第30話:推薦リストの掲示板
翌朝、校庭に大きな掲示板が立てられていた。
ざわめきは教室から外へ、外から中庭へと膨れあがり、まるで祭りの前の人混みみたいだ。
「出たぞ、推薦リストだ!」
「おい、俺の名前は……!?」
「きゃー! 〇〇先輩、やっぱり選ばれてる!」
僕も流れに押されるように掲示板の前に立った。
そこには教師たちが選んだ数十名の名前が整然と並んでいる。
目を走らせる。
レグ・ルースリア。パール・アジメーク。デーネ・ボライオネア。
……そして、僕の名前は——ない。
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視界が一瞬、白く霞んだ。
頭では理解していたはずだ。自分がまだ力不足だって。
でも実際にその現実を突きつけられると、胃の底に石を飲み込んだみたいに重くなる。
「……っ」
拳を握るけど、力が抜ける。
まわりでは歓声と落胆が入り混じった声が飛び交っているのに、耳にほとんど入ってこなかった。
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「ウルス」
静かな声が肩に触れた。振り返るとパールが立っていた。
彼女は自分の名前を見つけたのに、あんまり嬉しそうじゃない。
「……私も複雑よ」
「なんで?」
「だって、あんたがいない」
その言葉に胸が揺れた。
でも返せる言葉がなくて、僕はただ俯いた。
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一方、レグはといえば——。
「見ろ! 俺の名前が輝いてる!」
腕を掲げて、周囲の視線を独り占めにしていた。
人だかりの中で、女子生徒たちがひそひそ話す。
「すごいね、あの人」
「馬鹿みたいに元気だけど、やっぱり強いんだ」
「ちょっと、かっこよく見えてきたかも」
……信じられない。
あのレグがモテている。
「ふっ、俺は選ばれし拳。武器なんていらん! 推薦リストこそが俺の剣だ!」
無自覚のまま放たれる名言(迷言?)に、さらに黄色い声が上がる。
正直、笑えなかった。
羨ましさと悔しさがごちゃ混ぜになって、胸の奥で渦を巻いていた。
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昼休み。教室の空気は完全に二分されていた。
名前があった者は祝福され、なかった者は肩を落とす。
推薦者と非推薦者——その境界線が急に壁のように立ち上がった。
「やっぱり俺らは凡人だな」
「もう諦めるしかないのか……」
そう呟く声が刺さる。
僕は机に突っ伏したまま、呼吸を整えようと必死だった。
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「でも、まだ終わりじゃないわよ」
隣から冷静な声。デーネだ。
彼女はリストに自分の名前を見つけているはずなのに、落ち着き払って僕を見ていた。
「推薦はあくまで近道。最終試験で結果を出せば、立場はひっくり返る」
「……でも、その舞台に立てなきゃ」
「立つ方法を考える。それがあなたの役目じゃない?」
淡々と言い切る彼女に、胸の中のくすぶりが少しだけ灯った。
そうだ。
まだ、終わりじゃない。
⸻
夕暮れ。
校舎裏でひとり神力を纏おうとするけれど、集中できない。
青いオーラは揺らめくだけで形にならない。
——僕は、何をやっているんだ。
そのとき。
「やっぱりいた」
パールが現れた。
オレンジ色の光を背にして立つ彼女は、少し笑っていた。
「ウルス、あんたって落ち込むとすぐ顔に出るんだから」
「……隠せないよ」
「隠さなくてもいいけどさ。だったら、立ち上がり方を考えなさい」
彼女の目はまっすぐで、ほんの少し潤んで見えた。
胸の奥がきゅっと締めつけられる。
「私……推薦もらえたけど、嬉しいより怖いの。だからね、あんたが一緒にいてくれなきゃ困るのよ」
その一言が、僕の背中を強く押した。
そうだ。僕はひとりじゃない。
パールがいて、レグがいて、デーネがいて。
まだ戦える。まだ追いつける。
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夜空を見上げる。
壁の向こうに広がる、まだ見ぬ世界。
そこに近づくために、僕は強くならなきゃいけない。
推薦なんかに関係なく、自分の足で未来を掴む。
その決意を胸に、拳を握り直した。
***
放課後の鐘が鳴ったあと、教室の空気が妙に落ち着かなかった。
推薦者に選ばれた生徒たちが、そわそわと荷物をまとめ、合図を待つみたいに視線を交わしている。
やがて教師が現れた。
「——推薦者はついてきなさい」
その一言で、数十人の椅子がいっせいに音を立てて引かれた。
僕は机に残されたまま、その背中を見送った。
パールも、デーネも、レグも。
3人の名前が掲示板にあったのを、忘れようとしても忘れられなかった。
胸の奥に広がるのは、空っぽの感覚だった。
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「……どこに行くんだろう」
気づけば廊下に出ていた。
足が勝手に彼らの後を追っていた。
理由なんてどうでもいい。ただ、見たい。見ないと眠れそうになかった。
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人気の少ない西棟の裏口。
推薦者たちはそこで再び教師に呼ばれ、扉の奥へと消えていった。
僕は柱の影に身を隠し、心臓の鼓動を押し殺す。
少し待つと、重い扉の隙間から灯りが漏れ出した。
息を潜めて近づくと、かすかな声や、地響きのような音が聞こえてくる。
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そこは地下訓練場だった。
床は黒い石で敷き詰められ、壁には鉄格子のような枠が張り巡らされている。
普通の教室とはまるで違う、戦場を模したかのような造り。
覗き窓から見える光景に、僕は息を呑んだ。
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レグが先頭に立ち、神力を全身に纏っていた。
紫に輝くオーラが、彼の腕や脚をまるで鎧のように覆っている。
拳を振るうたびに、石床がひび割れた。
「これが……レグ……」
何度も一緒に特訓した。勝てる気がしなかった。
でも今の彼は、その時よりもさらに遠くへ行ってしまったように見えた。
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続いてパール。
彼女は大きな岩人形のような魔術道具を相手にしていた。
一歩引いて見えるけど、その目は鋭い。
気配を読むように立ち回り、的確に弱点を突いていく。
彼女が得意なのは「探知」——そう気づいたのは最近だった。
僕よりも、周囲を読むのがはるかに上手い。
その戦いぶりに、思わず見惚れてしまった。
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デーネは回復術を仲間に施しながら、同時に本のページをめくっていた。
呪文ではなく、知識そのものを神力に変えているみたいに。
仲間の動きを補助し、状況を分析する彼女の冷静さは、誰よりも際立っていた。
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「……みんな、すごいな」
喉の奥が痛くなった。
焦りとか、羨望とか、悔しさとか、全部まとめて胸に押し寄せてくる。
でも、それだけじゃなかった。
僕は——彼らと一緒に戦いたかった。
ただ、その気持ちが強くあった。
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その時だった。
地下訓練場の奥、鉄格子のさらに向こう側。
誰もいないはずの影が、ふっと動いた。
黒外套のような人影。
生徒でも教師でもない。
でも一瞬で消えた。
「……今の、なんだ?」
背筋に冷たいものが走った。
声に出せない違和感だけが、喉に張りついた。
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訓練はさらに激しさを増していた。
雷のような音、砂煙の匂い。
僕は最後まで見届けることもできず、その場から離れた。
気づけば夜風に頬を打たれていた。
校舎裏の冷たい空気が、火照った胸を少しだけ冷やす。
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「僕も——絶対にあそこに立つ」
拳を握った。
推薦者じゃなくてもいい。
どんな形でも、追いついて、肩を並べる。
壁に囲まれたこの国の外へ出るために。
ゲーリュ団に入るために。
みんなと一緒に戦うために。
強く、強く、心に誓った。




