第52話:青と紫の衝突
砂地に立つ僕の足裏から、じわじわと熱が伝わってくる。
観客席のざわめきは、もう耳の奥で遠く響く波の音みたいにしか感じない。
目の前には、紫の神力を纏ったレグ・ルースリア。
彼は相変わらずニヤついて、肩を回しながら僕を見ていた。
「ウルス……楽しませろよ」
軽く言い捨てるその声が、やけに低く響く。
その瞬間、背筋を何かが撫でた。冷たいのに、熱い――。
試験官の手が振り下ろされる。
「――始め!」
レグが、消えた。
いや、正確には、僕の視界から一瞬で消えた。
土煙が、僕の右横で弾ける。反射的に神力を全身に纏い、膝を曲げて跳び退いた。
直後、さっきまで僕がいた場所に、レグの拳が叩き込まれて砂が爆ぜる。
「いい反応だな!」
彼の笑い声と同時に、また消える。
正面、右、左――いや、上か!?
わずかに見上げた時、紫色の残像が空中から降ってきた。
僕は両腕で頭を庇い、神力を集中させて受け止める。
衝撃で足が砂にめり込み、肺から空気が抜けた。
けど、まだ立ってる。
「おおー!」
観客席から歓声が上がる。耳に入るだけで足が震えそうになる。
僕は距離を取って息を整える。
レグの動きは、正直、見切れない。
でも――少なくとも“当たらなければ”負けはない。
そう考えた瞬間、背後から圧が走る。
慌てて前に跳ぶと、背中のすぐ後ろで紫の閃光が弾けた。
……完全に背中を取られてた。
「悪くねぇ! でも、それじゃ俺は止められねぇぞ!」
レグが楽しそうに叫ぶ。
彼の神力は、紫色の炎みたいに揺らめき、さらに濃くなっていく。
紫は、青の上位だ。
つまり、僕は格上と戦ってるってことだ。
……逃げ続けるだけじゃ、勝てない。
息を吸って、膝を低く構える。
次の瞬間、僕は自分から前へ踏み込んだ。
「おっ?」
レグの目が一瞬だけ丸くなる。
拳と拳がぶつかる。
衝撃で砂が舞い、観客の歓声が爆発する。
腕が痺れる。でも――まだやれる。
僕は、負けたくない。
あの日、壁の向こうの空を見上げた時に感じた、この胸の奥の熱。
それを、今日ここで消すわけにはいかない。
「来いよ、レグ!」
「上等だ!」
青と紫が、砂地の中央で絡み合い、弾けた。
***
砂の舞う音と、互いの息遣いだけが、試験場を満たしていた。
何度もぶつかり、何度も弾き返す――もう互いの体力は限界に近い。
僕は全身の筋肉を神力で締め上げ、紫のオーラを纏うレグに食らいつく。
青と紫の光が何度も交差し、そのたびに耳をつんざく衝撃音が響く。
観客席から歓声とどよめきが混じり合って押し寄せる。
――負けない。
頭の中で、それだけを繰り返した。
僕の拳がレグの頬をかすめ、砂が散る。
「……っ!」と彼の息が漏れた瞬間、勝機だと思った。
すかさず踏み込み、渾身の左フックを放つ――が、彼は笑っていた。
「悪くねぇ。でも、ここからは俺の番だ」
その声が低く、地面から響くように聞こえた。
次の瞬間、レグの神力が――変わった。
紫色のオーラが濃く、重く、鋭くなり、まるで雷鳴が間近に落ちたように空気が震える。
全身の毛穴が総立ちになる。
赤に近い――!?
上級者に届きかけている色。それが今、この場で一瞬だけ目の前に現れていた。
その瞬間、僕は悟った。
――ああ、こいつ、本気を出すのはこれが初めてなんだ。
レグは静かに深呼吸し、目を細めた。
脳裏に、彼がいつも食堂で言っていた言葉がよぎる。
『俺の奥義、見せたら最後。友達にも秘密だ』
……あれ、冗談じゃなかったんだ。
「――《紫電裂破》」
彼が踏み込む。
地面の砂が爆ぜ、視界から姿が消えた。
次に見えたのは、僕の正面に迫る拳――いや、拳というより、雷そのものだった。
受け止める余裕なんてなかった。
衝撃が胸を打ち抜き、肺から空気が全部押し出される。
足が地を離れ、視界がぐるりと回転し、地面に叩きつけられた。
……動けない。
重い。体が、まるで地面に縫い付けられたみたいだ。
レグが僕のすぐ脇で静かに構えを解いた。
その顔は笑っていたけれど、瞳は真剣で――そして、ほんの少しだけ嬉しそうだった。
「お前、マジで強ぇな。でも今日は俺が勝つ」
試験官の声が響く。
「勝者――レグ・ルースリア!」
会場が揺れるような歓声に包まれる。
僕は天井を見上げながら、悔しさと同時に、不思議な充実感を覚えていた。
……あの一撃、忘れられない。




