第43話:エルナート視点。ど緊張の声かけ
黒いコートの裾を整えながら、俺は食堂の入口に立っていた。
パンを片手に持つ手が、わずかに震えているのを感じる。
(お、おかしいな……自然に声をかけるだけの任務だったよな? なんで俺、パンひとつだけしか持ってないんだ。もっとこう、普通にスープとかも持ってたら自然だったんじゃないか? いやいや、逆にこのシンプルさが“本物の団員”っぽいのかもしれん……)
そう自分に言い聞かせ、深呼吸。
ちょうどそのとき、赤毛の少年——ウルス・アークトがトレーを片付けて出口に向かっていた。
(今だ……! 落ち着け俺! 団長は“自然に”って言ってただろ! よし、まずは名前を聞くだけだ!)
「……おい、赤毛」
しまった。
なぜ“赤毛”なんて言った。名前を聞く前から蔑称をぶつけるとか、どう考えても怪しい。
だがもう止まれない。少年が振り返り、目が合った。
金色の自分の瞳が、やけに強く相手を射抜いている気がした。
違う、俺が勝手に緊張してるだけだ。
「お前、名前は?」
「え、あ、ぼ、僕……ウルス・アークトです」
声が裏返っていた。
内心で「よし、第一段階クリアだ!」と安堵する。だが次の言葉を考えていなかった。
頭の中が真っ白になる。
(何か言え……! それっぽいことを! ゲーリュ団の威厳を保て!)
「……お前、壁の外に興味あるだろう」
——言っちまった。
なんでだ俺!?
「好きな食べ物は?」くらいでよかったろ! よりによって壁の外!? 団長が一番触れるなって言ってた禁句じゃないか!
だがもう後戻りはできない。
少年の仲間たちがすぐに反応した。
「おお、やっぱりな! こいつそうなんだよ!」(筋肉バカ)
「うちも興味あるわ!」(銀髪の女)
「私は……まぁ、情報があれば」(眼鏡)
……なんで全員乗っかってくるんだ!?
俺の方が混乱してるぞ!?
必死に威厳を保とうと、パンをもう一口かじる。
なぜか噛むたびに「団員っぽさ」が増す気がした。
「……外の空気は、甘くないぞ」
(何言ってんだ俺ええええ!!)
窓の外に視線を投げる。青空がやけに鮮やかに広がっていた。
適当な言葉を並べながら、どうにか体裁を整える。
そして最後の切り札。
紙切れを手に取り、適当に線を引いて、それっぽい記号を書き殴る。
「夕暮れ、校舎の裏門に来い。遅れたら、そこで終わりだ」
そう吐き捨てると、踵を返す。
コートの裾がひるがえる。
食堂を後にしながら、心臓が爆発しそうなほど鳴っていた。
(やばい、やばいやばい、やばい……! でも……決まったよな!? 今の俺、めっちゃ団員っぽくなかったか!?)
パンを飲み込むと、喉に詰まりそうになった。
***
錆びついた裏門の前で、俺は待っていた。
夕暮れの光が鉄格子を赤く染め、影を長く伸ばしている。
コートの裾を風に揺らし、いかにも“謎の団員”らしく立つ。
(……心臓うるさっ! 落ち着け俺! 今日はただ雰囲気を出せばいい。余計なこと言うな。ドジるな。カッコよく、だ!)
やがて、現れた。赤毛の少年と、その仲間たち。
まさか全員そろって来るとは思わなかった。俺の頭の中のシナリオは完全に崩れ去る。
だが顔は動かさない。
低い声で——
「……来たか」
うん、決まった。自分でも鳥肌モンだ。
だが返ってきたのは、銀髪の少女の軽口。
「まあ、暇だったし」
……暇だったから!? もっと緊張感持ってくれよ!?
俺のポーズが完全に無駄になったじゃないか。
「で、外の話ってやつは?」
筋肉脳のガキ(レグとかいうやつ)が前のめりに迫ってくる。
(やばい、どうすりゃいい!? まだ団長から細かい指示は受けてないんだぞ!?)
だが引けない。仕方なく視線を巡らせ、静かに問いかける。
「……お前ら、壁の外はどんな場所だと思ってる?」
口から勝手に出た言葉。
すると子供たちは勝手に答え始める。
「モンスターうじゃうじゃ!」(レグ)
「危険だけど美しい自然」(眼鏡娘)
「食べ物がいっぱい」(銀髪)
そして赤毛の少年が口ごもる。
「……僕は、よく知らない」
……今だ! 適当にまとめろ!
「……正解だ」
おお、言った瞬間、自分でも震えた。なんか“答え合わせ”感が出てる!
「知らない。それが正しい」
ここからは即興。俺の頭は真っ白だ。
だがなぜか口は勝手に動く。
「壁の中で教わる歴史や地理は、半分以上が塗り替えられてる」
しまった!!言いすぎた!? 俺まだそんな機密聞いてないのに!?
だが子供たちは真剣な顔で息をのんでいる。……セーフ!?
眼鏡娘が眉をひそめて問いかける。
「証拠は?」
(し、証拠!? 無い! 絶対無い!)
必死に考え、柵の外を指さす。
ちょうど夕日の中で森の影が揺れている。木の枝だ。どう見ても木の枝だ。
「……影の番犬だ」
言った瞬間、自分の耳を疑った。
なにそれ!? 初耳だぞ俺!? どこの怪談だ!?
だが子供たちの目は一斉に見開かれる。
……信じた!? 本当に!?
「だが、本当に守ってるのは——」
続きが思いつかず、にやりと笑ってごまかす。
「……まあ、今日は顔見せだ。続きは、外で会おう」
言い切った。
完璧に言い切った。
背を向け、コートを翻し、その場を去る。
(……やばい。俺、何言ってんだ!? でも……でも決まってた! 絶対決まってた! 赤毛、震えてたし! これ……成功だよな!?)
心臓はバクバクだったが、コートの裾だけは夕日に照らされて格好よく揺れていた。
読んでいただきありがとうございました。
面白かった、続きが気になると思ったら評価、ブックマークよろしくお願いします。
筆者がものすごく喜ぶと同時に、作品を作るモチベーションにも繋がります。
次回もよろしくお願いします!




