第14話
「一瞬どころかいつもより、長引いてないか?」
大輔は時計を見ながら、圭吾に話し掛けた。
清掃終了まであと一分余りである。
いつもの対決では、ほぼ三分以内でさやかの得意技『腕ひしぎ十字固め』が決まり、決着が着くのだ。
しかし既に五分以上は経過していた。それだけ今回は悠太も、本気モードだということなのだろうか。
「そろそろ悠太が、アレを使う頃だと思うんだけど」
「アレっていうとお前の言っていた、あの必殺技ってやつか?」
「勿論」
そう答えた圭吾の顔は、心なしかいつもより楽しそうに見える。
「しかしアイツ、本当にアレを使うのかな。
さやかはああ見えても一応……何となく、万が一、多分……だけど、女なんだぜ。
いくら悠太が馬鹿でもみんなが見ている前で、流石にアレをするとは思えないんだけどな」
「いいやアイツなら、絶対にやる!なんなら賭けてもいいよ」
何故か圭吾は断言した。
「じゃあ圭吾は、悠太が勝つと思っているのか」
「いや、勝つのはさやかだ」
これもまた即座に、キッパリと断言する。
「……お前一体、どっちの味方なんだよ。
大体最初からさやかが勝つと思っているのに、なんで勝てるなんてことを言ったんだ?
アイツ本気にするぞ、本当に馬鹿だから」
大輔は顔を顰めていたのだが、一方圭吾のほうは、今にも鼻唄を歌い出しそうな表情を崩してはいなかった。
「だって折角二人とも本気を出すっていうのに、いつものように直ぐに決着が着いてしまったら、詰まらないだろ」
「は?」
「だから演出だよ、演出。イベントに演出は付き物なのさ」
「イベントって…」
「だってほら、いつもより悠太が粘っているお陰で、皆が楽しんでいるわけだし」
視線の先には、彼らを応援しているクラスメイトたちの姿があった。
「そして最後に悠太がアレを仕掛ければ……きっと盛り上がること間違いなしさ」
その時のことでも想像しているのか、圭吾はクスクスと一人で愉快そうに笑う。
「でもなあ……アレをやられたら絶対にさやかの奴、滅茶苦茶怒ると思うぜ。悠太なんてきっと、半殺しの目くらいには遭うかも知れないな」
「だったら、尚更好都合さ」
圭吾は相変わらず嬉々としている。
「本気で怒ったさやかがどんな反応をするのか、ずっと見てみたかったんだよな。
普段から怒りっぽい性格だけどああ見えて、実は今まで本気で怒ったところを見たことがなかったからね。
だから今から凄く、楽しみなんだっ♪」
(まさかコイツ)
依然として高揚している圭吾を凝視しながら、大輔は思う。
(そのため『だけ』に、こんな対決の場を作ったんじゃ……)
最初のキッカケは、いつもの些細な喧嘩だった。
そしてさやかの一言。
だが、クラス中を巻き込むように仕向けたのは圭吾だ。
しかも普段から互いに意地の張り合いをしている二人を煽り、その逃げ道を塞いだのも彼である。
そのことに大輔は、ようやく気付くのだった。
「……圭吾、今更言うことじゃないかもしれないけどさ」
彼の肩へ手を置くと、何となく疲れたように大輔は溜め息を吐いた。
「お前ってやっぱり、黒いよな」