第50話:準決勝
名前を呼ばれた瞬間、胸がドクンと跳ねた。
「ウルス・アークト 対 マルコ・フェイデル!」
観客席がざわつく。
マルコは学年でもトップクラスの体術使い。
僕より背も高く、体格もいい。
……できれば、こういう相手は決勝まで温存してほしかった。
***
試験官の合図と同時に、マルコが地を蹴る。
速い――!
神力を纏った足さばきで、一気に間合いを詰めてきた。
僕は反射的に神力を全身に纏い、防御に徹する。
ガンッ! と腕に重みが響いた。
拳を受け止めたはいいけど、腕の骨がきしむ。
「お前、思ったよりやるな」
「そっちこそ……!」
必死で言葉を返しながら、反撃のタイミングを探す。
***
――今だ!
相手の重心がわずかに前に傾いた瞬間、僕は体をひねって蹴りを放った。
ゴンッ! という鈍い音。
マルコの体が横に流れ、バランスを崩す。
すかさず前進して、肩口に全力の体当たり。
観客の歓声と砂煙の中、マルコがよろめきながらも体勢を立て直す。
「……やっぱ、簡単にはいかねぇな」
苦笑いしつつ、また距離を詰めてくる。
***
その後も数合交わすたび、僕の呼吸はどんどん荒くなっていった。
向こうは息一つ乱れていない。
体力差がはっきりしてる。
(このままだと押し切られる……!)
僕は腹をくくって、神力の出力を一気に上げた。
青いオーラが鮮やかに揺らめき、体が軽くなる。
視界の端で、観客席のレグとパールが身を乗り出しているのが見えた。
――ああもう、あの2人の顔を見たら負けられないじゃないか。
***
「はああっ!」
全力で踏み込み、渾身の拳を相手の胸に叩き込む。
ズドン! という衝撃と同時に、マルコの体が後方へ弾き飛ばされた。
試験官が叫ぶ。
「そこまで! 勝者――ウルス・アークト!」
会場が揺れるような歓声に包まれた。
僕は膝に手をつき、肩で息をしながら、安堵の笑みを浮かべた。
***
控え席に戻ると、レグがニヤニヤ笑いながら肩を叩いてきた。
「お、泥臭く勝ったな!」
「……うるさい」
「でも、最後の一撃はカッコよかったわ」パールが笑う。
「ほんと? じゃあ、もうそれだけでいいや……」
準決勝を勝ち抜いた喜びと、全身に残る疲労感。
次は――決勝戦だ。
***
僕の試合が終わったあとも、会場の熱気は冷めない。
次はいよいよ、もう1つの準決勝――レグ・ルースリアの登場だ。
「おーい! ウルス! 見てろよー!」
控え席からレグが手を振ってくる。
筋肉の塊みたいな腕がやたら目立つ。
あれ、本人は気合いを入れてるつもりなんだろうけど……正直、怖い。
***
試験官の合図と同時に、レグは迷わず全力で突っ込んだ。
「おらああああああっ!!」
青紫のオーラがほとばしり、砂地を蹴った瞬間に地面がめり込む。
対するは2年生の神力使い、バルド。
分厚い防御を誇る盾の使い手で、レグとは真逆の守り型だ。
「ふっ……突っ込んでくるやつは、全部こうだ」
バルドが神力を盾に纏わせ、受け止めの姿勢を取る。
***
ガァンッ!!!
耳をつんざく衝撃音。
観客席から「おおっ!」とどよめきが起こる。
レグの拳が盾にめり込み、そのまま盾ごとバルドを押し返す。
「お前、いい盾だな! ぶっ壊し甲斐がある!」
「誰が壊されるか!」
バルドがカウンターを狙って横薙ぎに盾を振る。
だがレグはその動きを真正面から受け止め、逆に腕ごと持ち上げた。
***
僕は思わず隣のパールに小声でつぶやく。
「……なんか、戦ってるっていうか……力比べしてない?」
「うん、あれもう種目間違えてるよね」
二人して苦笑い。
レグは盾を押しのけ、至近距離からの膝蹴りを叩き込む。
ズドン! という音と共に、バルドが大きく後退。
「まだ立てるか?」
「……ああ、当たり前だ!」
バルドは苦悶の表情を浮かべながらも構え直す。
でも、もう足がふらついている。
***
「じゃ、そろそろ終わらせっか!」
レグが地面を蹴った瞬間、紫の神力がさらに濃くなる。
次の瞬間、バルドの盾が宙を舞い、観客席の手前まで吹っ飛んだ。
そして――。
バルドは体勢を崩したまま膝をつき、試験官が手を上げる。
「そこまで! 勝者――レグ・ルースリア!」
会場が爆発したような歓声に包まれる。
***
控え席に戻ってきたレグは、全身汗だくの笑顔で僕に親指を立てた。
「な、見たかウルス! 筋肉は裏切らねぇ!」
「……あれ試験っていうより、壊し合いだったよね」
「違ぇよ! “試験”じゃなくて“試練”だ!」
そんなわけわからない言い訳をしながら、レグはどこか誇らしげだった。
次はいよいよ、僕とレグ――決勝戦だ。
……ああ、やっぱり怖い。