表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/166

第35話:ハゲアタマ

 胸の奥がまだ熱い。

 さっきの障害走を終えたばかりなのに、呼吸は落ち着かない。

 いや、呼吸だけじゃない。心臓の鼓動もまだ早いままだ。


 僕が息を整える間に、次の走者がスタートラインに立った。

 レグだ。


「行くぞォォ!」


 笛が鳴った瞬間、彼の身体は弾丸みたいに砂を蹴った。


 ——速い。

 けど、避けるんじゃなくて、壊してる。


 障害物を正面からぶち倒し、飛んできた光球を拳で殴り飛ばしている。

 観覧席がざわめいた。


「ルール違反! 減点だ!」

 先生の怒声が飛ぶ。

 でもレグは全然気にしていない。


「避けてるだろ!? ほら!」

「壊してるだけだ!」


 ……それ、避けたとは言わない。


 周りの生徒たちから笑いが漏れる。

 ゲーリュ団の黒マントたちまで、少しだけ顔を上げたように見えた。


 胸の奥に、ざらつくような感覚が残った。

 派手さ。

 ああいう“目を奪う動き”こそ、やっぱり注目されるんだ。


     ◇


 次はデーネ。


 彼女は一度深呼吸をしてから、静かに走り出した。

 無駄がない。淡々としてるのに、不思議と視線を引く。


 光球が現れる位置を読むように、顎を少しだけ傾ける。

 青い神力は薄くて見えにくいけど、それが逆に“正確さ”を際立たせていた。


 障害物にも触れない。

 乱れもしない。

 最後まで、崩れずに走り切った。


 先生は「地味だが正確」と短く評した。

 その言葉と同時に、観覧席の団員のひとりが小さく頷いた。


 デーネの肩がわずかに震えたのを、僕は見逃さなかった。

 ——彼女は誰よりも“評価”を気にしている。

 だから、あの頷きはきっと胸に届いたんだろう。


     ◇


 全員の走りが終わったあと、暫定の評価表が張り出された。


 パールが上位に名を刻む。

 レグは減点のせいで中位に落ち着いていた。

 デーネは安定した点で、中の上。


 僕は……真ん中より少し下。

 昨日とほとんど変わらない場所。


 だけど、今日は不思議と悔しさより“次を見たい”気持ちの方が大きかった。


     ◇


 ざわめきが広場を満たした。

 観覧席の黒マントたちが立ち上がったのだ。


 ひとりが前に出て、低い声で告げる。


「次の課題は“模擬戦”。二人一組で挑んでもらう。我々が審査する」


 その一言で、空気が一変した。

 ただの模擬実技じゃない。

 ゲーリュ団に“戦い”を見られるんだ。


 背中を汗が伝う。

 喉が渇く。

 でも——心臓の奥は熱い。


 “見られている”。


 それが、怖くて。

 でも、同じくらい嬉しかった。


     ◇


 休憩の合図が出て、僕は日陰に腰を下ろした。

 隣に、パールが座る。


「ウルス」

「なに」

「走り、悪くなかった」


 短い言葉。

 それだけで心臓の鼓動がさらに速くなる。


「……ありがとう」

 素直に言ったのに、声が少しだけ震えていた。


 パールはちらっと観覧席を見て、小さく息を吐く。

「でも、本番はこれから」

「分かってる」


 僕も同じ方向を見る。

 黒いマント。無表情な団員たち。


 表情は読めない。

 でも確かに——彼らの視線は僕らに注がれている。


 それだけで、胸の奥にまた火が点いた。


 ——次は、絶対に。


***


 砂地の演習場に、白い枠が四角く描かれていた。

 その枠の中で、僕らはペア同士に分けられ、順番に戦うことになった。


 僕のペアは、入学当初から同じクラスのアルナールになった。

 禿頭が特徴だ。


 模擬戦。

 試験でも公式戦でもない。けれど、緊張で胃が縮こまる。

 「普段通りでいい」と先生は言ったけど、普段通りが一番難しいのは、この前の模擬実技でよく分かった。


「次は——ウルスと……アルナール組、対、シェラとエイラ組」


 ついに僕たちペアの番が来た……って、え、ちょっと待って。

 対戦相手、女子ペアなの!?


 アルナールと顔を見合わせた。

 丸坊主の彼は相変わらず屈託のない笑みを浮かべている。

「なんか緊張するな。女子相手に負けたら、俺ら一生言われるぞ」

「いやもう、勝てる気しないんだけど」

「言うなよ! 縁起でもない!」


 心の中でため息をつく。

 シェラは小柄で冷静、氷みたいな神力の安定感を持っている。

 エイラは逆に活発で、動きが鋭い。二人は入学当初からペアを組んでいて、呼吸がぴたりと合っている。

 片や僕とアルナールは、今日が初ペア。……差は歴然だ。


     ◇


 開始の笛。


 砂が舞う。

 アルナールがいきなり突っ込む。

「おい待て速いって!」

 止める間もなく、彼は青の神力を拳にまとって正面突破を狙う。


 その瞬間、シェラが低く詠うように神力を展開した。

 彼女の手元から薄い氷膜が広がり、アルナールの突進を滑らせる。

「うわっ——!」

 案の定、彼は横にすっころび、砂を巻き上げて転がった。


 ……やっぱり。


 横から鋭い風切り音。エイラの蹴りだ。

 僕は咄嗟に腕を青で覆い、受け流す。

 衝撃が腕に響き、足元の砂が散った。

 やばい。速い。


 退いて間合いを取ると、アルナールが砂まみれで起き上がる。

「だ、大丈夫だ! 作戦通りだ!」

「どんな作戦だよ!」

「囮!」

「言うなよそれ!」


 息を整える。

 エイラとシェラは息も切らさずに位置を変え、僕らを挟み込むように動いてきた。

 目が合う。2人とも冷静で、迷いがない。


     ◇


 ——思い出す。


 入学してすぐの頃。

 僕が青の神力だって言ったとき、アルナールが羨ましそうに僕を見て言った。


「おまえが青か……俺なんて緑にもなれねぇのに……」


「え、そ、そんな、たまたまで……! くしゃみですし……」


「くしゃみで!? じゃあ次は咳で紫いくの!?」


「違う違う違う違う違う違う!!」


 ——あの頃の彼は、まだ神力を具現化することさえできていなかった。

 でも今は、ちゃんと青まで来ている。

 あの頃の僕と同じだ。めちゃくちゃ成長している。


 僕は……どうだろう。

 進んでいるのか。立ち止まっていないか。

 胸の奥が、ざわついた。


------


「ウルス、右!」

 アルナールの声が飛んだ。


 その声に反応して身体をずらすと、エイラの拳がかすめて過ぎた。

 危なかった。——でも、助かった。

 続けざまにアルナールが突っ込み、彼女を押し返す。


 僕はシェラの方に向き直り、手をかざす。

 青を掌に集中させ、砂を巻き上げる。視界を遮るためだけの小さな動き。

 シェラの眉がわずかに動いた。

 その隙に、僕とアルナールは背中合わせになった。


「お、やっぱいいなこれ! 背中合わせ!」

「偶然だけどな!」


 シェラとエイラが息を合わせ、左右から攻めてくる。

 でも今度は、僕たちも呼吸を合わせた。

 僕が受け流し、アルナールが押し返す。

 交互に動いて、なんとか持ちこたえる。


 先生の声が響いた。

「そこまで!」


     ◇


 試合終了。

 結果は明らか。女子ペアの方が安定していて、実力も上。

 でも、僕らも最後まで立っていた。倒されなかった。


 アルナールは満面の笑みで僕の肩を叩いた。

「な? 俺ら、案外悪くなかっただろ!」

「……まあ、思ったよりは」

「おい“思ったよりは”ってなんだよ! もっと言えよ!」

「言わない」


 笑い合う。

 砂まみれで、息も上がって、でも妙に心地よかった。


 観客席から見ていたパールが、少し驚いた顔をしてこちらを見ていた。

 その視線に気づくと、胸の奥が少し熱くなる。

 僕は慌てて目を逸らした。


 まだまだ弱い。

 でも、少しは進めているかもしれない。


 砂の匂いと、汗の熱を感じながら、そう思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ