表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/16

第15話

 さやかには、九歳以上年の離れた兄が三人もいた。

 幼少の頃から彼らは柔道や空手、合気道などといった武道を一通り習わされていたが、一番末のさやかには「女の子だから」という理由で習わせることはなかった。


 だが幼い彼女にとって、一番の遊び相手は兄たちである。

 彼女は物心付く前から彼らを相手に、自然に武術を身に付けていった。特に格闘技好きな二番目の兄が、一番可愛がっていたという話である。






(何かを狙っているわね)


 最初に悠太が向かって来た時、さやかはいつものように直ぐに決着を着けようとしていた。


 彼は猪突猛進型である。

 何の考えもなしに、ただ闇雲に突っ込んでくるだけなのだ。

 それは避けるのも倒すのも、実に容易かった。以前に仕掛けてきた兄たちの攻撃に比べれば、軽くいなす程度である。


 しかし今回は少し状況が違っていた。

 いつもなら簡単に自分のペースへ持ち込めるのだが、今日の悠太はただ突っ込んでくるだけではなかったのだ。


 恐らくは何か、一発逆転のようなものでも狙っているのかも知れない。

 さやかはそう直感した。


(まあ仕方ないか。今回は女装が掛かっているんだものね)


 本当はあんな条件を言うつもりなどなかった。

 しかし売り言葉に買い言葉。思わず頭に血が上り、口走ってしまったのである。


(だって仕方ないじゃない)


 思い返すだけでも、心が落ち着かなかった。




『遥香先生に毎日逢えるしな』




 今朝悠太の近くを通った時にそんな声が聞こえてきて、思わず足を止めていた。その嬉しそうな顔を見ているだけで、胃がチリチリと痛んでくる。




『昨日は遥香先生の前で……』


『お前のせいだぞ!』




 最近はいつもそうだ。

 いつも彼女のことばかり。


 さやかは遥香に会ったことはなかったが、あまり良い印象を抱くことができないでいる。


 なんだかムカついてきた。


 今、目の前にいる悠太の顔を見ているだけでも、無性に腹が立ってくるのだ。

 この沸き上がってくる感情が何なのかは、流石に自分でも察しはついていた。




 でも言わない。



 ムカつくから。



 死んでも言わない。




 周囲で歓声が巻き起こる。

 悠太を捕らえようとしていたさやかだったが、するりと逃れられたのだ。

 壁に掛けてある時計を見ると、残り五分を切るところだった。


 さやかは力や体力では負けない自信があった。しかしスピードでは、小柄な悠太のほうが圧倒的に有利だ。


 彼は一体何を仕掛けてこようとしているのか。

 何かを狙っていることだけは分かったが、それが何なのかまではまだ予測できない。


(そろそろ、決着を着けないといけないわね)

 相手が繰り出してくるローキックを躱しながら、思案する。


 残り一分余り。

 時間が経ちすぎてしまったようだ。いつもとは違う悠太に対して、慎重になりすぎている。


 このままいけば引き分けで終わる。

 本当ならば罰ゲームがなくなるので、両者とも都合は良いはずなのだが。

 しかしさやかにも意地があった。


 今まで勝ち続けてきたというプライドもある。

 このままズルズルと引き分けに持ち込むのも、何となく癪だった。

 何より、試合直前での悠太の態度が気に食わなかった。


 引き分けで逃げようという魂胆なのは明白である。

 男らしくない。全くもって姑息な手段だ。


(全く……チョロチョロと!)


 さやかは苛立ちを感じていた。

 こちらから攻撃を仕掛ける度に、逃げられているのだ。


 やはりいつもの悠太ではない。今回は珍しく頭を使っている。

 彼女はここで反撃をしようとしたのだが、ふと思い直した。




 敵の懐へ、自ら飛び込んでいったとしたら――?




 わざと相手の誘いに乗ってみるのである。

 悠太が何を狙っているのかはまだ分からなかったが、どうせまた姑息なことを考えているに違いない。


 残りは一分もないのだ。もう迷っている時間はなかった。







(しめたっ!)


 悠太は見逃さなかった。

 それは、ほんの刹那だったろう。

 さやかの左脇――左ストレートを繰り出してきた瞬間の、僅かな隙間だった。悠太には最後のチャンスでもある。


 真っ向から迎え撃つフリで、フェイントを掛けてみた。

 見事に釣られたさやかは、完全に左がガラ空きになった。悠太がそこへ夢中で飛び込んでいく。


 しかし彼女にとってそれは既に、予想の範囲内であった。


 その瞬間を捕らえようと待ち構えていたさやかは、身体の重心を素早く移動――。



 ―――させたはずだったのだが。






 先程までの喧騒が嘘のように、一瞬で静まり返っていた。

 この教室内全ての視線が、釘付けになっている。皆呼吸を忘れたかのように動こうとしなかったが、壁掛け時計だけが唯一、大きな心音を鳴らしていた。


 悠太が顔を上げるのと同時だった。


 彼女もまたゆっくり振り返ると、その目は下にいる彼を真っ直ぐに捕捉する。

 それはまるで獲物を捕らえて離さない、天敵の眼光のようでもあった。




「あーあ、とうとうやっちまったか」

 大輔は誰に言うでもなく、無意識のうちに小さく呟いていた。




「……カンチョー」




 隣では、既に背を向けている圭吾が身体を丸め、両肩を小刻みに揺らしていた。


(ホント、悪趣味な奴)


 大輔は呆れつつも、この後に待っているであろう彼の災難を危惧するのだった。




【Fin】

●あとがき●


 このような未熟な小説を読んで下さった方、ありがとうございます。

 楽しい学園生活の雰囲気などが伝われば良いなと思いながら、書いていました。


 自分の力不足ゆえにまだまだ課題は多いですが、この続編もそのうち書けたらいいなと思いつつ、また頑張りたいと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ