第58話:家の灯りは温かくない
夜、帰り道。
パールとは途中まで一緒だったけど、家の前で別れた。
歩くたび、靴底から重たい音が響く。合格できなかった悔しさよりも、今は家の扉を開けることの方が嫌だった。
木造の家の玄関を開けると、母の声がすぐに飛んできた。
「遅かったじゃない。結果は?」
玄関の土間で靴を脱ぐ間もなく、父も奥から顔を出す。
その目は、期待と少しの諦めが入り混じった色をしていた。
「……不合格だったわ」
短く答えた瞬間、母のため息が空気を冷やした。
「だから言ったでしょう。ゲーリュ団なんて無理だって。あなたは司書になればいいの。安定してるし、危ない目にも遭わない」
父は何も言わなかった。ただ、無言で視線を逸らす。
その沈黙が、母の言葉よりずっと刺さる。
「……私の人生よ。私が決めるわ」
靴を脱ぎ捨て、そのまま階段を上がる。背中に母の声が追いかけてくる。
「夢だけじゃ食べていけないのよ! 現実を見なさい!」
部屋の扉を閉めた瞬間、ようやく息ができた。
机の上には読みかけの古い本が置いてある。学校の図書室でこっそり借りた、歴史書の写本。
ページを開くと、いつもの活字の匂いがした。それだけが、今の自分を守ってくれる。
(絶対に、諦めない)
父にも母にも、わかってもらえなくても。
あの日図書室で読んだ「本当の歴史」を確かめるために、私はまた立ち上がる。
そう決めた夜だった。
⸻
同じころ、パールは自宅の庭で木の枝を振り回していた。
月明かりに照らされる白銀の髪が、無造作に揺れる。
「おかえり、パール。どうだった?」
軒下に腰かけていた祖父が、湯気の立つマグを手に聞いてきた。
「不合格だった!」
パールは枝を地面に叩きつけ、土を巻き上げる。
「ぜーんぶあの試験官が悪いのよ! 私の本気を見抜けないなんて、見る目がないにもほどがある!」
母は台所から顔を出して、苦笑まじりに言った。
「まあまあ。そんなに暴れたら、また庭がボコボコになるでしょ」
「だって悔しいんだもん!」
パールは唇を尖らせる。けれどその声には、悲しみよりも次への闘志が混じっていた。
祖父がマグを置き、ゆっくりと立ち上がる。
「……お前の父さんもな、初めての時は落ちたんだ」
その言葉に、パールの手が止まった。
父はもうこの世にいない。幼い頃に亡くなり、顔の記憶はほとんど残っていない。
けれど、祖父の口から時折こぼれる父の話は、彼女の中で確かな形を持っていた。
「でもな、2度目はぶっちぎりで受かった。そして——お前に負けないくらい負けず嫌いだった」
祖父の笑みが、少しだけ優しくなる。
パールは目を細め、ぐっと枝を握り直した。
「……じゃあ、私もそうする。次は絶対、ぶっちぎりで合格してやる!」
父がいなくても、この家はいつも温かく迎えてくれる場所だった。
デーネの家とは違う、その温もりが、2人の違いをよりくっきりと浮かび上がらせていた。
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