第2話:空から降ってきた女の子
入学して2日目。ラプラス神力学校の朝は、驚くほど静かだった。
もっと、こう……魔力の爆発音とか、訓練中の叫び声とか、
「そこだァ!喰らえぇぇぇ!!」みたいな台詞が飛び交ってるかと思ってたのに、
聞こえてくるのは鳥のさえずりと、どこかの部屋から聞こえる魚を焼く匂いだけ。
「……あの張り紙、“魚投げ禁止”ってのは本当だったんだな……」
ウッドデッキの廊下を歩きながら、ふと見上げる。
空は今日も灰がかっていて、ガメアの空はどうやら常にこの調子らしい。
僕は初日からいろんな意味で注目されてしまった「青の神力持ち」であり、
同時に“神力に目覚めたのがくしゃみだったやつ”という妙な称号も背負っていた。
(あの神官さん……言いふらしたな……絶対)
目立ちたくないのに、目立つ。
目立たないように息を潜めても、なぜか一番前に出てしまう。
……いつものことだ。
そんなことを考えていたら、空から何かが落ちてきた。
「ん?」
視界の上端、空からスカートが……いや、人が……あっ、パンツ見えた!
「って、危な──」
ドスッ!!
「いったああああああああああああああい!!」
「ちょっと、あんた受け止める気なかったでしょ!?」
僕は尻もちをついたまま、胸に突き刺さった肘を見つめる。
上から降ってきたのは、昨日出会ったあの白銀の長髪――パール・アジメークだった。
「なんで空から来るのさ!?普通に階段とか使おうよ!?」
「え?屋根に洗濯物干してたら、飛びたくなって!」
「それ、どういう感情!?しかも落ちてるし!?」
「落ちてない、降りてきただけ」
「顔面から着地してたよね!?!?」
僕はなんとか立ち上がって、制服のホコリを払った。
木の床がひび割れてる。絶対弁償だこれ。
パールは悪びれもせず、腰に手を当てて言う。
「にしても、朝から会うなんて運命感じるね!」
「僕は落下の恐怖を感じたよ」
「まあまあ、気にすんなって。ウルスってさ、意外と神力纏うのうまいし」
「いや、まだ全然感覚つかめてないし……」
「昨日、天井ぶち抜いてたじゃん?」
そう、僕は昨日入学初日にも関わらず、神力で学校の天井をぶち抜いてしまったのだ。
「だからそれは偶然であって……って、それもバラしてるのパールじゃないよね?」
「うーん?内緒♡」
「もうやめて……僕の信用が天井ごと消えていく……」
その後、午前の授業が始まった。
神力の基礎理論を学ぶ講義中、先生が何度か僕をチラ見してくる。
たぶん“昨日の天井事件”が尾を引いてる。ほんとやめてほしい。
「神力には、3つの主要な用途があります」
先生が板にチョークで図を描く。
「1つ、身体能力の強化。“纏い型”の基本です。
2つ、対象への干渉。“操作型”。
3つ、周囲への感知。“探知型”。」
(ふむふむ……僕は、たしか“纏い型”って言われたんだよな)
「これらは、人によって得意・不得意があります。例として──」
先生がこっちを指差した。
「例えば、ウルス・アークト君は“纏い型”の典型ですね。昨日の屋根の件が証拠です」
「やめてえええええええええ!!」
教室が一瞬ざわめいた。
隣の席から、パールがニヤニヤしながら囁く。
「ウルス、やっぱ神の子じゃん。くしゃみで壁破壊して、屋根ぶち抜いて……次は何?床?」
「それ、次の授業で起きそうだからやめて!!」
結局この日も、僕は注目され続けた。
神力はまだ全然コントロールできないし、みんなにすごい人扱いされて困惑するし、
そもそも「僕がここにいていいのか」って気持ちすらまだ整理できていない。
でも、隣で笑うパールは、まるでそんな僕を引っ張っていくみたいだった。
風のように自由で、突拍子もなくて、ちょっとだけ危なっかしい。
けど、目が離せない。
「ねぇウルス、今日の昼は屋根の上で食べない?結構景色いいよ」
「高所恐怖症にはキツいんだけど!?」
「じゃあ、神力で克服してこ?」
「そんな用途じゃないでしょ神力って!!」
僕の“普通だった日々”は、もうとっくに終わっていたらしい。
笑うパールと、ざわめく教室と、まだうまく扱えない力と──
全部まとめて、僕の新しい日常は始まったばかりだ。