表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/16

第1話

「ギブギブギブ…!」

 坂井悠太さかいゆうたは痛みに堪えきれず、悲鳴を上げながら床を叩いていた。


 制服を着たまま仰向けで寝転がされ、その身体を挟み込むかのように上から羽交い締めにされている。 押さえ付けているのはショートの髪で赤ジャージを着ている、活発そうな女生徒だった。

 悠太はこのままでは骨を折られると思った。締め上げられている腕がギシギシと、嫌な音を立てているような気がしたのである。


「おぉ、さすが向島むこうじま。綺麗に決まったな、腕ひしぎ十字固め」

 それを見ていたクラスメイトの一人が声を出すと、周りからも同時に歓声が上がった。


「さぁ観念しな、悠太。今日こそは掃除当番、サボるんじゃないわよ」

「わかった! わかったよ。だから放せよ!!」

 この叫び声で女生徒――向島さやかは、ようやく力を緩めるのだった。


「全く、私の手を煩わせるんじゃないってのよ」

 まだ転がったままの悠太の身体をバシッと強く叩きながら、さやかは立ち上がる。


「ち、畜生……怪力デカメスゴリラめ!」

 床に這い蹲った格好で罵りの言葉を浴びせたが、彼女は冷ややかな視線を下へ向けただけだった。


 さやかは身長が一六六㎝もあり、十二歳という年齢のわりには大柄な体型をしていたが、かたや悠太は一四二㎝と小柄である。

 普通に並んで立っていても、体格に差があるのだ。背の高い彼女の真上からの視線は、悠太にとって妙な威圧感があった。蛇に睨まれる蛙、或いは猫に襲われる直前の鼠の心境が、良く分かるような気がした。


 悠太はその視線から逃れるように重い身体を起こすと、渋々と黒板を消し始めた。二人を見物していたクラスメイトたちもこれ以上のバトルは起こらないと判断したのか、蜘蛛の子を散らすように去っていく。が、その中から女生徒二人が近づいてきた。


「さやかちゃん、ありがとう。坂井君ていつも授業終わるとすぐ帰っちゃうから、なかなか捕まえられなかったの」

「そういうことなら、いつでも私に任せておいて。アイツの行動パターンは小学生の頃から、把握しているからね」

 さやかは悠太への態度とは違い、女生徒たちにはにこやかに応対している。


(くそぅ、さやかのヤツめ!)

 背後で聞こえてくる会話に文句を言ってやりたかったが、寸前で我慢した。先程負けた手前、ただの負け犬の遠吠えにしかならないような気がしたからだ。


「さやか、そろそろ行こう!」

 教室の出入口から、女生徒の明るい声が聞こえてきた。さやかはその場で直ぐに返事をすると、

「あんた、私が見ていないからってサボるんじゃないわよ」

 そう釘を差しつつ荷物を持ち、そのまま出ていった。


 悠太は即座に視界から、完全にさやかが消えたことを確認する。

「よし、今のうちに」

 持っていた黒板消しを粉受けの中へ、そっと置こうとしたのだが。


「悠太、まさか逃げる気なんじゃないだろうな」

 背後からその手を掴む者がいた。


「今度は僕がさやかの代わりに、見張っているからな」

 川上圭吾かわかみけいごが眼鏡の奥で、不敵な笑みを浮かべている。


「何だよ圭吾、俺を裏切る気か?」

「裏切るも何も、クラス委員として見過ごせるわけないだろ。一ヶ月ある掃除当番の内、半月もサボりやがって」

 この真っ当な意見に悠太は一瞬黙り込んだのだが。


「な、頼むよ圭吾。俺、早く帰らないといけないんだしさ。見逃してくれよ」

 神にでも拝むかのように、目の前で両手を合わせると懇願した。


「そりゃ、僕もさやかもお前ん家の家庭の事情は知ってるけどさ」

 悠太には五歳になる双子の弟妹がおり、これから彼らを保育園まで迎えに行かなければならなかったのだ。これは中学入学以降、悠太の役割となっていた。


「少しくらい行くのが遅れても、大丈夫なんだろ?」

「いいや、駄目だ」

 急に真顔になると、首を左右へ振る。


「あいつらにとって俺は、三年前に死んだ母ちゃんの代わりなんだぜ。

俺は母ちゃんに早く迎えに来てもらった時、凄く嬉しかったのをよく覚えている。

だからあいつらも早く迎えに行ってやったほうが、きっと嬉しいに違いないんだ。

俺が昔母ちゃんにしてもらったことを、母ちゃんを知らないあいつらにも体験させてやりたいのさ」


 一瞬の間が開いた。だが。


「……とかなんとか、何だか立派なことを言っているようにも聞こえるが、本当はただサボりたいだけなんだろうが」

 圭吾が眼鏡の位置を直して半眼で視線を送ると、悠太は直ぐにあさっての方向を向いた。


「悠太お前、これでさやかに何敗したんだよ」

 二人が話していると今度は湯原大輔ゆはらだいすけが、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら近づいてきた。


「0勝57敗だな」

 答えたのは悠太ではなく、圭吾だった。しかも何処から取り出したのか、システム手帳まで開いている。


「! 圭吾まさか、今までそれをずっと記録していたのかよ」

「ああ、小学五年四月十三日からだけどな」

 悠太は非難の眼差しを向けるが、当人は平然としたままである。


 この公立桜ヶ丘中学校は、近辺地域にある東西南北、四つの小学校から集められた生徒たちで構成されている。

 悠太と圭吾、大輔、そしてさやかは同じ北小学校出身で、中学へ入学した現在も同じクラスとなり、彼らの腐れ縁は続いていた。


「しかしスゲーよな、今までさやかに一勝もできないなんてさ」

 そんな大輔の言葉で、かなりムッとした表情を見せる悠太。

「体格の差だよ。あいつ女のくせにデケーし、力も男以上にあるし。つか、あんなのはもう女……いや、人間じゃねぇよ。

畜生、その内あいつよりデカくなって、絶対勝つ!」

 今までどうやってもさやかには勝つことができなかった。悠太はその理由を、自分の体型のせいだと思っている。


「ちょっと、坂井君」

 黒板へ向かって息巻いていると、その背中に声が掛けられた。

「もう掃除の時間は、とっくに終わっているんだけど」

 クラス女子の棘を含んだ言葉で我に返ると、慌てて教室に掛けられている時計を見た。


「うわやっべ、もう5時過ぎてるじゃねぇか!」

 言うが早いか机の上に置かれていたバッグを乱暴に掴むと、一目散に教室を飛び出していった。


「相変わらず、落ち着きのない奴だな」

 教室から出ていく悠太を見送りながら、圭吾はポツリと呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ