第69話:箱の中身と団長の顔色
朝。窓を開けた瞬間、冷えた空気が頬をなでた。
昨日の夜に見た夢は、なぜか塔の螺旋階段を延々と上り続ける内容だった。登っても登っても踊り場があって、箱があって、印が1つずつ減っていく——そんな嫌な夢。
起きたら本当に、箱のことがまだ頭から離れなかった。
「おーい、ウルス、飯行くぞ!」
廊下からレグの声。扉を開けると、もう制服の上着のボタンが半分しか留まっていない。
「……ボタン、外れてるよ」
「気にすんな」
「気にして」
僕が止める間に、レグは半分開いた胸元で食堂へ向かっていった。あの人混みに突っ込んだら、確実に何かこぼされるやつだ。
食堂はすでに団員と訓練生でいっぱいだ。煮込みスープの香りが充満していて、腹が自然に鳴る。
パールは入口の近くで待っていて、僕を見るなり眉をひそめた。
「遅い。スープの鍋、もう底が見えてる」
「え、そんなに?」
「レグが3杯目頼んだ」
「ああ……」
視線を向けると、レグは案の定、スープ皿を両手で抱えていて、口の端に肉片をつけたまま笑っていた。
デーネはその隣で、パンをちぎりながら僕らの方を見て、「おはよう。……箱、見に行く?」と小声で言った。
◇
食後、僕らは昨日と同じように塔へ向かった。
昨日よりも空が白く、風が少し強い。旗が大きくはためく音が耳に残る。
踊り場に着き、例の箱の前でしゃがむ。
刻んだ印は——2つに減っていた。
「……減ってる」
「また持っていかれてる」
デーネが囁く。
蓋を開けると、麻袋はさらに一つ減っていた。中の袋の口は固く縛られていて、中身はやっぱり硬い金属音。
「形が分からないと、何とも……」
デーネが手を伸ばしかけた瞬間——
「おや、君たち、何をしているのかな?」
背後から、軽い調子の声。
振り返ると、金髪を陽光に反射させたアル・バーナ団長が立っていた。
笑っているのに、目だけが全く笑っていない。
「掃除、です」
パールが即答する。
「そう。なら、続けて」
そう言いながら、アル団長は僕らの横を通り過ぎ、箱に視線を落とした。ほんの一瞬、その瞳がわずかに細くなるのを僕は見逃さなかった。
「重いだろう?」
「……はい」
「運ぶなら、呼びなさい。怪我をするから」
そう言って彼は、箱の蓋をそっと閉じた。留め金の音がやけに大きく響く。
去っていく背中を見送りながら、パールが低く言う。
「……絶対知ってる」
「うん。でも今は聞けない」
僕も同じくらい低い声で返した。
◇
午後の訓練は、ギウス団長直々の走り込みだった。
広場を10周。風は冷たいのに、頬は熱い。
「あと二周だ、死ぬ気で走れ!」
「死んだらどうするんですか!」
僕は思わず叫ぶ。
「死ぬ前に走れ!」
「理屈が——!」
後ろでデーネが苦笑していた。
パールは「これくらい平気」と涼しい顔。レグは……笑いながら全力で抜かしていった。
「抜くな!」
「勝負だろ!」
「勝負じゃない!」
走り終わって座り込んだ僕らの前に、ギウス団長が水袋を放った。
「飲め。明日は外で軽く調査がある」
「調査?」
パールが顔を上げる。
「ああ。外壁近くの見張り小屋だ」
僕とデーネが一瞬視線を交わす。塔のこと、箱のこと、そして黒外套のこと——全部繋がっているかもしれない。
「全員で行くんですか?」
「いや、4人だけだ」
ギウス団長の目が細く笑う。
「他は置いていく」
◇
夕食後。寮の廊下を歩いていると、アル団長とすれ違った。
僕にだけ聞こえる声で、「明日、君は何を見に行く?」と問う。
僕は立ち止まり、答えを探した。
「……必要なものを」
「そう」
短い返事だけを残して、アル団長は去っていった。
——明日は、何が待っている?
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