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破棄したのは婚約でなく、断罪計画でした ――恋と戦争は手段を撰ばないとはいうものの、政略とラブコメは相性が悪すぎます  作者: 製本業者


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2/7

第二話 氷の令嬢は、盤面をひっくり返される

【エレノアside】想定外という名の敗北

――何が、起こったの?


ホールの天井も壁も、見慣れたままだ。

壇上の照明も、いつも通り白く冷たい。

空気の温度すら変わっていないはずなのに――今、世界だけが明らかに変質した。


視線が集まる。

その中心にいるのは、第一王子。

……あの人は、私の敵ではない。少なくとも“今の段階”では。


敵と呼ぶには、軽すぎる。

台本を与えればその通りに朗読し、拍手を欲しがり、失点を恐れて足元を見失う。

王冠の重みを知らないのではない。

知った“つもり”で、形だけを整える――そういう種類の人間だ。


王子が正義の告発者として私を断罪し、私は淡々と受け入れる。

人前で婚約を破棄され、彼は男爵令嬢に手を差し伸べる。

――それが、私の用意した“演目”だった。


私が演じるのは、悪役令嬢。

見苦しく抗弁しない。涙も見せない。

ただ、冷たく、気高く、断罪される。


そうすれば観客は安心する。

「悪は裁かれた」「王子は正義だ」と。

空気は整い、彼は“英雄”として拍手を受け取る。


そして、あの男爵令嬢。


……可愛い顔をして、震えて、泣きそうで。

その程度の娘だ。

下級貴族の、装飾品みたいな娘。

何かを背負う器ではない。背負わせれば折れる。折れれば、周囲が笑う。


王族に媚びねばならない“庶民王妃”など、上流の政敵にとっては格好の餌だ。

私が仕込んだ“悪評”は、少し時間を置いて彼女の頭上に落ちる。

王妃としての素養も後ろ盾もない彼女は、やがて周囲から孤立し――


結果として、私の婚約破棄は「哀れな被害者」として再評価される。


勝者は、私。

それが計画だった。完璧な筋書きだった。


……なのに。


さっきまで“朗読”していたはずの王子が、台本の行間を見たような顔をした。

ほんの一瞬、言葉を切った。

そして、その沈黙が――ホールの空気を、私の知らない形に組み替えた。


(……待って)


嫌な予感が背筋を走る。

私の演目は、私の手でしか動かないはずだった。


なのに、彼は今――

“私の知らない順序”で、舞台を触ろうとしている。


彼の放った、たった一言が空気を変えた。


「……と言いたいところだが、私の側にも問題があった」


(……え?)


冷静であるはずの心が、瞬間的に揺れた。

意味が――分からない。


王子の声は、いつも通りだった。

よく通る、無駄に整った声。

舞台の台詞を朗読するのに向いた声。

それだけのはずだったのに。


「最高の王妃候補なら、至高の王妃を育てられる」


(育てる? ……誰を?)


まさか。


(――この私が、あの男爵令嬢を?)


視界が、微かに揺れる。

あまりに唐突で、あまりに筋が違いすぎて、脳が理解を拒んだ。


私は、第一王子を“分類”していた。

王族としての最低限は満たす。見栄えも悪くない。

だが中身は――過去の王に憧れるだけで、肝心なところで空回りする。

押せば倒れる。煽れば暴れる。

つまり、扱いやすい。


一方で第二王子は、“傀儡に出来る程度”には有能だ。

こちらが枠を与えれば、その枠の中で働く。

だからこそ危険で、だからこそ価値がある。

――私が選ぶなら、あちらだ。

それが、私の描いた構図だった。


なのに、今、目の前で。


「――ならば、君が育てればいい」


(……何、それ)


言葉が出ない。

“育てろ”という命令でも、“押しつけ”でもない。

これは……役割の再配置だ。

盤面の作り直し。

私が仕込んだ糸を、糸のまま掴み直すやり方。


(彼……まさか、気づいていた?)


そんなはずはない。

私は痕跡を消した。伏線も、火種も、丁寧に散らした。

この舞台は、私の手でしか動かないはずだった。


――それなのに。


たった一言で、全てを覆された。


「哀れな間抜けかもしれないが、その程度の矜持はあるつもりだ」


矜持。

その単語が、妙に重く落ちた。


第一王子など、計画の中盤で静かに自滅させればいい駒だった。

だから私は、断罪される“悪役”を選んだ。

彼の英雄譚の一部になることで、後から勝つ。

それが合理的で、完璧で、揺るがないはずだった。


なのに――私は今、駒のはずの相手に、盤面ごと持ち上げられている。


婚約破棄をされた哀れな被害者。

その「見た目」だけは、まだ変わらない。


だが、破棄した側――第一王子の立場が、まるで別物になっていた。

笑われる側から、笑わせる側へ。

守られる側から、物語を動かす側へ。


(……待って。私、彼をどう扱えばいいの?)


無能。操りやすい。――そう結論づけていたはずの評価軸が、音を立てて崩れる。

無能なら、こんな切り返しは出来ない。

だが有能なら、今までの空回りは何だった?

演技? 偶然? それとも……今、何かが“開いた”?


理解したい。

理解して、分類して、対策を立てたい。

いつもなら出来るのに――今だけは、言葉が追いつかない。


私は、反射的に目を伏せた。

視線を合わせた瞬間、こちらの揺れを見抜かれる気がしたからだ。


(――違う。まだ終わっていない)


そう自分に言い聞かせる。

けれど胸の奥で、初めての感覚が蠢いていた。


――恐怖だ。


「随分、ご都合の良い言葉ですね」


それが、必死になって捻り出した反撃の種火だった。

――皮肉の一刺し。空気を取り戻すための、薄い刃。


「都合が良い、か。……確かにそう言われても、私は言い返せない」


だが、その刃は火花すら散らせず、あっさり折れた。

反論されることを前提にしていた。

言い返され、言葉尻を掴み、こちらの舞台に引きずり戻す。

そのはずだったのに――彼は、最初からこちらの足場を崩しにきた。


あれは、本当に無能の仮面を被っていただけだったのか?

なら私は――まさか本気で、“化かされていた”というの?


違う。そんなはずはない。

そう断じたいのに、他に説明がつかない。


「大した策士だな、君は」


そんな言葉を平然と吐ける男を、私は“扱いやすい第一王子”と分類していた。

……見誤った。

それだけは、認めざるを得ない。


「……してやられた」


ぽつりと、唇が零れていた。

声にした瞬間、胸の奥がひりつく。

屈辱を、自分で確定してしまったみたいで。


その瞬間――


「え、えれ、エレノア様……?」


おずおずと声をかけてきたのは、私の背後にいた男爵令嬢だった。

断罪劇の“勝者”になるはずの、劇中のヒロイン。

私が、数手先で蹴り落とす予定だった、ただの脇役。


怯えた目。震える声。

可憐に見せることしか知らない娘。

……その程度の存在が、今、私の目の前にいる。


そして私は、その彼女を――“育てよ”と命じられた。


舞台の主導権を奪われたということ。

計画の“敗北”だと、誰も気づかないだろう。

表面だけを見れば、私は相変わらず哀れな被害者で、王子は公平な正義の人。

観客は、その物語に酔って終わる。


……けれど。


(――面白い)


胸の痛みが、笑いに変わる。

ひっくり返されたのなら、次は正面から粉砕するだけだ。


あの王子が“教育を受けた王妃”を欲するというなら――

その通りに仕立ててやる。


この女を、誰の目にも非の打ちどころがない王妃に育て上げる。

そして最後に、その完成品ごと――王子の前に叩きつけてやるのだ。


言わせてみせる。

――「貴女を手放すべきではなかった」と。


私は、男爵令嬢の肩にそっと手を置いた。

彼女は驚いたようにこちらを見上げる。

まだ何も知らない顔。

期待と恐怖が混ざった、あまりに分かりやすい表情。


原石かどうかなんて、構わない。

磨く価値があるかも、現時点ではどうでもいい。

必要なのは――形だ。見せる形。折れない形。


「いいえ、大丈夫よ。少し、誤算があっただけ」


私は微笑み、続けた。

微笑みの意味を、彼女は理解できないだろう。

それでいい。


「――さあ、まずは正しいカーテシーから始めましょうか。

あなたが王妃となるなら、“私のやり方”でなければ通用しないもの」


甘やかしはしない。

救い上げもしない。

私はただ――私の手で“王妃”を作る。


これは再起ではない。

これは、反撃の狼煙。



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