第31話:予備訓練を覗いた夜
放課後の鐘が鳴ったあと、教室の空気が妙に落ち着かなかった。
推薦者に選ばれた生徒たちが、そわそわと荷物をまとめ、合図を待つみたいに視線を交わしている。
やがて教師が現れた。
「——推薦者はついてきなさい」
その一言で、数十人の椅子がいっせいに音を立てて引かれた。
僕は机に残されたまま、その背中を見送った。
パールも、デーネも、レグも。
3人の名前が掲示板にあったのを、忘れようとしても忘れられなかった。
胸の奥に広がるのは、空っぽの感覚だった。
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「……どこに行くんだろう」
気づけば廊下に出ていた。
足が勝手に彼らの後を追っていた。
理由なんてどうでもいい。ただ、見たい。見ないと眠れそうになかった。
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人気の少ない西棟の裏口。
推薦者たちはそこで再び教師に呼ばれ、扉の奥へと消えていった。
僕は柱の影に身を隠し、心臓の鼓動を押し殺す。
少し待つと、重い扉の隙間から灯りが漏れ出した。
息を潜めて近づくと、かすかな声や、地響きのような音が聞こえてくる。
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そこは地下訓練場だった。
床は黒い石で敷き詰められ、壁には鉄格子のような枠が張り巡らされている。
普通の教室とはまるで違う、戦場を模したかのような造り。
覗き窓から見える光景に、僕は息を呑んだ。
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レグが先頭に立ち、神力を全身に纏っていた。
紫に輝くオーラが、彼の腕や脚をまるで鎧のように覆っている。
拳を振るうたびに、石床がひび割れた。
「これが……レグ……」
何度も一緒に特訓した。勝てる気がしなかった。
でも今の彼は、その時よりもさらに遠くへ行ってしまったように見えた。
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続いてパール。
彼女は大きな岩人形のような魔術道具を相手にしていた。
一歩引いて見えるけど、その目は鋭い。
気配を読むように立ち回り、的確に弱点を突いていく。
彼女が得意なのは「探知」——そう気づいたのは最近だった。
僕よりも、周囲を読むのがはるかに上手い。
その戦いぶりに、思わず見惚れてしまった。
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デーネは回復術を仲間に施しながら、同時に本のページをめくっていた。
呪文ではなく、知識そのものを神力に変えているみたいに。
仲間の動きを補助し、状況を分析する彼女の冷静さは、誰よりも際立っていた。
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「……みんな、すごいな」
喉の奥が痛くなった。
焦りとか、羨望とか、悔しさとか、全部まとめて胸に押し寄せてくる。
でも、それだけじゃなかった。
僕は——彼らと一緒に戦いたかった。
ただ、その気持ちが強くあった。
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その時だった。
地下訓練場の奥、鉄格子のさらに向こう側。
誰もいないはずの影が、ふっと動いた。
黒外套のような人影。
生徒でも教師でもない。
でも一瞬で消えた。
「……今の、なんだ?」
背筋に冷たいものが走った。
声に出せない違和感だけが、喉に張りついた。
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訓練はさらに激しさを増していた。
雷のような音、砂煙の匂い。
僕は最後まで見届けることもできず、その場から離れた。
気づけば夜風に頬を打たれていた。
校舎裏の冷たい空気が、火照った胸を少しだけ冷やす。
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「僕も——絶対にあそこに立つ」
拳を握った。
推薦者じゃなくてもいい。
どんな形でも、追いついて、肩を並べる。
壁に囲まれたこの国の外へ出るために。
ゲーリュ団に入るために。
みんなと一緒に戦うために。
強く、強く、心に誓った。