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第9話

「コテンパンにやられるのが分かっているクセに、よく私から逃げなかったわね。褒めてあげるわよ」

「ほざけ」


 両者は対峙し、相手を威嚇するかのように罵り合いながら睨み合っていた。

 壁際に机が片付けられ、教室の真ん中にはポッカリと空けられた空間。そこが二人のリングとなる場所だった。


 今は放課後――というか、正確には清掃の時間である。

 しかし教室内全員、誰もが掃除をしようとはしなかった。皆中心にいる二人に対して、固唾を飲んで見守っているのだ。

 そんな緊迫した空気の中で、唐突にそれを打ち破ったのは、当事者でもある悠太本人だった。


「ちょっとそこ! フクちゃん、何撮ってるんだよ!」

「んあ?」

 悠太がギャラリー中にいる男子生徒を目敏く見つけた途端、そこへ向かって勢いよく人差し指を突き差していた。

 フクちゃんと呼ばれた彼は突然名指しされたために吃驚してしまい、思わず持っていたカメラを落としそうになっている。


「何って……だって僕、写真部だし」

 フクちゃん――本名は福田憲泰ふくだのりやすというのだが――は、頬を掻きながらノンビリとした声を出す。

 憲泰は手に持っている愛用のデジカメが更に小さく見えるほどに、大柄な体格をしていた。人によっては「くまのプーさん」を連想するかも知れない。


「じゃなくて!

何でこんなところを撮るのかって、訊いているの!」

 憲泰に向かって悠太が、掴みかからんばかりな勢いで迫っていった。しかし縦横ともに大きなその身体では、小柄な悠太が少し体当たりした程度ではビクともしない。


「川上君に、折角だから撮ってほしいって頼まれたんだよ。

学級委員長の頼みじゃ……断れないだろ」

 困ったように答える憲泰。

 悠太は言葉の最後に開いた、一瞬の間を見逃さなかった。今度は即座に圭吾に食って掛かる。


「圭吾テメー、フクちゃんに何か渡しただろ」

「は?」

 いつもは落ち着いている圭吾だったが、突然矛先が自分に向いたので目を丸くしていた。


「この前フクちゃんが俺に、『写真は風景しか撮らない』って言ってたんだぞ。

人物を絶対に撮らないフクちゃんがお前の命令に従うなんて、代わりに何かを渡したとしか思えない!」

「あ、悠太。確かに僕、風景を中心に撮っているとは言ったかも知れないけど、人物を絶対に撮らないとは言ってな…」

「フクちゃんは黙ってて!」

 ピシャリとはね除けられた憲泰は、それ以上何も言えなくなってしまった。


「で、どうなんだ圭吾。フクちゃんに渡したんだろ、ワイロ!」

「……お前よく知っていたな、賄賂ワイロっていう言葉を」

「茶化すなよ!」

 悠太の言っていることは端から見れば、ただの非道い言い掛かりにしか過ぎなかった。

 しかし。


「そんなもの、僕が渡すはずないだろ。福田の好意で撮ってもらっているだけだよ」

 胸倉を掴まれた圭吾はそのまま顔を背け、抑揚のない声で答えている。

「……ていうか」


 悠太は自分で訊いておきながらそれには答えずに、今度はいきなり後ろを振り向くと

「お前らも写メするなー!!!」

 周囲に向かって吠えだしていた。


 本来ならば学校へのケータイは持ち込み禁止なのだが、何人かはこっそりと持ってきているのだ。それらが一斉に、悠太へと向けられていたのである。

 中には「悠太の怒った顔~♪」と笑いながら今も撮っている者がいて、本人にとっては迷惑なことだった。許可なく勝手に写真を撮られる芸能人の気持ちを、味わっているような気分だ。


 悠太がその中の一人のケータイを取り上げようと手を伸ばした時、

「……悠太」

 ドスの利いた低い、静かな声が背後から聞こえてくる。


「あんたさっきから一人で、何を騒いでいるのよ」

 声の主は既に、怒りで顔を引きつらせていた。

「それとも、自分から私との対決を申し込んでおきながら今更怖じ気づいて、このまま逃げようとか考えているんじゃないでしょうね」


 さやかは腕を組み、冷ややかな眼差しで悠太の背中を睨み付けた。

「逃げる、だと?」

 その背中が、ピクリと反応する。


「勘違いするな。この俺が逃げるわけないだろうが」

 そう言いながら改めて、真っ直ぐにさやかと向き合ってはいたのだが。


(ちっ、引き延ばし作戦は失敗か)

 心の中では舌打ちをしていたのである。


(このまままともにやりあっても、力と体格が違いすぎて俺には勝てない)

 悠太は自信に満ちた、さやかの顔を睨み返しながら思う。


 これで負けた場合には恐らくまた、彼女に頭が上がらなくなるのだ。

 更には負けた瞬間の悠太の写真が出回り、女装姿の生写真も売買されるかも知れない。

(圭吾なら絶対そういうの、喜んで売りそうだもんな)

 憲泰にわざわざ写真を撮らせているのはそのために違いないと、横目で当人を見ながら確信する。


(だったらそれを、勝利写真に変えればいいだけの話だ)

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