表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/159

第83話:赤黒の刃

 砂煙が巻き上がり、視界が一瞬で茶色に染まった。


 息を吸うたびに喉が焼けるようだ。

 目の奥まで熱気が入り込み、涙がにじむ。


「——来るぞ!」


 ギウス団長の怒鳴り声と同時に、砂煙を割って鋭い鎌が迫った。

 その瞬間、赤黒の神力が爆ぜ、大剣が閃光のように横薙ぎに振り抜かれる。


 鎌の刃が空中で砕け、散った破片が砂に突き刺さった。

 神力がまとわりつくたび、刃の周囲の空気が歪んで見える。

 まるで空間そのものが裂けているみたいだ。


「遅ぇぞ、化け物」


 ギウスの挑発に応えるように、スコーピオンが甲羅を鳴らす。

 低い振動が足元から響き、体の芯を震わせる。


 その背後から、ルナーア団長の声が飛んだ。

「目だ! 右の複眼が甘い!」


 緑髪が砂の中でも鮮やかに揺れる。

 赤い神力をまとった矢が弦を離れ、一直線に魔物の右目へ。


 寸前で甲殻が閉じて防いだが、甲羅に赤い亀裂が走った。

「ちっ、防御反応が速すぎる……」


「じゃあ、こっちはどうだ!」


 アル団長の声と同時に、彼の赤黒の神力が広がり、空気が重くなる。

 次の瞬間、砂丘の上から舞い降りるように突撃。


 金髪が陽光を反射し、長剣が甲羅の隙間に突き立った。

 金属音とともに魔物の体がのけぞり、砂が波のように崩れ落ちる。


 僕は息を呑んだ。

 ——速い。三人の動きが速すぎて、目で追っても置いていかれる。


 レグですら「おお……」と低く唸っている。


 だが、スコーピオンは倒れない。

 全身を震わせ、甲殻の隙間から熱風を噴き出す。


 その温度は肌を刺すほどで、近づくことさえ困難だ。

 神力の波動も感じる。——こいつ、ただの魔物じゃない。


「みんな、下がれ!」


 ギウス団長が叫ぶ。

 僕らは条件反射で後退した。


 次の瞬間、魔物の尾が地面に突き刺さり、爆ぜるような衝撃が走った。

 赤錆色の砂が宙に舞い、視界が完全に奪われる。


 その中で、ギウスの赤黒の神力が一気に膨れ上がった。

 砂煙を裂きながら大剣が振り下ろされ、甲羅にめり込む。


 続けてアルが逆方向から長剣を突き立て、ルナーアの矢がその隙間を射抜く。

 三方向からの同時攻撃——一瞬の連携に、巨体が大きく揺らいだ。


 だが——


 そのとき、僕の視界の端に、砂丘の上に立つ影が映った。


 人影。顔までは見えない。

 けれど、その足元に——花型の跡。


「……いた」


 僕が呟いた瞬間、その影はふっと掻き消えた。


***


 視界を覆う砂煙が、熱風に押されて流れ始める。

 舞い上がった砂粒が肌に当たり、じりじりと焼けるようだ。


 その向こうで、ギウス団長の赤黒の神力がさらに膨れ上がった。

 まるで大剣そのものが灼けた鉄になったように赤く輝く。


「アル、右から回れ!」

「言われなくても!」


 二人が同時に踏み込む。

 砂を蹴る音すら掻き消す速さだ。


 ルナーア団長は弓を引ききったまま、わずかに呼吸を止める。

 赤の神力が矢に宿り、先端から微かな熱が滲む。


 ——今までと違う。あの矢は、甲羅すら抜く。


「……目を閉じろ」


 低い声が響いた直後、矢が放たれた。


 甲羅の隙間にギウスの一撃が叩き込み、アルの突きが深くめり込み、

 その直後にルナーアの矢が連結するように滑り込む。


 三つの衝撃が一点でぶつかり、スコーピオンの巨体がくの字に折れた。


 甲殻に亀裂が走り、赤い体液が砂を濡らす。

 耳障りな絶叫が響き、尾が激しく振られた。


 僕たちは反射的に距離を取る。

 ——次の瞬間、巨体が地面に崩れ落ちた。


 砂漠が一瞬だけ、静まり返る。


「終わった……のか?」


 誰かが息を吐いた。

 ギウス団長は大剣を肩に担いだまま、崩れた魔物を睨んでいる。


 アル団長は剣を払って体液を落とし、ルナーア団長は矢を戻しながら短く頷いた。


「さすがに、こいつは動かん」


 ギウスの声は低く、しかし確信があった。


 ——そのときだ。


 砂丘の上、さっき僕が見た「影」が再び現れた。

 距離はあるのに、はっきりと見える。


 フードの影で顔は分からない。

 ただ、風がその足元の砂を払い、またあの花型の足跡を露わにした。


 花弁のように広がった足跡。

 中心は深く、周囲はふわりと開いている。


 僕が声を上げようとした瞬間、ギウス団長が腕を伸ばして制した。


「追うな」

「でも——!」

「今は駄目だ。負傷者もいる。外壁から遠く離れすぎてる」


 確かに、魔物との戦闘で部下の数人が倒れている。

 悔しいけれど、今は戻るべきだと僕も理解していた。


 影は、僕らが動かないと見るや否や、砂煙に溶けるように消えた。

 残ったのは花の形の足跡だけ。


 ルナーア団長が跪き、足跡をじっと見つめる。

「……これは、魔物のものじゃない。人間の足跡だ」


 その声には、かすかな緊張が混じっていた。


 ——誰なんだ。

 外壁の外に、人がいる?

 しかも、こんな危険な場所で?


 帰還の合図と共に、僕たちは再び砂漠を引き返した。


 背後では、倒れたスコーピオンが砂に半ば埋もれ、まるで巨大な墓標のように沈黙していた。


読んでいただきありがとうございました。

面白かった、続きが気になると思ったら評価、ブックマークよろしくお願いします。

筆者がものすごく喜ぶと同時に、作品を作るモチベーションにも繋がります。


次回もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ