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第39話:朝練

 俺の名は……まあ今は伏せておこう。

 ゲーリュ団の“中堅”として働いている。いや、“中堅”なんて言葉は格好よく聞こえるけど、実態は上からの雑用と下からの面倒見を一手に背負わされる便利屋だ。


 だが今日は違う。

 任務は「赤毛の少年を監視せよ」。

 そう、ウルス・アークト。あの騎士団長の息子だ。


 団長直々の命令とあれば、背筋を伸ばさずにはいられない。

 ……もっともその直前に「ついでに団長の昼食も買ってこい」と言われたのはどうかと思うが。いや、俺は戦士だぞ? パン屋に並ぶのが戦士の任務か?


ーーーーーー


 校舎の裏手。汗を飛ばしながら走り込む少年の姿を俺は木陰から見つめていた。

 赤毛が朝日に光ってやけに目立つ。隣には、脳筋の代名詞みたいな巨体。レグ・ルースリア。


「……おい、腹筋はまだ三十回残ってるぞ!」

「ひっ……ひぃぃぃ! レグ、待って……!」


 どうやら基礎鍛錬らしい。

 しかし俺の目には、これはただの訓練じゃないように映った。


(見ろよ、あの必死さ……。あれは神獣に立ち向かう覚悟を刻み込む儀式に違いない)


 もちろん、ただの朝練だ。だが俺は真剣に頷きながら記録帳に書き込んだ。

 ——「対象、己の肉体を削りながらも決して諦めず」


 さらに観察していると、赤毛の少年が突然倒れ込んだ。


「うぉおお……もう、無理……」


 俺の心臓が跳ねた。

(まさか神力暴走の前触れか!?)


 すぐに腰の剣に手をかけた。が、レグが平然と水をぶっかけると、少年は「ひゃぁぁぁ!」と飛び起きた。


「まだ終わってねぇ! 立て!」

「……はいぃ!」


 俺は固唾をのんで見守った。

(……すごい。仲間に水を浴びせられても、即座に立ち上がる反応速度。これが“血”か……)


 本当はただのスパルタ水責めだが、俺の脳内ではすっかり戦闘訓練の一環に昇華されていた。


ーーーーーー


 気づけば俺の拳は震えていた。

 羨望か、それとも恐怖か。

 あの少年は俺たちゲーリュ団でも掴みきれない「なにか」を持っている。


(報告するべきか……いや、早すぎるか……)


 俺は小声でつぶやいた。


「お前はいったい……何者なんだ、ウルス・アークト」


 それでも足は木陰から出せない。

 任務は監視。接触は禁じられている。

 俺はただ、この“未来の戦士”を見届けるだけ。


 そのとき背後から声が飛んだ。


「おーい!エルナート!団長がおでんが食いたいってよ!急げ!」


 俺は木に頭をぶつけそうになった。


「な……なんで俺ばっかり!」


 影で未来を見届ける役目も、現実ではただの使い走り。

 それでも胸の奥で熱は消えない。


(俺は見たぞ。赤毛の少年は必ず大きな存在になる……!)


 そう誓いながら、俺はしぶしぶ団長のおでんを買いに走ったのだった。


---ウルス視点---


 朝の校庭。まだ陽が昇りきる前の空気は、少し冷たくて、でもすぐに汗でべたべたになる。

 僕は地面に仰向けになって、必死で腹筋をしていた。


「三十! 三十一! ほら、止まるな!」

「ひぃっ……! も、もう無理……!」


 隣でカウントしているのはレグだ。

 最初は「自主練の相手してやる」って優しい言葉に聞こえたんだ。けど実際はただの拷問だった。


 腕も足もぷるぷる震えてる。汗が目に入って痛い。

 でも止まったら——


「根性見せろ、ウルス! まだいける!」


 雷みたいな声が飛んでくる。

 僕は仕方なく腹筋を続けた。


 何回目か数えるのはもうやめた。

 とにかく早く終わってほしい。頭の中はそれだけ。


 ……そしてついに、がくん、と体が持ち上がらなくなった。


「……あ、無理……」


 地面に倒れ込む。

 砂の匂いと汗の味。視界が回る。


 あ、これ……死ぬかも……。


 そこまで追い込まれていたのに——


 突然、冷水が頭からぶっかけられた。


「ひゃぁぁぁぁっ!」


 心臓が止まるかと思った。

 飛び起きた僕を見て、レグが満足そうにうなずく。


「ほら、立てばまだいけるじゃねぇか」

「な、なんで水!? 殺す気!?」

「鍛錬だ」


 ……いや、拷問だろ。

 僕はぶるぶる震えながら立ち上がった。


 ほんとは、レグの言うことは正しいのかもしれない。

 強くならなきゃいけないのは分かってる。

 父さんも旅に出たまま帰ってこないし、僕はただ母さんに守られて育っただけの子供だった。


 でも今は違う。

 神力に目覚めて、学校に来て、パールやデーネ、そしてレグと出会った。


 追い抜けるとは思わない。

 でも、せめて並んで歩けるくらいにはなりたい。


 そう思って、毎朝こうして無理やり鍛錬に付き合ってる。

 ……ほんと、なんで僕こんなことやってんだろ。


 ふと、背中に視線を感じた。

 誰かが見ているような、妙な気配。


 振り返ってみるけど、誰もいない。

 ただ木が揺れているだけ。


「おい、サボってんじゃねぇ! 次は腕立てだ!」

「……はいぃぃぃ!」


 レグの声に引き戻されて、また地面に手をつく。


 でも——確かに、見られていた気がするんだ。

 あれは……気のせい、だよな?

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