第7話:本と筋肉と、図書館の女帝
ラプラス神力学校の一角。正門から少し離れた場所に、しんと静まり返った建物がある。
そこは図書館だった。
蔵書数は数千。神力の理論書から戦史、宗教書、そして“禁書”の気配が漂う奥の書架まで……静かに、しかし確かに知の香りが積もっている。
そしてその空間の中央、窓際の一等席にて。
「この星の成り立ち、そしてゲルリオン教の起源……また矛盾してる。こんな記述、昨日の教科書と真逆じゃない……」
本に顔を近づけながら、小さなため息を漏らす少女――デーネ・ボライオネア。眼鏡の奥にある瞳は、ページをめくるたびに鋭く細く光っていた。
ラプラス神力学校に入学して3年。神力はすでに「青」に至り、特に回復の応用術に長けている。けれど本領はそこではない。
「この図書館、今日も貸出ゼロ。つまり……私の天下というわけね」
ひとり言が癖だった。彼女は今日も静かな図書館を歩き回り、あらゆる本に目を通す。
父母は図書館司書。将来は同じ職に就くことを期待されている――が、デーネの本音は違う。
彼女の目標は、ゲーリュ団に入り、外の世界に出て“本に書かれていない真実”をこの目で確かめることだった。
「神獣がこの星を襲ったっていうけど、当時の記述が全部同じ口調っておかしくない? 誰かが“編集”してるとしか思えないわ」
そのとき、図書館の入り口がガラリと開く。
デーネの肩がピクリと動いた。
「……誰? この時間に来るなんて珍しい。まさか……」
「おお〜〜〜〜い! デーネっちぃぃ〜〜〜〜!! 勉強教えてくれぇぇぇ!!」
「うるっさ!! 静かにしなさいよ、図書館よ!? 頭筋肉なの!?」
現れたのは、デーネがもっとも関わりたくない男だった。
レグ・ルースリア。
ラプラス神力学校きっての脳筋にして、神力ランク「紫」に到達している最強の生徒。
戦闘においては無敵に近い存在だが、学科に関してはほぼ壊滅的。
この世に「0点」という点数が存在する意味を教えてくれた男。
「また補習!? アンタ昨日も“気合いで覚える”とか言って教科書投げ捨ててたじゃない!」
「うるせぇ! 俺はな! 気合いでは勝てるけど試験には勝てねぇんだよッ!!」
「そりゃそうよ!! 馬鹿力じゃペン動かないのよ!」
「でも、先生が言ったんだぞ? “お前には無理だから、デーネに頼め”って! これって公式依頼じゃん! デーネちゃんにお願いしなさーいって!」
「それ、皮肉よ。教える側の気持ちになってみなさいって意味よ!」
怒りを通り越して呆れているデーネだったが、ため息をつきながら机をポンと叩いた。
「わかったわよ……試験で赤点とって卒業できないよりはマシだもの。ちょっとだけなら教えてあげる。でも――」
「でも?」
「教える代わりに、アンタの神力を“見せて”」
レグが目を丸くした。
「……なんだそれ。まさか俺に惚れた?」
「してないし、しないし、絶対にしない。興味があるのは“赤黒”に至る神力の条件。あなた、近いでしょ。感知の使い方を見せて欲しいの」
「ふふーん! いいだろう! じゃあ明日の放課後、裏の訓練場でな!」
レグはガッツポーズで飛び出していった。デーネは、その背中を見送りながら小さく呟いた。
「……バカだけど、素直なバカって、たまに貴重よね」
彼女の机の上には、閉じられた古文書が1冊。
それは神代文字の断片が書かれた、学校では教えられていない“もうひとつの歴史”だった。
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次の日の放課後。夕焼けが木造校舎を染め、淡く橙色の光が中庭を照らしていた。
その奥。裏手の訓練場に設けられた砂地の演習場にて、僕はひとり、壁に背を預けて立っていた。
いや、正確には「連れてこられてしまった」が正しい。
そう。僕はレグ・ルースリアに目をつけられてしまったのだ。
よりによって学校で1番強くて、1番うるさくて、1番……筋肉で物事を解決するタイプ。
「ほらデーネ! お前も見とけよな! こいつ、そこそこやるぜ!」
と、レグの向こうにいるのは、黒髪にメガネが特徴的な女の子。
すでに腕を組みながら、冷たい視線をこちらに向けていた。
「“そこそこ”じゃ意味ないのよ。神力の流れを見るには、限界ギリギリの状態じゃないと」
「おう、ならギリギリにしてやるさ!」
「いやいやいや!? 僕の了解は!? ギリギリってどういう意味!? ていうか僕、訓練のつもりじゃなく見学のつもりで――」
ドゴンッッ!!
レグが神力を纏い、土煙を巻き上げて飛びかかってきた。
その体には紫のオーラが密集しており、雷鳴のように空気を震わせていた。
「ちょ、ちょっと待ってレグ!? 説明とか前フリとか大事じゃない!? 僕まだオーラも――うわああっ!?」
反射的に神力を纏って飛び退く。
青いオーラが身体を包み、ぎりぎりのところで拳をかわした。
その風圧だけで背後の樹がミシミシ鳴る。
「くっそ、マジで強い……」
「けどちゃんと避けてる! ウルス、やっぱお前はすげーよ! まだ入学して数日なんて信じられねぇ! オレの特訓相手に向いてる!」
「向いてないって!! ていうか見学の話はどこに行ったの!?」
「観察中です」
「観察中だ!」
その後もレグの突進と僕の回避は続き、砂煙が訓練場を覆っていた。
遠くの空には夕陽が沈みかけていて、ふと、神力が赤く染まって見えた。
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「……お前、本当に“初心者”か?」
レグの口から、初めて少し真面目なトーンが漏れた。
その目は、ただのバカでも筋肉バカでもない、戦士の目をしていた。
「本当に、最近目覚めたばっかですけど……?」
「なら――ちょっとだけ期待していいかもな」
レグが拳を引くと、砂を巻き上げて構えを取った。僕は、自然と神力を全身に走らせる。
青と紫、光の奔流。
が――そのとき。
「おーい、そこのお前らー!! 勝手に訓練場使うなーっ!」
教官が飛び出してきた。
全員、硬直。
「や、やべっ……」
「帰るわ!!」
「全力で逃げるわよ!!!」
そうして、僕たち3人は、神力でブーストしながら訓練場を脱出したのだった。
何なんだ今日は。
気づけば、今日1日で3回も神力使った。
……明日、筋肉痛確定だこれ。