第36話:俺たち中堅、選ばれしパシリ
俺たちゲーリュ団は、今日も未来の戦士を見定めるため、学園の合同演習を監視している。
土煙を上げながら走る赤毛の少年の姿が目に入った。
「……あれが例の子か。ウルス・アークト」
「騎士団長の息子だろう? なるほど、血の力は馬鹿にできん」
隣の団員が鼻を鳴らす。
父親は行方不明のまま帰らぬ身だが、あの家系はクロカ王国でも名が知られている。しかも入学早々に青の神力を発現した、という話も聞いた。
「未熟でも“最初に目を付けていた”って報告すれば、俺たちの手柄になるな」
「そうだ。将来有望株を見抜いていたって言えれば、幹部も悪い顔はしねぇ」
ふん、と俺は腕を組んでみせる。
内心は「今日も雑用ばっか押しつけられて、選ばれた者って何だよ」と思うが、口には出さない。
高台から見下ろすと、他の候補者たちも目に入った。
銀髪の少女、パール・アジメーク。
脳筋の塊みたいなレグ・ルースリア。
そして眼鏡の書庫娘、デーネ・ボライオネア。
「今年は妙に粒が揃っているな」
「神が我らに与え給うた戦力……そうに違いない」
「そうだ。あの神獣どもを駆逐するために育てられた者たちだ」
誰かが真剣な顔で言うと、別の団員がうんうんと頷く。
……その直後、後ろから声が飛ぶ。
「お前ら! 団長がお茶を持ってこいって言ってるぞ!」
俺たちは顔を見合わせた。
お茶番かよ。せっかくの観察も台無しだ。
だが断れるはずもない。団長の命令は絶対だ。
仕方なくひとりが走っていく。その背中を見送りながら、残された俺たちはため息を吐いた。
「……俺たち、中堅って言葉は格好いいけどさ」
「実際はただの使い走りだよな」
「でもこうして格好つけて観察してれば、下の連中には“任務中”って見えるだろ」
そう言って苦笑しながら、再び視線を演習場に戻す。
赤毛の少年はまだ未熟だ。だが確かに、一歩一歩、変わろうとしている。
あれを“見抜いていた”と後で言えるように、今はしっかりと目に焼き付けておく。
「神獣の時代は終わる。次に来るのは我ら人の世だ。そのための戦力——」
その言葉は自分自身を奮い立たせるためのものだった。
本当は、不安もある。
だがそれを表に出した瞬間、俺たちは“英雄の影”でしかなくなるから。
***
ゲーリュ団の詰所は、いつだって緊張感と威圧感に満ちている。……と言えば聞こえはいいが、実際は団長たち幹部の睨みが怖すぎるだけだ。
俺たち中堅は常にその視線の下、言われるがままに動く。
——そう、今日も。
「おい、お前ら。幹部が呼んでるぞ。報告の時間だ」
若手の伝令がそう告げてきた。
俺と同僚の二人は顔を見合わせ、思わず背筋を伸ばす。報告、といっても何のことはない。先日学園で行われた合同演習の観察任務だ。未来の戦士候補を品定めする、重要な仕事。……のはずだ。
俺は心の中で呟く。
(ここでしっかりアピールすれば、きっと俺たちの評価も上がる……!)
胸を張って幹部室に入ると、そこにはいつもの冷たい目をした幹部が座っていた。机に肘をつき、指先で軽く机を叩いているだけで、心臓が潰れそうになる。
「——で? 報告を」
「はっ!」
俺は一歩前に出て声を張る。
「例の赤毛の少年、ウルス・アークト。騎士団長の息子であります! 実力は未熟ながらも、演習中に見せた集中力と神力の纏い方……これはただ者ではございません! 伸びしろは十分、今後の戦力として期待できるかと!」
隣の同僚もすかさず続ける。
「はい! 彼は父の血を継いでおります。あの戦場を渡り歩いた団長の子……まさしく人の世を背負うに相応しい逸材かと!」
幹部は、ふむ、と一度頷いた。
だが、次に出てきた言葉は冷たかった。
「……つまり、“普通に成長している”というだけだな?」
「……え?」
俺の背中に冷や汗が流れる。
幹部の視線が鋭く突き刺さる。
「貴様らの言葉は、感想に過ぎん。結論はどこだ。使えるのか、使えないのか、それだけを言え」
ゴクリ、と唾を飲み込む。俺は慌てて口を開いた。
「……つ、使えます! 必ず戦力になります!」
「なら、それだけを最初に言え。余計な修飾は不要だ」
「は、はいぃぃ……!」
幹部は視線を逸らし、手元の書類に何かを書き込む。
俺の心臓はバクバクだ。格好良く分析したつもりが、一瞬で粉々に砕かれた。
「……それから、銀髪の娘。アジメーク家の者か」
「はっ、そうであります! 彼女は観察した限り、神力の探知に長けているように見受けられました!」
「脳筋のルースリアは?」
「えっと……筋肉だけは誰よりも……」
「それは見れば分かる」
ぐぅ……!
幹部の一言一言がナイフみたいに突き刺さる。俺たちは完全に縮こまってしまった。
「ボライオネア家の娘はどうだ?」
「書物を読むのが得意そうで……」
「それも見れば分かる」
もうダメだ。俺たちの評価は地に落ちた。
幹部は冷ややかに告げる。
「要するに、貴様らの観察は浅い。神獣と戦える器か否か、それだけを見極めよ。今後は余計な感情を挟むな」
「は、はいっ!」
俺たちは声を揃えて答える。
だが幹部はまだ終わらない。
「それと……茶を淹れてこい」
「…………」
またか。
結局、報告なんて口実で、俺たちはパシリ。
背中に突き刺さる冷笑を感じながら、俺は部屋を出て行った。
廊下を歩きながら、同僚がボソッと呟く。
「なぁ……俺たちって本当に選ばれし戦士なのか?」
俺は答えられなかった。
だけど、心の中で自分を鼓舞する。
(そうだ、俺たちは選ばれし者だ。団長の下で戦い、歴史に名を刻む……きっとそうだ)
そう思わなければ、やってられない。
けれど本当は分かっている。
俺たちは英雄じゃない。
幹部の影で、今日もただの「お茶番」として走る存在だってことを。




