第59話:2年ぶりの再会
――あれから、もう2年か。
砂を含んだ風が頬をかすめ、僕は目を細めた。
壁の外の空は、王都の空よりもずっと広く、そして重い。
2年間、ゲーリュ団の一員として生き抜いてきた日々が、今この瞬間に押し寄せてくる。
「おーい! 遅ぇぞ、ウルス!」
振り返れば、レグが笑っていた。
あの頃の筋肉はさらに厚くなり、顔つきも鋭くなった。……ただし、性格は全く変わっていない。
彼の声は昔と同じ、無遠慮で、まっすぐだ。
「行くぞ。パールとデーネが待ってる」
その名前を聞いた瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
あの日、推薦を受けた僕らと、残された2人。あのときの表情を、まだはっきり覚えている。
港町の広場に足を踏み入れると、そこに――いた。
パールは腰まで届く白銀の髪を風になびかせ、昔よりもずっと凛とした立ち姿で僕を見ていた。
子供のころの無鉄砲さはそのままに、瞳の奥には強い光が宿っている。
「……でっかくなったじゃん、ウルス」
そう言って笑う顔は、昔と同じなのに、胸がざわつく。
デーネはというと、以前よりも落ち着いた雰囲気をまとっていた。眼鏡越しの視線は相変わらず鋭いけど、どこか柔らかくもなっている。
その手には数冊の古びた本。……ああ、やっぱり変わらない。
「2年も経てば、さすがに違う顔になるわね」
そう言って、彼女は小さく笑った。
だけど、僕の体を上から下までじろじろ見て、ふっと真剣な表情に戻る。
「……強くなったのね」
レグはそんな空気をぶち壊すように、いきなり大声を上げた。
「おいパール! お前まだ俺に勝てねぇのか? よーし、2年ぶりに腕試しだ!」
広場にいた人たちが一斉にこちらを見る。
僕は慌ててレグの背中を叩き、声を抑えるように言った。
「お前、再会一発目でそれかよ……」
けれど、パールは負けじとにやりと笑った。
「上等じゃん、レグ。2年前の借り、返すから」
そのやり取りを見ながら、僕はふと気づいた。
――この2年、僕たちは違う道を歩んできた。でも、こうして向かい合えば、何も変わってないように思える。
いや、変わったのはきっと、互いの背中に積み重ねた時間の重みだ。
再会の熱気の中、どこか遠くで鐘が鳴る。
まるで、新しい物語の始まりを告げるように。
***パール視点***
2年って、こんなに長かったっけ。
港の広場で風に吹かれながら、私は腕を組んで待っていた。
潮の匂いは変わらないのに、胸の中はあの日と全然違う。
今日は――あいつらが帰ってくる日だ。
「まだ来ないの?」
隣でデーネがぼそっと言う。
彼女は相変わらず冷静な顔をしてるけど、眼鏡の奥の視線が少しだけ落ち着かないのを、私は知ってる。
やがて、人混みの向こうに見えた。
あの赤毛。すぐにわかった。
だけど――あれ? あんなに背が高かったっけ。
伸びた髪を後ろで束ねて、黒いローブが風をはらんで揺れている。
腰には刀まで差して……いや、似合いすぎでしょ。
あのちびっこウルスが、今じゃ完全に“大人の男”って感じじゃない。
「……でっかくなったじゃん、ウルス」
自然と口から出た言葉は、それだけ。
でも、心の中ではもっといろいろあった。
会えて嬉しいのに、なんか遠くなった気もして――それがちょっと悔しい。
その後ろに、さらに目立つ怪物みたいなシルエット。
レグだ。……いや、レグなんだけど、岩の塊に槍がくっついて歩いてきてるみたいなんだけど。
「おーい、パール! 2年ぶりに腕試しだ!」
うるさいなぁ、もう。周りの人が振り向いてるじゃん。
「上等じゃん、レグ。2年前の借り、返すから」
私はにやっと笑って言い返した。
そしたら、なんだかあの日に戻った気がして、少しだけ胸が軽くなった。
デーネは相変わらず本を抱えていて、真面目そうな顔でウルスを見てる。
あの子はそういうとこ、全然変わらない。
でも、2年の間にきっと、私と同じようにいろんなことがあったんだろう。
風が白銀の髪を大きく揺らす。
海の光がまぶしい。
――また、ここからだ。
離れてた時間なんて、どうだっていい。私たちはきっと、何度だって並んで走れる。
***デーネ視点***
港のざわめきが、今日はやけにうるさい。
でも、きっと私の心臓の音のほうが、もっとやかましい。
あの時――2年前、私はゲーリュ団の推薦試験に落ちた。
悔しいなんて軽い言葉じゃ足りない。
それからの2年間、私はただ本を読んでいたわけじゃない。
知識を詰め込み、神代文字の解読も、回復神力の精度も上げた。
いつか再び会う日のために。
そして、今日。
人混みの向こうに、2つの大きな影が見えた。
――ウルスと、レグ。
あれは……本当にあの2人?
ウルスは背が伸び、赤毛は長く束ねられている。
肩幅も広く、腰の刀が妙に馴染んでいる。
歩くだけで、周囲の空気が張り詰めるようだ。
神力の色は……紫。2年で、ここまで行くなんて。
その横にいるレグは、まるで巨岩。
昔から大きかったけど、今はもう「人」というより「壁」に近い。
全身からあふれる神力が、潮風に溶けるように広がっている。
私は無意識に本を抱き締めていた。
指先が少し震えている。
……私たちは、同じスタート地点にいたはずなのに。
パールが軽く手を振って、笑顔でウルスに声をかける。
その笑い方は、2年前と全く変わっていない。
私は一歩遅れて、口を開いた。
「……久しぶり」
それだけで精一杯だった。
2年分のページを一気にめくるように、思い出が頭をよぎる。
悔しさも、憧れも、全部混ざって胸が苦しい。
でも――このままじゃ終われない。
きっと、私も追いつく。絶対に。
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