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「よかったわね~」


 …あんたはな。 立派なお座敷にこれまた立派なお布団を敷いて頂いて、借り物の浴衣姿で枕を抱えるお姉様は上機嫌だ。

 大人げなく常識もないミスターの『帰れると思うなよ』は、直結してどうしてだかお泊まり。納得してないけど、お泊まり。

 なんじゃそれ。


「ちっともよかないです。あたしは家に帰りたい」


 長時間正座の上、お茶の作法をマンツーマンで叩き込まれて疲労困憊なんだ。口だけでなく、あの男本気で人を躾けましたよ、半日で飲むには困らない程度にあたしお茶を叩き込まれました。

 足のしびれと闘って、やっと解放された夕食時にっこり笑顔で宣ったあのセリフが恐い。


『次回は薄茶の点て方をやる』


 次回があるんですかー!!…ゼイゼイ…。

 疲れてんのよ…近年まれに見る疲労蓄積に体が音を上げてるのよ。夜くらい休ませてよ、心おきなく自宅のベッドで寛がせてよ…。


「やだ、ガラにもなく遠慮して。お茶室で竜司さんに恥をかかせたこと気にしてるの?」


 無邪気な笑顔で覗き込むあなたこそ、妹は心配でなりませんよ。

 聞けよ、人の話。その耳は飾りか?飾りなのか??

 なんで遠慮なの、あいつの恥なんか気にしないって。むしろ喜んでたよ『一応、連中から解放はされたな』ってさ。感謝されたんですよ、あたしは。


「あいつ…あの方のことは小指の先程も気にしてない。そんなことはどうでもよくてさ、お姉ちゃんだってあたしがいなきゃ真司さんのとこに夜這いとかかけられるし、この際、勇気を出してあたしに帰れって言ってみない?ほれ、ほれほれ」


 人参ぶら下げれば、少しは反応あるかも知れない。

 ただいま時刻は10時、終電にも余裕で間に合う時間じゃないか。


「え~そうだけど~どうしよう?」


 うむ、もう一押しかな。

 いい加減厳しい乙女ぶりっこで悩み中のお姉様に、一気に畳みかけようとしたその時、計ったタイミングでかかる声。

 いや、謀った、だ。きっと!


「美奈、いる?」


 声の主は真司お兄さんでしたが、裏では絶対ヤツが糸を引いている。


「は~い、どうかしたの?」


 1オクターブは確実に高い声でお出迎えにいらっしゃった彼女は、2、3言交わすとにこやかに振り返って予想通りのセリフを下さる。


「真奈、お姉ちゃんちょっと行ってくるけど、1人でいられるよね?」

「い、いい、いられない!絶対いられません!!恐い」


 どんなに訝しんでくれても結構よ、子供じゃないでしょって叱ってくれても構わない、だからお願い、1人にしないで!!

 すっ飛んでった戸口で、浴衣の裾に縋り付いたあたしをよしよしと宥めてくれたでかい手がイヤだ。背筋が凍るくらい、全身がチキン肌になるくらい、イヤだ!これはお姉ちゃんの手じゃない~!!


「ははは、可愛いね真奈ちゃんは。大丈夫、僕が一緒にいてあげるよ、そうすれば恐くないでしょ?」


 偽善スマイル全開で、何を言うか!!


「い、いい、いらない!1人で全然大丈夫!!恐くない」


 世界一恐ろしい人と平和に過ごせると思うほど、あたしの頭は弱くない。何より、アンタの襲撃がイヤで1人にするなと叫んでるのよ?諸悪の根源が白々しく安全な保護者気取ってんじゃないわ!

 お姉ちゃんだって真司さんだって、いくらなんでも怪しいと思うに決まってる。こんな時間に若い娘と立派な男が1部屋で過ごすことの危険を認知してなきゃ変だろう!


「よかったわね、真奈」

「すいません、兄さん。真奈ちゃんのことよろしくお願いします」


 …アンタたち…。


「うん、ごゆっくり」


 特急で帰ってこいとは、目の前のヤツが恐くて言えなかった…。

 簡単に騙されるの、よそうよ。お願い。


「また、2人だな?」


 ……もうホント、謝るから勘弁して下さい。ニヤリとしか表現しようのない笑い方、マジで恐いんで。

 だいたいさ、体の大きさが違うから逃げようが暴れようがこの男に敵うわけないのよ、あたし。襲われるのはイヤだけど、それが必然なら仕方ない、悟りを開こうじゃない。いよいよとなったらサイレンも真っ青な悲鳴を上げてやるわよ!

 そこまで開き直って、またとない名案が浮かんだから、人生まだ捨てたもんじゃない。ヒントは、こいつのセリフの中にあったのだ。


「どうした、ムダな抵抗はやめたのか?」

 壁際でピタリと動きを止めた獲物に、勝ち誇った顔で獣が近づく。


「………竜司さんて、かっこいいよねぇ。こんな人に好かれるなんて、あたしってば、らっきー」


 我ながら迫真の演技だわ。

 だって、乙女の貞操がかかってるのよ!お金じゃ買えないとっても価値のあるモノなのよ!

 目玉だってハート型にするし、ついぞ聞いたことのないうっとり声だって出すね、ああ、出すさ。

 それにご覧よ、聴衆は見事に騙されている!一瞬にして凍り付いた御仁は、後一歩の場所から動く様子もない。

 しめしめ…この隙に…。


「そうか、らっきーか。それなら遠慮なく」

「う、ぎゃーっ!!」


 背後からずっしりぴったりのしかかられちゃ、一歩も進めません、隊長!!かくなる上はうつぶせです、畳と隙間無くドッキングです。指一本、柔肌に触れさせるモノか!!

 と、まぁ抵抗もしつつ、抗議もせねば。自分で放った言霊の責任くらい取ってもらわねば。


「あ、あんた!自分を好きじゃない女がいいんでしょ?!黙ってたけどあたし、初対面で格好いい人だな~ステキだな~ってちゃんと思ったわよ!」


 度重なる無礼に忘れ去っていたが、ええ、そんな感想だいたわ、確か。

 わざわざ耳元で低い笑い声を発する奴が、ちっとも感じてない様子だからイヤになるけどね。

 ねぇ、お願いだからあたしの言うこと信じてよ。


「もう、スタートなんてどうでもいいんだよ。お前追いつめて遊ぶとストレス発散できるって、茶を教えながら気づいちゃってさぁ」

「あたしゃ、サンドバックか!!」


 この世に神も仏もないんだな、そうだ、そうに違いない。

 遠慮会釈無い手が、背後から掴んだ浴衣の襟首を、ぐいっとはだけて憐れ純潔は風前の灯し火ぃ??


「サンドバックはこんな柔らかくないだろ?」


 囁いて背骨をぺろり。

 ってなんだー!!なめんな!!文字通りの意味にとって良し!バカにすんなってことじゃないぞ、そんな意味もあるけど!

 心中どんなに高らかに叫び上げようと、実際とれる行動は悲しくなるほどシンプルで。

 陸に上がった魚ですよ、ぴっちぴっち、ちゃっぷちゃっぷ跳ねちゃっても、どうにもできんのね。干上がるのを待つだけっつーか、おいしく頂かれちゃうのを待つだけっつーか…。


「待てるかぁ!!」


 勢いよく跳ね上げた後頭部は、見事顔面を直撃。

 女に苦労してなさそうな痴漢を撃退できたんだな、めでたく。

 鼻を押さえて転がる奴の指の間から、不吉な赤が見えたけど気に留めてはいけない。か弱い女子を襲うと、こんな目に会うのが世の常だ。


「あたしで遊ぶの禁止!迫るのも、手を出すのなんかもってのほかだから!!」


 びっと宣言して、すぐさま不安に駆られた。

 こんな効力のない約束に、バリ自己中な男が頷くんだろうか?いやさ、この状況で自分の身の安全て保証できんの…?


「ただで済むと思うなよ…?」


 ふふ…午後より目つきが凶悪になってる…はは…。



 あれから、どうしたかって?

 捕まってなきゃ、人間は逃げるための手足がついてるんだから走るに決まってんじゃない。全力で走って、トイレに籠もってやりましたよ。籠城の噂を聞きつけたバカ姉が帰ってくるまでね、


『気持ちが悪いんです…ここを出て吐いたら皆さんにご迷惑がかかりますから…』


 てな、二重人格兄貴も真っ青な言い訳を吐きつつ、逃げおおせましたとも!2人っきりになりさえしなけりゃ、平和かな、我が人生!


「どっからでも、かかって来いっていうのよ!!」


 奴のテリトリー内でなければ、あたしはこんなに強気になれる。

 自宅にも、ましてや学校の帰り道にも破廉恥お茶野郎は出ないからね。


「…あんたの独り言って、キモイ」

「それは友人がほざくセリフなのか?」


 しかし、否定できないのが現実。

 下校途中の河原っぺりで、腰に手を当てた友達が夕日に向かって叫び声を上げたら、あなたどうする?あたしなら、捨てて帰るわ。

 それをしないだけ香奈はいい子なのよ。


「ほざいて悪いってんなら、今すぐ友人降りるけど」


 冷たいけど…ね。

 チラ見したお目々が冴え冴えとしてましたから、本気なんでしょ。嘘もつかない子だし。


「悪かないです。どうぞ心にあることは遠慮無く仰って良し」


 アイツのせいで友達なくすなんて最悪の事態は望んでないから、限りなく低姿勢で言ってみた。どこまでも、地の果てまでも。


「そう。なら、アレは何?」


 そんで許可を得た香奈が無表情に指さした先にあった物体に、くるりと背を向ける。


「…幻」


 引きつり笑いで、彼女の手を握って、ダッシュ準備よーし。


「だんだん近づいてくる幻って、やばくない?」

「やばいから、走れ!!」

「それは、ムダかな」


 うっぎゃー!!遅い、遅かったのね!! じゃないよ、なんだい香奈ちゃん!なんで動かないの?!あまつさえあたしの枷になるように地面に踏ん張ってるって何?鬼?アンタ、鬼??

 ほら、見なさいよ捕まったじゃない!肩、肩肩!!痛い!はずれるよ、ちょっと!!


「わざわざお迎えに来たのに、すごい勢いで逃げられるほど僕は嫌われてるのかな?」

「ご存じでしょうに、わざわざ確認とりなさんな!」


 ぐはぁっ!!今、肩の骨軋みましたよ!!いててっ…


「ひどいよ香奈ちゃん、どうして一緒に逃げてくれなかったの!」


 痛みで涙を浮かべての訴えは、笑顔でいなされた。


「アンタ嫌がってたし、この人悪人そうだったから」


 ………。


「真奈ちゃん、彼女とはホントにお友達?」

「ええ、入学式で名前が似てるね~って意気投合して以来の親友ですよ」

「そう、友達運もないんだね。男運だけじゃなく」

「あはは、お兄さん面白いこと言いますね」


 上記はあたしを外した、性悪連中の会話です。口なんて差し挟む余地はないっすっよ。キツネとタヌキが睨み合ってんですもん。


「冗談じゃ、ないんだけどね」

「ホント、笑い事じゃないですね」


 ええ、ないですよ!

 どうやって逃げたろうかね、ここから!!


 いいですか、皆さん。人間どんなに頑張ったって、にっちもさっちもいかないことがあるんです。つーか、現在進行形で体験中です、あしからず。

 あれからどうなったのか?こうなった。

 首根っこは変態兄貴に、片腕は薄情な元親友に拉致されて動けナシ!ついでに楽しくナシ!!


「時に不審者さん、あなたの素性を教えてもらえませんか?」


 勇気ある言動に、清き一票を!


「失礼ですね、お嬢さん。彼女の身内に随分な仰りようじゃありませんか」


 面の皮の厚さと、似非笑顔に絶句致しますよ、ホント。


「ほほう、身内と。私の記憶が確かであれば、この子がこれ程嫌う血縁者はいなかったはずですが」


 その、ムダによろしい記憶力に感謝したのは今日が初めてです。


「互いの姉弟の婚姻で最近身内になりましたからね、ご存じないのもムリはない。しかし、彼女に嫌われているとみなされるとはこれまた心外」


 どうやら彼は人間の基本スペックである、他人の気持ちを理解するって機能が付いてない、もしくは故障中のようで。いやはや、ゆゆしき問題ですよ、これは!


「ああら、お姉さんの結婚式は3月後だと聞いてますよ?となればあなたはまだ他人。必要以上に若い娘に近づく権利はありません。その上相手の感情は全く考慮しない人間とあらば、警察に訴えることも可能ですが?」


 ああ、神様!勉強は嫌いですが、あんぽんたんとやり合うにはそれ相応のボキャブラリーが必要だと身に染みました。無事この窮地を凌いだあかつきには、あらん限りの力を注いで語学の勉学に励む所存であります!


「…買収に適しているのは、金、物品、精神的満足、以上のように理解していますが、あなたの望みはなんですか?」


 ふふん、香奈ちゃんがそんな手に乗るモノか!おととい来やがれ汚れた大人!


「目をつけている専門書があるのですが、いかんせん高価で」


 …え?


「ああ、こちらに書いて頂ければご自宅にお届け致しましょう」


 ……ええ?


「助かりますわ。つまらないものですが、これはほんの気持ちです。ご笑納ください」

「えええええええ?!」


 いくらするのか知らないご本と引き替えに、私は売られていきました。


「ご丁寧に、痛み入ります」


 ドナドナドーナドナ………。

 味方が欲しいなぁ…。

 売られた仔牛は…どこにも行かんわ!!


「ええい、放さんか変態!」


 売約証を交わした香奈が行商人に獲物を引き渡して消えた後、無言の攻防が始まったって寸法だ。

 土手っぺりに、踏ん張る女子高生(罵声付き)と自信満々、顔と外面の良さが取り柄です、な社会人を見る通りすがりの皆さん、警察に通報プリーズ!!

 横すり抜けてくおじ様を、上目遣いで見つめたりなんかして…


「痴話げんかは、こっそりやれよ」


 呟くな!くそじじぃ!!


「ちょっと!!」

「あ~はいはい、落ち着け~」


 つい頭に血が上りすぎで暴走しかけたあたしは、大変おもしろくないことに背後からガッツリ拘束される&口をふさぐという暴挙に出た人外の生物に取り押さえられてしまった。

 …もっとおもしろくないことに、これは助かったってコトになるわけで…お、お礼…お礼を言わねば…しかし…


「苦しいわ!!」


 必要なのは、酸素だろ。 考えなしのバカが、呼吸器官を根こそぎふさぐからさ!死ねってこと?!


「あんた、俺のもんになれみたいなこと言っといて死体でもいいんか!変態もそこまで行ったら立派なもんよね!」


 突き飛ばし、荒い呼吸を繰り返しつつ睨み付け。

 大いに反省したまえ!との念を込めたはずであるのに、敵はなぜだか笑ってる。しかも不敵に笑ってる。

 …まずい。

 よく当たる勘に従いまくって、回れ右したけど遅かった。

 襟首にがっちり絡まった指に、たかが指5本に動きを制限されて、身動きができません!


「いいわけなかろう。俺はやっぱり柔らかくて、暖かくて、生意気なのが好みだぞ」


 脊椎を駆け上がる寒気と、脳髄を駆けめぐる邪な声は果たしてどっちが勝ったのか。わかってることと言えば、なにげに腰が抜けてることくらい?さりげに腹部に太い腕が回ってることくらい?


「ああ、鮮度もいい方がいいよな?味が落ちるから」


 で、べろんって、あんた…


「舐めるな~!!」


 耳たぶを、舐められましたのことよ!!

 犬猫じゃあるまいし、文明社会に生きる人間がすることとは思えないほど原始的なことをされましたのことよ!!

 …不覚にも、ゾクゾクと背筋に快感らしきものも…走りましたね…?


「ふふん、感じたな?」


 身長差があるってのは、こんな時不便だ。 ちょっとかがむだけで背後から表情が読み取れちゃうんだからさ。それみてしてやったりってな笑い声を立てて、急に声、低くしちゃって。


「俺の女になれば、毎日気持ちよくさせてやるぞ?」

「いらんわ!!」


 間髪入れずに叫べるだけの理性を残していた自分、偉いぞ!



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