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弁当それは愛の味

作者: くわ


日本の食卓は変わった。

ここ数年の外食産業、レトルト食品、冷凍食品の進歩によって。

食卓では料理は作るものでは無く、買ってくるものに。

それは学生のお弁当にも同じような変化が起きていた。

母親が作るお弁当は愛情溢れる手作り弁当から、手間隙掛からない解凍弁当にグレードダウン。

奥様嬉しく、お子様悲しい。

だから彼らは飢えていた。

そう、手作りの愛情溢れる美味しいお弁当に、美味しいおかずたちに。

そして始まったのだ、この争いが――


――ジリリリリ、ガッ!


朝からやたらとうるさい目覚まし時計の息の根を止める、我が眠りを妨げるものは死あるのみ。

「…………あと五分」

布団に潜り込み直そうとしたとき、どこからか良い匂いが漂ってきた。

空腹のお腹を刺激させる美味しそうな揚げ物の匂い、さては母さんが美味しい料理を……

「揚げ物だとぉ!?」

寝ぼけた頭が一気に覚醒する、朝から揚げ物――そこから導き出される答えは一つ。

寝巻き姿のまま、大急ぎで台所のあるリビングに向かう。

「母さん! 何をしてるんだ!?」

エプロン姿で調理に勤しむ、母さんを問いただす。

「あら、そんなに慌ててどうしたの? それと朝のあいさつは?」

「あっ、うん、おはよう……ってそうじゃなくて!」

「どうしたの? 朝からそんな大きな声出して」

「母さんは朝から何をしてるんだ!」

「見て分からないの? お料理してるんだけど」

確かに台所ですることなんて料理ぐらいだろう、朝ごはんを作ってるだけならそれでいい、だが、

「朝から揚げ物を作ってたみたいだけど――まさかアレを作ってたんじゃないだろうね?」

「アレ? ……ああ、あのことね、大丈夫よ、お父さんの分しか作ってないから」

「……そう、なら言いんだけど」

「もう、高校生だからって恥ずかしがっちゃって」

違うんだ、別に恥ずかしいわけでも母さんの料理が不味いわけでもない、むしろ美味しすぎるから問題があるんだ。

「ほら、早く着替えて、朝ごはん食べちゃいなさい」

「わかったよ、母さん」

着替えるために自分の部屋ヘと向かう。

俺はこのとき安心しきっていた。そう、その油断があんなことになろうとは。



「――である、他に聞きたいことは無いな? では、一時限目の準備をするように」

ホームルームが終わり、一時限目の準備をしていると、数人の男子生徒が俺の席にやってきた。

全員が真剣な面持ちで、談笑しに来たとは思えない。そう、こいつらは俺を狙っている。

連中の一人が代表して聞いてくる。

「川瀬、正直に答えてもらおう」

鋭い眼差しで俺を見据えてくる、その目には殺意が篭っているようだ。

「お前の今日のお昼は……弁当か、否か」

その質問で場の空気がピーンと張り詰める。

こちらも相手に気おされないよう、目を見据えてハッキリと答える。

「今日の昼は……購買のパンだ」

「……嘘偽りは無いな」

「からあげに誓おう」

「……………………」

俺の顔をジッと見てくる、表情から嘘かどうか判断しているのだろう。

「……どうやら、本当のようだな」

邪魔したな、と言葉を残し、足早に去っていく。次の標的の元に向かったのだろう。

「ふぅー、疲れた」

場の空気が一気に緩み、緊張から解放された体をそのまま机に突っ伏す。

「毎日毎日、あなたも大変ね」

頭の上から聞こえる声の主に視線だけを向ける。

「よう委員長、同情するならあいつらを何とかしてくれ」

「無理ね、あの熱意を勉学に向けてくれれば良いのだけど」

「ハァー、弁当ひとつにどれだけ飢えているんだろうな」

「仕方ないわ、川瀬くんのお弁当はとても美味しそうだもの……悔しいぐらいにね」

悔しいね、やっぱり委員長も女の子だし料理で負けたくないのかねー。年季が違うんだし仕方ないと思うけど、負けず嫌いなんだろうか。

「あっ、もしかして今日も自分でお弁当作ったの?」

「そうだけど……悪いのかしら?」

キッと睨まれてしまった。俺、何か悪いことでも言ったかな?

「……もう、授業始まるわね、あなたもちゃんと準備なさい」

そう言って、長い黒髪を翻して自分の席に戻る委員長。

言われたとおり俺も授業の準備をし始めた。



「……おい、聞いたかB組の城川、今日は手作りの弁当らしいぞ」

「……なに? 今日のあいつはコンビニ弁当だったはず、まさかデコイか」

「……そのようだ、俺達の裏をかこうとしたらしい」

「……クソッ、あざとい真似を……本来なら二、三品で済ませてやるところだが、気が変わったぜ」

「……ああ、ヤツにはたっぷりとコンビニ弁当を食べさせてやろう」


三時限目が終わり、そんな会話が聞こえてくる。

城川の弁当は終わったな、彼らベントー団は偽りを決して許さない。きっと、目の前で大切なお弁当のおかずだけを食べられ、残るのは白米と放心状態の城川だけになるだろう。

ベントー団、奴らは日ごろオール冷凍食品の弁当やコンビニ弁当といった、手抜きな弁当ばかり食べて育った連中だ。

だから、あいつらは愛情たっぷりの美味しい手作り弁当に飢えている。

奴らも最初はおかず交換などで至福を得ていたのだが、それもだんだん歯止めが効かなくなり、今では組織ぐるみで男子生徒の手作り弁当を強奪している。

俺も一度弁当を強奪されて以来、毎日のように狙われている。

だが、問題は無い。お弁当さえ持ってこなければあいつらに襲われることも無いのだ。



四時限目が終わり、購買に行くもの、学食へ行くもの、弁当を奪いに行くもの、とクラスから人が次々出て行く。

「さて、パンが売り切れる前に俺も購買に行かないと」

カバンの中から財布を取り出そうと手を突っ込むと財布とは別の感触が。

「何だ?」

不思議に思い、カバンから取り出すと、手には布に包まれた四角い箱のようなものが。

「――待て待て、気のせいだ」

カバンの中に四角い箱を戻す。

いや、だって俺は母さんに弁当はいらないって伝えてたし、今日の朝だって父さんの分だって言ってたじゃないか。

カバンの中をもう一度確認すると、封筒が一枚ある。

「これは……」

封筒を開けて見ると、中から手紙が出てきた。その内容は――

「孝太ヘ、お弁当はいらないって言うけど、母さんは孝太に美味しいものを食べて欲しいので内緒で入れちゃいます。ちゃんと残さず食べるんだぞ、母より」

な、何てことをしてくれたんだ母さん! もし、これが奴らにバレたら……。


――ガシッ


後ろから肩を掴まれた。俺は肩を掴んでる人物を首だけ動かしてゆっくり見る。

「川瀬、お弁当あるじゃないか」

満面な笑みでこちらを見てくる。さらに肩を掴む力は一層強くなる。痛い、すごく痛い。

「ハ、ハハ、な、何を言ってるのか俺には分からないな」

「川瀬、俺達に嘘をつくなんて……許されると思っているのか?」

カバンを持って逃げようと思い立つが、時すでに遅く、俺の周りはベントー団の団員達によって囲まれていた。

「……これはな、あの、誤解なんだ。俺もまさか弁当があるなんて思っても無くてな」

「言い訳は無用、これより川瀬の弁当を皆で頂くことにしよう」

身動きが出来ないよう、羽交い絞めにされる。

「止めろ! 止めてくれ! せめて、俺の見えない場所で――」


「「「いただきます」」」


俺の目の前で大好きなからあげが卵焼きが食べられていった、きっちり白米だけを残して。



「いつまで落ち込んでるのよ」

委員長に厳しい口調で言われる。

「せっかく、屋上まで来たんだから……ほら、早くこっちに来なさい」

お弁当を目の前で食べられ、放心状態だった俺は委員長に言われるままに屋上まで来ていた。

「……ハァー、なんで学校で好きなおかずが入ったお弁当を食べることが出来ないんだろうな」

「そうね、でも私はこの状況は嫌いじゃないのよ」

「何でだよ、毎度毎度、白米だけしか残らないんだぞ」

梅干まで持ってがれる俺の悲しみがわからんのか?

「だって、毎回、川瀬くんに食べてもらえるもの」

そう言って、バンソーコーだらけの手でお弁当を差し出してくれた。

不恰好なおかずたち、お世辞にも美味しそうとは言えない。

「召し上がれ」

「――いただきます」

まぁ、これはこれで、おいしいのかも知れないな。



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