第60話:軍団長たち
再会の抱擁から、まだ胸の奥が温かい。
2年という時間は長かったはずなのに、目の前に立つパールとデーネは、昨日別れたかのように自然で……それでいて、やっぱり少し違って見えた。
パールは相変わらず白銀の髪が陽の光を反射して、やけに眩しい。
腰に二本の短刀を下げ、その柄に指を掛ける仕草は完全に“戦える人間”のそれだ。
デーネは以前より背が伸びていて、眼鏡の奥の視線に落ち着きがある。青い神力の淡い光が時折ふっと揺れて、まるで考えを映すみたいだ。
「……それで、ここがあんたらの職場ってわけ?」
パールが僕の後ろに広がる建物群を見上げる。
分厚い石造りの壁、交差する通路、その先で動き回る武装した団員たち。
外壁近くの冷たい風が、金属と革の匂いを運んでくる。
「職場っていうか……まあ、そうだな」
言いかけて、レグと目が合う。
あいつは相変わらず笑顔だが、拳を軽く鳴らしていて、たぶんテンションが上がっている。
「ここがゲーリュ団だ。お前ら、初めてだろ? 案内してやるよ!」
レグが豪快に笑い、僕の返事を待たずに歩き出す。2年前から変わらない、考えるより先に体が動く癖だ。
僕たちは彼の背を追い、中央の広場を抜ける。
道の両脇では若い団員たちが訓練していて、神力の光が幾筋も走る。金属が打ち合わされる音と、号令の声が響き渡っていた。
パールが小声でデーネに囁く。
「ねえ……思ってたより物騒じゃない?」
「まあ、戦うための組織だから……当然といえば当然ね」
その口調は冷静だけど、デーネの視線は周囲の武器や防具に釘付けだ。初めての場所で情報を拾いまくってる顔だ。
やがて、広場の奥にある石造りの大きな門をくぐると、3人の人物が待っていた。
1人目は、背中に大剣を背負った長身の男。
髪は乱れ気味で、肩口からは酒の匂いがほんのり漂う。それなのに、視線を向けられた瞬間、背筋が勝手に伸びた。
「おう、レグ。珍しい顔連れてきたな」
低く落ち着いた声。これが東軍団長、ギウス・ベールだ。
2人目は、長い緑髪を後ろでまとめ、眼鏡越しにこちらを観察するような男。
手には弓を持っていないが、背筋の通り方はまるで弦を張ったままのように緊張感がある。
「……君たちが噂の新人か」
北軍団長、ルナーア・ケル。噂によれば、頭の回転はゲーリュ団随一。
3人目は、金髪を風に揺らす整った顔立ちの男。
笑顔は優しいが、その奥に何か計算高い光を感じる。
「初めまして、レディたち。僕は西軍団長のアル・バーナだ」
その声色はやたらと柔らかいが、パールの眉がぴくりと動いた。こういうタイプはあまり得意じゃないらしい。
「この人たちが軍団長か……」
パールが小声で呟く。デーネは俺の隣で、無意識に眼鏡を押し上げていた。
「おいウルス、紹介してやれよ」
レグが僕の肩を叩く。
「……ああ。パール、デーネ。この人たちが僕とレグの上司……軍団長だ。ここでは3つの大隊をそれぞれ率いてる」
パールは短刀に触れたまま、少しだけ会釈した。
「なるほどね。……思ったより人間っぽいじゃん」
その言葉にギウスが声をあげて笑い、アル・バーナが「もちろんだとも」と優雅に返す。ルナーアは何も言わず、じっとパールを観察していた。
その空気に、僕は妙な感覚を覚えた。
――2年前にはなかった、立場の差。僕とレグは、この2年間でこの場所に根を下ろした。でもパールとデーネは、まだ外から来たばかりだ。
それは距離でも、温度でもなく……まるで別の空気を吸ってきた人間同士が、同じ場所で息を合わせようとしている瞬間みたいだった。
「ま、すぐ慣れるさ」
そう言ったのはギウスだった。大剣の柄に手を置きながら、にやりと笑う。
「明日から外壁調査だ。お前らも同行するんだろ? なら、歓迎するぜ」
外壁調査――その言葉に、パールの目が光った。デーネは少しだけ息を呑んで、視線を俺に向けてきた。
俺はうなずく。
「そうだ。2年ぶりの再会を祝うには、ちょうどいい仕事だろ?」
……本当に、そうなるといいんだけどな。
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