首を振ったり手を振ったり激しくアピールしつつ信じて欲しいな、いい子なの光線送ったりして。

 そんな卑屈の上にせこい作戦は功を奏した、のか?寛大にも柔らかな微笑みを貼り付けたよそ行きのお顔で、お師匠はおっしゃったモノ。


「では、やってみろ」


 オレンジのふくさが、ぽんっと空舞ったりして。


「え、ええ?!」

「だから、今説明したところまでやってみろと言っているんだ」


 風化、しましたね。できれば砂塵のごとくこっから飛び立ちたいくらいだっつーの。

 できるわけないって。だって見てないし、聞いてないし。そもそも茶室に入った辺りから、記憶曖昧だし。


「え~?」


 天敵に媚び売ってどうする?打てる手は全部うっときたいけど、通用するのか?小首をかしげたあたし…気持ちワル。


「気味が悪い。甘えようが取り繕おうが、ゆるさんぞ」


 …通用しなかったよ、マイゴット。そらそうだ。やった本人も気味が悪いってのに、やられた方はもっとやばかろう。

 そう、そうだよね。だから…


「じゃ、逃げる!!」


 脱兎のごとく、とはこうだな。四つん這いになっても、着物の裾が絡げても気にしたこっちゃない。

 密室は、危険がいっぱい!!


「逃がすか」


 べちゃっと潰れて、その場でアウト。

 ガッチリ捕まれた足首はもちろん変態さんの手の内で、ニヤリと口角をあげるお顔は捕食者のそれ。


「こここ、ここは!神聖な茶室!!」

「神聖じゃない子作りなんて、あるかよ」


 ああ、そうくるの?!きちゃうの?!

 濃厚な口づけを、頂きました。…いらねーよ。

 てわけで噛みました、思いっきり。


「っ!なにするんだ、お前は!」

「窮鼠猫を噛んだんだい!」


 ほかに何があるってんだ、馬鹿者。

 て、ちっとも様にならないな、押し倒されてる現状じゃ。怒りに震える大魔神が上で唸ってるのは恐いもんですよ、皆さん。


「そうか、それほどこの先に進みたいか」


 歯がみの音が聞こえそうな至近距離で、少しも甘いムードにない2人は、おおよそ青少年の教育上良くないと言われている行為に及ぼうとしている。

 いやさ、いつも気になってるんだけど不純異性交遊がどうのと騒ぐおばさま方は、どうやって子供作ったんだろう?まさかコウノトリが運んできたりキャベツの中からこんにちわしたりはしまい。

 いっそのこと神様のお告げの元、処女懐胎か??


「どう逃げても、そこにあるのが現実だな」


 ニコリともしないで人の襟元を寛げようとする男が、しがないうつつにあたしを引きずり戻しやがった。

 もう少し、あっちがわにいたかったのに、イジワル。


「…じゃないって、やめなさい変態が。淫行条例に引っかかるよ!」

「お前の口をふさいでしまえば、ばれることはない」


 ああ、その淡々とした口調がそこはかとなく悲しいですぅ。


「やめ、やめ、やめ!」


 首筋に顔を埋めるのも、耳を舐めるのも、肌に不吉な痛みを残すのもやめてー!!

 無駄に暴れつつ現状改善を願うけど、術がない。

 力じゃ敵わないでしょ?口でも敵わないでしょ?脅しも効かない、良心に訴えても無駄なら、どうすりゃいいのよ!

 え~っと、え~っと…そうだ!


「神様、仏様、竜司様!!あたしと取引しましょうよ!!」


 こんな時には交換条件、ギブアンドテイク。お互い有利な条件で、なにやら約定結びませんか、てのよ。

 必死な叫びにひかれたのか、はたまた取引って悪魔にもってこいのセリフに興味をそそられたのか、定かじゃないが奴の注意を引くことには成功。

 ぴたりと動きを止めた凶悪犯は、寒気がするほど眼差しを鋭くして次の言葉を待っている。

 …どうする?なんも考えてないけど…いきあたりばったり?


「あー、そう!アンタの欲しいものは、何?」

「お前の貞操」


 …言い切りましたよ、この人臆面もなく言い切りやがりましたよ…。


「それ以外のもん、お願いします」


 ホントマジ泣きたくなっちゃうな、もう。

 既に哀願になってきた呟きに、少々考えるそぶりを見せた奴はニヤリと笑う。


「聞きたくないです」

「まだ言ってない」


 言わなくてイイよ、聞いちゃやばい気がするから。 黒いっつーよりエロイんだもんさ、その顔。わざわざ声に出してもらわなくても充分危険性を認識できるっての。


「そういったわけですので、この取引はナシってことで」


 ご提案頂く前にお断りして、どさくさに逃走も謀ったけど、やっぱだめだった。

 そりゃそうだけどさ、あわよくばとか考えちゃったあたしもいけないけどさ、より一層押さえつけてみたり?お仕置きとか言って今一度乙女の唇を奪ってみたりするのは、大人げないじゃない。卑怯じゃない!


「躾は最初が肝心だからな」


 躾?!


「身の程もわきまえず取引など持ち出したんだ、そういった真似をするとどうなるか、きっちり骨身に染みてもらおうじゃか」

「ええ?!やだ!!」

「家に引っ越してこい」

「無理!絶対無理ー!!」


 鼻歌歌ってるよ、解放はしてもらえたけど、更に強力に拘束された気分だよ…。

 …聞いて下さい、謝罪くらい…。ごめんするから、許して。





 用意周到な人間が悪人だった場合、善人は大変迷惑をするんですよ。

 …因みにこの場合の善人はあたしだからね、え~とか、似合わない~とかの苦情は一切受け付けませんのであしからず。


「真奈ってば、そんなにお茶に嵌っちゃったのねぇ。知らなかった」


 本人も知りませんでしたから、無理ないんじゃないでしょうか。

 プロが手際良くまとめていく大事な荷物を前に、茫然自失しちゃってるあたしはこんな簡単なセリフを言い返す気力もない。

 なんで、こんなコトになってんだっけ…?ああ、そうだ変態お茶野郎、あいつがいたんだ、そこから始まったんだ。沸々とわき上がってきた怒りにすっからかんになった気力が充電されていくのを感じつつ、あたしは忌々しいやりとりを思い出していた。


 今からざっと2時間前。

 楽しい土曜日の始まりにしちゃあ、どうにも騒々しすぎる。おちおち寝てもいられないじゃないと、文句を言いに階下に降りたリビングに、思わず踵を返したくなる男がいた。


「今更照れること無いよ、真奈ちゃん」


 猫なで声と共に捕まったから、実行には及べ無かったけどね…。


「まあ、なんなのその格好!」

「いやお恥ずかしい。年頃の娘だというのに」


 お母様、お父様、突っ込むのはそこじゃないですよ、不埒な男のこの言動、これこそ激しく突っ込まれて然るべきなんです!


「今更ってなに?!誤解を招く言い方すんな!」


 思わせぶりに言いおってからに、不用意な一言であたしの素行と貞操が疑われたらどう責任を取るつもりだ!!

 感情の赴くままいつもの調子で変態の胸ぐらを掴んで、力の限り揺さぶって…おや?反撃が来ない。つか、むしろ望むところだといったその表情、なに?

 哀れなやられキャラの心境で、うまくいきすぎる展開に少々戸惑ってると、来た、来ましたよ突っ込みが。しかも特大サイズ、後頭部でお盆がゲインって鳴ったよ!

 痛いじゃないかと涙目で振り返ると、鬼の形相のお母さんが立っている。曰く、


「竜司さん相手に、なんて口をきくの」


 だ、そうです。

 個人をご指名で怒る必要は無いじゃないですか。大人相手に、でもいいでしょ、なんでこいつ限定??


「お気になさらないで下さいお母さん。いささか行き過ぎの感はありますが、これも彼女が僕に懐いてくれた証拠なんです。嬉しいくらいですよ」


 くすってなんだその作りまくった笑顔は!嘘八百な口調は!あたしは懐いてなんかいないぞ、日を追うごとに嫌いが増えてくのに、安心してごろごろ喉なんか鳴らせるわけ無いじゃないか!


「あんた…っ」

「仲良くなったよね?真奈ちゃん」


 ポンと肩に置かれた掌が、か細いあたしの肉と骨を軋ませた。


「真奈ちゃん…?」


 ちっとも笑ってない目玉が『余計なこと言ったら、泣かす』って言ってる。

 世間一般、並の並な心臓しか持ち合わせていない人間が、この手の脅しに屈せずおられるわけがない。ましてやこの男、極悪非道な上狙ってるモノが乙女の貞操なんだから無駄な抵抗は人生に係わる。


「仲良しさんですね~とっても」


 18年生きてきて、これほど虚しい嘘をついたのは初めての経験じゃないかしら。そんで、こいつといる限り縁をキレそうにないタイプの嘘だと知ってるから尚一層悲しみが募るのだ。

微妙に逸らした視線をモノともせず、いやさ逆手に取って変態はにこやかに言ったね。


「ですから安心して、彼女を僕に預けて下さい」


 世界で一番危険人物なくせに、よくまあぬけぬけと。

 それからは悲しくなる程とんとん拍子で話は進み、ここに至る。 至って欲しくなくても、タイミング良く現れてゲリラのように仕事する引っ越し業者も、はしゃいでロリコン変態竜司と話してる両親も止められないんだから仕方ないじゃないか。

 あたしは今日のうちに引っ越して、竜司の特別生徒としてお茶を教え込まれるんだそうだ。そう恐ろしい運命が決まったんだってさ、本人抜きで。


「真奈さんについての責任は、僕が全て持ちますから」


 得意げに響く声にお見舞いしようとしたドロップキックは、不発に終わった。お姉ちゃんが止めなきゃ、間違いなく後頭部に決まってたのに、くっそー!



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