第3話
翌朝は雲一つない真っ青な空が、見渡す限り広がっていた。五月の日差しも暖かく、風は初夏の香りを運んでいる。
散策気分を味わいながら登校したいほどに気持ちの良い朝だった。しかし今の悠太にそんな余裕はない。
遅刻しそうなのだ。
家から学校までは歩いて十分程度の道程なのだが、弟妹を保育園へ送り届けなければならなかった。その上、律が出掛けに穿いていく靴下の色が気に入らないと駄々をこねはじめ、家を出るのが遅くなってしまったのだ。
悠太は息を切らせて教室へ駆け込んでいた。
中を見渡すとクラスメイトたちが各々、自由に過ごしている。予鈴は昇降口に入った辺りで鳴っていたが、担任はまだ来ていないようだった。
「はー……何とか間に合ったようだな」
息を整えつつバッグを机の上へ無造作に置くと、ドカッと勢いよく椅子に座った。
「遅刻ギリギリだな」
前の席で雑誌を読んでいた大輔が振り向いた。
「今日は律がグズってさ。まあ、そっちも何とか間に合ったからいいけどな」
「なんだか毎日大変そうだな。響たちの送り迎え、今までずっと誠一郎さんがしてたんだろ。もしかして仕事のほうが忙しくなったのか?」
「そうじゃないけど……俺もこれくらいは手伝わないといけないからな」
父親が強制しているわけではない。寧ろ「送り迎えは親の務めだから、悠太が心配することではないよ」と言ってくれていた。しかし彼自身が望んで自分にやらせてくれと、頼んだのである。
悠太ももう中学生なのだ。
母親が亡くなってから少しは手伝いをするようになったとはいえ、家のことや弟妹の身の回りの世話は今まで、殆ど父親がやってきた。手のかかる彼らの面倒を一人で見ることがどれ程大変かというのは、側で見ていた悠太が一番知っている。
だから中学生になった今、自分にできることならば何でもしたかったのである。
「それに」
途端、悠太の顔がふにゃっと崩れる。
「遥香先生に毎日逢えるしな」
締まりのない顔のままで頬杖をつく。大輔はそんな悠太に対して、少し呆れ気味な視線を送った。
「ハルカ先生って、そんなにいい女なのかよ。もしかして『みずっきぃ』みたいな?」
大輔は持っていた雑誌を広げると、悠太の机の上にそのまま置いた。
そこにはシーツ一枚だけを全身に羽織り、挑戦的なポーズを取りながら寝そべっている女性の姿が、大きく見開きで載っていた。
「馬鹿! そんなのと一緒にするなよ。俺の遥香先生がヨゴレちまうだろうが」
思わず写真の顔を遥香で置き換え、想像してしまった悠太は真っ赤になって怒った。
「なんだよヨゴレって。しかもいつからお前の女になったんだよ」
ファンである『みずっきぃ』こと、七宮みずきを侮辱された大輔は口を尖らせる。
「このくらいいい女なら、一度見てみたいと思っただけじゃないか。来週から中間だから、今日から放課後は部活ないしな」
「! 今日見に行くつもりだったのかよ。お前の言う『いい女』って、身体のことだけじゃないか」
「それ以外、一体何があるっていうんだよ」
さも当然といった表情で、悠太を見詰めている大輔。悠太のほうも無言で見詰め返していたのだが、途中から決意の籠った視線に変わった。
「俺は決めた。お前の魔の手から遥香先生を守ってやる。お前なんかに、絶対に犯させたりはしないからな!」
強い口調で宣言した悠太へ「俺をレイプ魔みたいに言うな」と大輔が文句を言った時、目の前の机がバンッと強く叩かれる。
驚いて見上げると、そこに居たのはさやかだった。