表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/111

第7話:本と筋肉と、図書館の女帝

 ラプラス神力学校の一角。正門から少し離れた場所に、しんと静まり返った建物がある。


 そこは図書館だった。


 蔵書数は数千。神力の理論書から戦史、宗教書、そして“禁書”の気配が漂う奥の書架まで……静かに、しかし確かに知の香りが積もっている。


 そしてその空間の中央、窓際の一等席にて。


「この星の成り立ち、そしてゲルリオン教の起源……また矛盾してる。こんな記述、昨日の教科書と真逆じゃない……」


 本に顔を近づけながら、小さなため息を漏らす少女――デーネ・ボライオネア。眼鏡の奥にある瞳は、ページをめくるたびに鋭く細く光っていた。


 ラプラス神力学校に入学して3年。神力はすでに「青」に至り、特に回復の応用術に長けている。けれど本領はそこではない。


「この図書館、今日も貸出ゼロ。つまり……私の天下というわけね」


 ひとり言が癖だった。彼女は今日も静かな図書館を歩き回り、あらゆる本に目を通す。


 父母は図書館司書。将来は同じ職に就くことを期待されている――が、デーネの本音は違う。


 彼女の目標は、ゲーリュ団に入り、外の世界に出て“本に書かれていない真実”をこの目で確かめることだった。


「神獣がこの星を襲ったっていうけど、当時の記述が全部同じ口調っておかしくない? 誰かが“編集”してるとしか思えないわ」


 そのとき、図書館の入り口がガラリと開く。


 デーネの肩がピクリと動いた。


「……誰? この時間に来るなんて珍しい。まさか……」


「おお〜〜〜〜い! デーネっちぃぃ〜〜〜〜!! 勉強教えてくれぇぇぇ!!」


「うるっさ!! 静かにしなさいよ、図書館よ!? 頭筋肉なの!?」


 現れたのは、デーネがもっとも関わりたくない男だった。


 レグ・ルースリア。


 ラプラス神力学校きっての脳筋にして、神力ランク「紫」に到達している最強の生徒。


 戦闘においては無敵に近い存在だが、学科に関してはほぼ壊滅的。


 この世に「0点」という点数が存在する意味を教えてくれた男。


「また補習!? アンタ昨日も“気合いで覚える”とか言って教科書投げ捨ててたじゃない!」


「うるせぇ! 俺はな! 気合いでは勝てるけど試験には勝てねぇんだよッ!!」


「そりゃそうよ!! 馬鹿力じゃペン動かないのよ!」


「でも、先生が言ったんだぞ? “お前には無理だから、デーネに頼め”って! これって公式依頼じゃん! デーネちゃんにお願いしなさーいって!」


「それ、皮肉よ。教える側の気持ちになってみなさいって意味よ!」


 怒りを通り越して呆れているデーネだったが、ため息をつきながら机をポンと叩いた。


「わかったわよ……試験で赤点とって卒業できないよりはマシだもの。ちょっとだけなら教えてあげる。でも――」


「でも?」


「教える代わりに、アンタの神力を“見せて”」


 レグが目を丸くした。


「……なんだそれ。まさか俺に惚れた?」


「してないし、しないし、絶対にしない。興味があるのは“赤黒”に至る神力の条件。あなた、近いでしょ。感知の使い方を見せて欲しいの」


「ふふーん! いいだろう! じゃあ明日の放課後、裏の訓練場でな!」


 レグはガッツポーズで飛び出していった。デーネは、その背中を見送りながら小さく呟いた。


「……バカだけど、素直なバカって、たまに貴重よね」


 彼女の机の上には、閉じられた古文書が1冊。


 それは神代文字の断片が書かれた、学校では教えられていない“もうひとつの歴史”だった。


----


 次の日の放課後。夕焼けが木造校舎を染め、淡く橙色の光が中庭を照らしていた。


 その奥。裏手の訓練場に設けられた砂地の演習場にて、僕はひとり、壁に背を預けて立っていた。


 いや、正確には「連れてこられてしまった」が正しい。


 そう。僕はレグ・ルースリアに目をつけられてしまったのだ。


 よりによって学校で1番強くて、1番うるさくて、1番……筋肉で物事を解決するタイプ。


 


「ほらデーネ! お前も見とけよな! こいつ、そこそこやるぜ!」


 と、レグの向こうにいるのは、黒髪にメガネが特徴的な女の子。


 すでに腕を組みながら、冷たい視線をこちらに向けていた。


「“そこそこ”じゃ意味ないのよ。神力の流れを見るには、限界ギリギリの状態じゃないと」


「おう、ならギリギリにしてやるさ!」


「いやいやいや!? 僕の了解は!? ギリギリってどういう意味!? ていうか僕、訓練のつもりじゃなく見学のつもりで――」


 


 ドゴンッッ!!


 


 レグが神力を纏い、土煙を巻き上げて飛びかかってきた。


 その体には紫のオーラが密集しており、雷鳴のように空気を震わせていた。


 


「ちょ、ちょっと待ってレグ!? 説明とか前フリとか大事じゃない!? 僕まだオーラも――うわああっ!?」


 


 反射的に神力を纏って飛び退く。


 青いオーラが身体を包み、ぎりぎりのところで拳をかわした。


 その風圧だけで背後の樹がミシミシ鳴る。


 


「くっそ、マジで強い……」


「けどちゃんと避けてる! ウルス、やっぱお前はすげーよ! まだ入学して数日なんて信じられねぇ! オレの特訓相手に向いてる!」


「向いてないって!! ていうか見学の話はどこに行ったの!?」


「観察中です」

「観察中だ!」


 


 その後もレグの突進と僕の回避は続き、砂煙が訓練場を覆っていた。


 遠くの空には夕陽が沈みかけていて、ふと、神力が赤く染まって見えた。


 ----


「……お前、本当に“初心者”か?」


 レグの口から、初めて少し真面目なトーンが漏れた。


 その目は、ただのバカでも筋肉バカでもない、戦士の目をしていた。


 


「本当に、最近目覚めたばっかですけど……?」


「なら――ちょっとだけ期待していいかもな」


 


 レグが拳を引くと、砂を巻き上げて構えを取った。僕は、自然と神力を全身に走らせる。


 青と紫、光の奔流。


 


 が――そのとき。


 


「おーい、そこのお前らー!! 勝手に訓練場使うなーっ!」


 教官が飛び出してきた。


 全員、硬直。


 


「や、やべっ……」


「帰るわ!!」


「全力で逃げるわよ!!!」


 


 そうして、僕たち3人は、神力でブーストしながら訓練場を脱出したのだった。


 何なんだ今日は。


 


 気づけば、今日1日で3回も神力使った。


 ……明日、筋肉痛確定だこれ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ