第40話:鋭い観察眼
俺は今日も赤毛の少年を見張っている。
ウルス・アークト。騎士団長の息子にして、将来有望な神力使い。
……と、団長から聞かされた。
正直なところ、俺にはただの内気そうな少年にしか見えない。
だが「凡人ほど油断ならん」と団長は言っていた。ならば俺の目で確かめるしかない!
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まずは朝の走り込み。
彼は誰よりも早く校庭に出てきて、黙々と周回していた。
(ふむ……孤独を好むタイプか? 仲間を信用していない……いや、あえて距離を置いて精神を研ぎ澄ませているのか?)
俺は腕を組みながら勝手に納得する。
だが次の瞬間。
ウルスは走りながら「ぜぇ、ぜぇ……」と顔をしかめ、つまづいて転んだ。
「いっ……てぇ……」
(おお……! 転んでもすぐに立ち上がるとは! まさに不屈の精神! この根性こそ父親譲りに違いない!)
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次は昼休み。
仲間と食堂にいるはずが、今日はひとりで本を読んでいた。
(……なるほど。本で知識を蓄えるタイプか。力だけでなく頭脳でも戦う気か。将来、参謀クラスになり得るな)
俺は木陰からうんうん頷いた。
その時、ウルスが本を閉じて大きなため息をついた。
「……うぅ、やっぱり難しい字はわかんねぇ……」
(な、なんと! 読めないフリをして油断を誘っているのか!? 恐ろしい小僧だ……!)
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夕方。
校庭の端でひとり、木刀を振るウルス。
(おぉ、やるな……基礎を大事にしている。反復練習こそ最強の道。これは俺も見習わねばならん)
カッコよく木刀を振る姿に、俺は思わず見惚れていた。
だが……。
「……うおぉぉぉぉぉ!!」
気合いを入れた瞬間、木刀が手からすっぽ抜け、豪快に飛んでいった。
「うわっ!? あぶねっ!」
たまたま通りかかった生徒が悲鳴を上げてしゃがみ込む。
「ご、ごめんー!!」と必死に謝るウルス。
(……すまん少年。俺は誤解していた。君はただの危険人物かもしれん……いや待て、これは“戦場で武器を失っても戦える精神力を鍛えている”のでは!?)
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夜。
寮の前で星を見上げるウルス。
「……父さん……」
ぽつりと、そう呟いた。
(! き、来たぞ! 心の奥に隠した闇を吐露する瞬間だ! きっと父親から秘密の使命を受けているに違いない!)
俺は胸を高鳴らせて耳をそばだてた。
「父さん……俺、また宿題出すの忘れてた……ごめん……」
(…………)
沈黙。
俺は額に手を当てた。
(……ち、違う! これは父親への報告を“宿題”と暗号化しているんだ! そうに違いない!)
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こうして俺の観察は今日も続く。
気づけば彼の一挙一動が頭から離れなくなっていた。
(やはりただ者ではない……ウルス・アークト。俺はお前を見ているぞ……!)
夕飯を食べ損ねて腹を鳴らしながら、俺は星空を仰いだ。
---ウルス視点---
最近、どうにも落ち着かない。
歩いてても、授業を受けてても、誰かに見られてる気がするんだ。
視線が刺さるっていうか、背中がむずむずするっていうか。
(まさか……僕、目をつけられてる?)
いやがらせか?
いやいや、違う。もっとこう……命の危機的な……。
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今朝もいつものように走ってたら、背中に熱い気配を感じた。
(くっ……! やっぱり誰かつけてる……!)
僕は咄嗟にダッシュ。
後ろを振り向いたけど、誰もいない。
「……はぁ、はぁ……気のせい……?」
そう言いながら転んだ。
膝をすりむいて、「いってぇ……」と声を上げた瞬間、確かに木陰がざわっと揺れた気がした。
(ほら見ろ!! やっぱりいたんだ!!)
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食堂で友達といるときもそうだ。
「ウルス、スープこぼれてるよ」
「え、あ……」
慌てて服に垂らしてしまう。
だって、さっきから視線が……!
遠くの窓際に黒い影。
振り返った瞬間には、もういなくなってる。
(やっぱり、監視されてる……! 何のために……? 僕にそんな価値ある?)
パールやレグに相談しようかと思ったけど、変に心配かけるのもイヤで、黙ってしまった。
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夕方。
木刀を振っていたら、視界の端で誰かがぴくっと動いた気がする。
「だ、誰だ!?」
大声を出したけど、返事はない。
代わりに風が吹いて木々が揺れただけ。
「……」
木刀を振る手が震える。
緊張のせいか、木刀をすっぽ抜かしてしまった。
あわや誰かに当たりそうになって――いや、あれ、当たりそうなところに誰かいなかったか?
(やっぱりいるんだよ……僕を見てるやつが……!)
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夜、寮の外で星を見上げた。
父さんのことを思い出して、つい呟いてしまう。
「父さん……」
本当に、何かあった時に頼れるのは父さんくらいなんだ。
でもその時。
また背中にぞわっとした感覚が走る。
「……だ、誰……?」
振り返るけど、そこにはやっぱり誰もいない。
(もう嫌だ……!! でも確かに感じるんだ……誰かに監視されてる……!)
心臓がばくばくする。
夜風の冷たさも感じないくらい、背中にじわっと汗がにじんでいた。
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僕は確信した。
(これはただのクラスメイトの視線とかじゃない。もっと……もっと大きな何かだ。僕はきっと、知らないうちに“巻き込まれてる”んだ……!)
根拠はない。
でも、そうとしか思えなかった。
——そして、僕の知らないところで、木陰の男が「ふむ……なるほど」なんて頷いていたことなど、知る由もなかった。
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