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第77話:巨獣はなぜ現れた?前編

 昨日のあの騒ぎから一晩明け、ゲーリュ団の訓練場は朝からざわついていた。


 原因はもちろん、あの魔物だ。


 突然、外壁近くの森から現れた大型魔物。しかも、普通の群れ行動とは違って、まるで何かに追い立てられるように一直線に王都方面へ突っ込んできた。


 ……で、それを軍団長たちが華麗に粉砕したわけだ。僕も間近で見てたけど、あれはもう神話の一場面みたいだった。



「で、今日から原因調査ってわけだ」


 腰に刀を差しながらため息をつくと、後ろから元気な声。


「なんだよウルス、まるでやる気なさそうじゃねぇか!」


 もちろんレグだ。昨日も戦闘を見ながら「次は俺がやる!」と騒いで軍団長に怒鳴られていた張本人である。


「だって昨日の時点で原因、なんとなくわかってるんじゃないの?」


「甘ぇな。昨日の時点じゃ“わかる”じゃなくて“感じる”だ。ギウス団長がそう言ってたぜ」


 どこか得意げに言うレグ。こういうときだけ難しい言葉を使いたがるんだよな。



 集合場所に行くと、そこには3人の軍団長がすでに揃っていた。


 ギウス団長は例によって酒臭い。朝なのに。


 ルナーア団長は眼鏡の奥から鋭い視線を向けて、手元の地図に何かメモをしている。


 アル団長は、いつも通り女性隊員から黄色い声援を浴びながらも、こちらに目を向けると薄く笑った。



「昨日の魔物の出現地点を調べる。全員、準備はいいな」


 ギウス団長の神力がふっと立ち上がる。赤黒いオーラが陽炎のように揺れて、背負った大剣の輪郭がゆらめく。


 隣のアル団長からも同じ色の神力が溢れ、こちらは冷たい光沢を持って空気を引き締めた。


 ルナーア団長の赤い神力は落ち着いているが、弓を握る手だけが微かに震えている。……あれ、緊張じゃなくて、むしろ狙う気満々のやつだ。



 調査班は軍団長3人と、僕ら新人4人。あと、数名の熟練隊員だ。


 森に入ってしばらくすると、昨日の戦闘跡が現れた。大地はえぐれ、木々は無惨にへし折られている。


「……すごい」


 パールが呟く。普段は冷静なのに、目がほんの少し見開かれていた。


「昨日の衝撃波で倒れた木だ。切り口じゃなく、根こそぎな」


 アル団長が説明する声に、レグが「俺もやってみてぇ!」と無駄に元気な返事をした。


「やらんでいい」


 3人の団長が同時に返す。その息ぴったりっぷりに笑いそうになった。



 現場検証は地味だ。


 土を掘ったり、折れた木を調べたり、魔物の足跡を追ったり。


 でも、ふとした瞬間、ルナーア団長が低い声で言った。


「……おかしいな」


 全員が顔を上げる。


「足跡の向きが不自然だ。何かに追われた形跡はあるが、それが……魔物じゃない」


「じゃあ何だってんだ」ギウス団長が問う。


「わからん。だが、外から来たわけじゃない。……壁の“内側”から現れた可能性がある」


 その瞬間、背筋がぞくっとした。


 壁の内側に魔物? そんなの、ありえないはずだ。


 だけど、昨日の動きと、この足跡が一致するなら……。


「……ふむ。こりゃ報告だけじゃ終わらねぇな」


 ギウス団長が不敵に笑った。その笑い方は、何か面白いことを思いついたときのレグにそっくりだった。


「全員、引き続き調査だ。ただし、慎重にな」


 そうして僕らは、森のさらに奥へと足を踏み入れた。


***


 森の奥は、昨日の戦闘跡からは想像できないほど静かだった。


 鳥の声も、虫の羽音もない。ただ、葉と枝を踏む音と、誰かの呼吸だけが耳に残る。


 ギウス団長の赤黒い神力が周囲を淡く照らし、その後ろ姿は頼もしさと同時に、近づくのをためらわせる威圧感を放っていた。


「……気配が薄い」


 パールが小声で言った。彼女は探知型の神力を持っていて、周囲の動きを敏感に感じ取ることができる。


 普段なら、鳥や小動物の存在まで拾えるはずなのに、今は“何もない”という。


「これは……魔物を避けてる。まるで、ここに近づくなって合図してるみたい」


 しばらく進むと、地面に黒い跡が現れた。


 焼け焦げたような土。周囲の木も、一部が炭のように黒く変色している。


「……炎の痕跡?」僕は思わず呟いた。


「そうだな」

ギウス団長が低く答える。

「けど、こんな場所で炎を使える魔物なんて、そうそういねぇ」


 そして団長の視線が、一瞬だけ僕の方に向いた。……いや、正確には僕じゃなく、“竜族”を連想させる何かを見ていたのかもしれない。


「これ、昨日の魔物とは関係ない可能性もありますよね?」

 デーネが眼鏡を押し上げながら言う。


「いや、繋がってる可能性の方が高い。何者かがこの場所で魔物を追い出した。炎でな」


 ルナーア団長の声は静かだけど、背筋を冷やす力を持っていた。


 さらに奥へ進むと、崖の下に小さな洞窟が見えた。


 入り口の周囲は焦げ跡と足跡だらけ。けれど、その足跡は途中で途切れていた。


「……消えてる?」

 レグが首を傾げる。


「いや、これは……地面ごと消されてるな」

 アル団長が険しい顔で言う。


「誰がそんなことを?」

 僕の問いに、団長たちは答えなかった。


 沈黙が重く落ちる。


 そのとき、パールが小さく息を呑んだ。


「……来る」


 探知型の神力が何かを捉えたらしい。次の瞬間、洞窟の奥から低い唸り声が響き、空気が一気に熱を帯びた。



「構えろ!」ギウス団長の怒号が飛び、僕は慌てて刀を抜く。


 赤黒、赤黒、赤——3人の軍団長の神力が一斉に解放され、森の奥がまるで昼間のように明るくなる。


 その光の中、炎の瞳を持つ影がゆっくりと姿を現した——。

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