番外編:完璧主義者の小さな崩壊
朝から図書館は慌ただしかった。
今日は年に一度の「寄贈記録整理日」。町の人々から寄せられた古文書や本を、一気に分類して登録する日だ。
デーネは気合十分だった。
前日に道具も書類も揃え、作業手順までメモにまとめてある。
完璧な段取り。抜かりはない……はずだった。
午前の作業は順調に進んでいた。
埃を払い、傷んだページを補修し、背表紙に新しいラベルを貼る。
母が確認した寄贈票を、デーネが台帳に記入していく。
父は奥で貴重書の保管作業に取りかかっていた。
そして、昼過ぎ。
事件は起きた。
「デーネ、この本……分類がおかしいわよ?」
母の声は淡々としていたが、その眉はわずかに寄っていた。
デーネが受け取った本は、古代の戦史に関する分厚い記録。
しかし背表紙のラベルには、堂々とこう書かれていた。
『菓子作り入門』
沈黙。
図書館の空気が止まる。
父が遠くから「ん?」と顔を上げ、母はため息をつく。
デーネは耳まで赤くなった。
「……え、えっと……」
必死に理由を探すが、どうやらラベルを貼る机に混ざっていた別の本のラベルを、そのまま貼ってしまったらしい。
寄贈者の名前は戦史の研究家。間違いなく、甘いお菓子の本を寄付するような人ではない。
しかし、この日最大の問題はまだ残っていた。
「デーネ、この記録簿……」
父が手にしていたのは、午前中にデーネが自信満々で仕上げた台帳だ。
そこには『菓子作り入門』の寄贈者として戦史研究家の名が、そして『戦史記録第十二巻』の寄贈者として、町の菓子職人の名前が並んでいた。
「……」
「……」
「……」
家族全員、しばし無言。
次の瞬間、母が吹き出し、父も珍しく声を上げて笑い始めた。
デーネは両手で顔を覆いながら、机に突っ伏すしかなかった。
午後の作業は、訂正と修正にほぼすべての時間が費やされた。
そして作業が終わる頃、父がぽつりと呟く。
「まあ、戦史も菓子も、作るには手順が大事だからな」
母も笑いながら頷く。
デーネは黙って台帳を閉じ、今日のことは絶対に記録しないと心に決めた。




