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第8話

「ずっと無駄話ばかりしているから、ぜんぜん作業が捗らなかっただろうが。お前らに頼んだあたしが馬鹿だったよ」

 嘆くように額を押さえると、深々と溜め息を吐く綾子。


「シバセンだって話に加わっていたじゃん」と悠太は文句を言いかけたのだが、その前に彼女が勢いよく顔を上げた。

「仕方がないからお前らは、もう教室へ戻れ」


 彼女は圭吾が持ってきたノートの山を抱えると、急き立てるように三人を出入口まで促した。

「あ、そうだ湯原、これ返すぞ」


 廊下に出たところで綾子は、厚みのない本を二冊手渡した。反射的に受け取った大輔が表紙を確認すると、授業中に取り上げられた雑誌だった。

「また同じことをしたら今度こそ、本当に没収するからな」

 更に強い口調で「次の授業には遅れるなよ」と念押ししながら、綾子は背を向けてそのまま歩き出した。


 大輔は本を持ったまま、呆然とその背中を見送っている。そんな様子に気づいた圭吾は声を掛けた。

「ん? 大輔、どうかしたか?」


「あ…ああ。まさかあのシバセンが、直ぐに返してくれるなんて思わなかったからさ。ちょっと意外というか……」

「そうかぁ?

口はかなり悪いけど、わりと優しいところもあるぞ、あのセンセは」


「え、アレで!?

俺この二ヶ月で何度も怒られたぜ。その度に殴られたりもするし」

 悠太が頭を押さえながら、吃驚した顔をする。

「そりゃ、お前がそんなことばかりしているからだろう」


「でもシバセンて、いろいろ噂あるよな。

三年の先輩から聞いたんだけど、中学の時には番長やっていて、手下を何十人も従えていたって話だぜ」

「俺の聞いた話だと、何百人もいる族のヘッドで、その辺一帯をシメていたらしいよ。

あと出身中学がこの学校で、実は俺たちの先輩だった、とか?」


「ははは…凄い噂だな。けどどう考えても嘘っぽいだろ、ソレ」

「そうかなぁ。だって『火のないところは燃えない』って、よく言うだろ」

「それを言うなら『火のないところに煙は立たない』だ」

 呆れつつも悠太の言葉を訂正してやる。


「でもあのセンセが、この中学出身だっていうのは本当だよ」

「えっ、マジで!?」

「確か、実家が近くにあるんじゃなかったかな。あのセンセ、今は一人暮らしのはずだから」

「えーそうなんだ。何か詳しいな、圭吾」

「そりゃ当然さ」


 悠太の何気ない疑問に対して眼鏡を光らせると、ニヤリと笑みを浮かべた。

「担任の生活環境や性格を把握した上で臨機応変に対応、そして時にはサポートしながらクラス全体を一つに纏め上げていくのが、クラス委員としての役目だからな」


「へー、クラス委員て何気に大変な仕事なんだな」

 悠太は感心するように声を上げた。

 実際、圭吾の言っている意味は全く理解できなかったのだが、その雰囲気だけで「何だか分からないけど大変そう」と思ったのである。


 そうしている間にも彼らの教室――一年二組が見えてきた。

「そういえばどうするんだ、悠太。さやかとの対決」

 ごく自然に然り気なく大輔は尋ねたのだが、その足は反射的にピタリと止まった。


「……お前、こんなところで嫌なことを思い出させんなよ」

 ギギギ…とロボットのようにぎこちなく、首を大輔の方へ向けた。その顔はいつになく強張って見える。


「でもこの授業が終わったら、もう放課後だぜ」

「そりゃそうなんだけどさ」

 ここで悠太が突然、思い詰めたかのような表情になった。


「けどさやかとはそろそろ、決着をつけないといけないんだよな」

 目を瞑り、神妙な面持ちで口を開く。

「決着?」

「ああ、だって俺たちはもう中学生なんだぜ。ずっと負けっぱなしっていうのも、何か情けないだろ」

「……確かにな」


 圭吾は考え込むように、顎へ手を置いた。

「今まで一勝もできないなんて、かなりなヘタレっぷりだよな」

「ヘタレ言うな」

「だが事実だろ」

 ズバリ返されて、悠太は次の言葉を一瞬言い淀む。


「だ、だから……だからこそ、ここでガツンとだな、さやかに分からせる必要があるのさ」

「何を?」

「俺が小学生の頃の――今までの俺ではないということをだよ。それを皆の前で見せつけてやるのさ」

 悠太の瞳に熱い闘志が宿った。


 だが。

「勝ち目はあるのか?」

「ない!」

 その勢いのままで、キッパリと即答するのである。


 大輔はその潔さに、感心するのと同時に呆れ返った。

「……お前な」

「だから、これから勝つ方法を探すんじゃないか」


 と、ここで二人の遣り取りをじっと見ていた圭吾が難しい表情を崩さずに、おもむろに口を開いた。

「それじゃあ僕が、とって置きの秘策を伝授してやろうか?」


 悠太には圭吾の眼鏡が、再び光を放ったように見えた。

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