表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/187

第30話:推薦リストの掲示板

 翌朝、校庭に大きな掲示板が立てられていた。

 ざわめきは教室から外へ、外から中庭へと膨れあがり、まるで祭りの前の人混みみたいだ。


「出たぞ、推薦リストだ!」

「おい、俺の名前は……!?」

「きゃー! 〇〇先輩、やっぱり選ばれてる!」


 僕も流れに押されるように掲示板の前に立った。

 そこには教師たちが選んだ数十名の名前が整然と並んでいる。


 目を走らせる。

 レグ・ルースリア。パール・アジメーク。デーネ・ボライオネア。

 ……そして、僕の名前は——ない。



 視界が一瞬、白く霞んだ。

 頭では理解していたはずだ。自分がまだ力不足だって。

 でも実際にその現実を突きつけられると、胃の底に石を飲み込んだみたいに重くなる。


「……っ」


 拳を握るけど、力が抜ける。

 まわりでは歓声と落胆が入り混じった声が飛び交っているのに、耳にほとんど入ってこなかった。



「ウルス」


 静かな声が肩に触れた。振り返るとパールが立っていた。

 彼女は自分の名前を見つけたのに、あんまり嬉しそうじゃない。


「……私も複雑よ」

「なんで?」

「だって、あんたがいない」


 その言葉に胸が揺れた。

 でも返せる言葉がなくて、僕はただ俯いた。



 一方、レグはといえば——。


「見ろ! 俺の名前が輝いてる!」

 腕を掲げて、周囲の視線を独り占めにしていた。


 人だかりの中で、女子生徒たちがひそひそ話す。

「すごいね、あの人」

「馬鹿みたいに元気だけど、やっぱり強いんだ」

「ちょっと、かっこよく見えてきたかも」


 ……信じられない。

 あのレグがモテている。


「ふっ、俺は選ばれし拳。武器なんていらん! 推薦リストこそが俺の剣だ!」

 無自覚のまま放たれる名言(迷言?)に、さらに黄色い声が上がる。


 正直、笑えなかった。

 羨ましさと悔しさがごちゃ混ぜになって、胸の奥で渦を巻いていた。



 昼休み。教室の空気は完全に二分されていた。

 名前があった者は祝福され、なかった者は肩を落とす。

 推薦者と非推薦者——その境界線が急に壁のように立ち上がった。


「やっぱり俺らは凡人だな」

「もう諦めるしかないのか……」


 そう呟く声が刺さる。

 僕は机に突っ伏したまま、呼吸を整えようと必死だった。



「でも、まだ終わりじゃないわよ」


 隣から冷静な声。デーネだ。

 彼女はリストに自分の名前を見つけているはずなのに、落ち着き払って僕を見ていた。


「推薦はあくまで近道。最終試験で結果を出せば、立場はひっくり返る」

「……でも、その舞台に立てなきゃ」

「立つ方法を考える。それがあなたの役目じゃない?」


 淡々と言い切る彼女に、胸の中のくすぶりが少しだけ灯った。

 そうだ。

 まだ、終わりじゃない。



 夕暮れ。

 校舎裏でひとり神力を纏おうとするけれど、集中できない。

 青いオーラは揺らめくだけで形にならない。


 ——僕は、何をやっているんだ。


 そのとき。


「やっぱりいた」


 パールが現れた。

 オレンジ色の光を背にして立つ彼女は、少し笑っていた。


「ウルス、あんたって落ち込むとすぐ顔に出るんだから」

「……隠せないよ」

「隠さなくてもいいけどさ。だったら、立ち上がり方を考えなさい」


 彼女の目はまっすぐで、ほんの少し潤んで見えた。

 胸の奥がきゅっと締めつけられる。


「私……推薦もらえたけど、嬉しいより怖いの。だからね、あんたが一緒にいてくれなきゃ困るのよ」


 その一言が、僕の背中を強く押した。


 そうだ。僕はひとりじゃない。

 パールがいて、レグがいて、デーネがいて。

 まだ戦える。まだ追いつける。



 夜空を見上げる。

 壁の向こうに広がる、まだ見ぬ世界。

 そこに近づくために、僕は強くならなきゃいけない。


 推薦なんかに関係なく、自分の足で未来を掴む。


 その決意を胸に、拳を握り直した。



***



 放課後の鐘が鳴ったあと、教室の空気が妙に落ち着かなかった。

 推薦者に選ばれた生徒たちが、そわそわと荷物をまとめ、合図を待つみたいに視線を交わしている。


 やがて教師が現れた。

「——推薦者はついてきなさい」

 その一言で、数十人の椅子がいっせいに音を立てて引かれた。


 僕は机に残されたまま、その背中を見送った。

 パールも、デーネも、レグも。

 3人の名前が掲示板にあったのを、忘れようとしても忘れられなかった。


 胸の奥に広がるのは、空っぽの感覚だった。



「……どこに行くんだろう」


 気づけば廊下に出ていた。

 足が勝手に彼らの後を追っていた。

 理由なんてどうでもいい。ただ、見たい。見ないと眠れそうになかった。



 人気の少ない西棟の裏口。

 推薦者たちはそこで再び教師に呼ばれ、扉の奥へと消えていった。

 僕は柱の影に身を隠し、心臓の鼓動を押し殺す。


 少し待つと、重い扉の隙間から灯りが漏れ出した。

 息を潜めて近づくと、かすかな声や、地響きのような音が聞こえてくる。



 そこは地下訓練場だった。


 床は黒い石で敷き詰められ、壁には鉄格子のような枠が張り巡らされている。

 普通の教室とはまるで違う、戦場を模したかのような造り。


 覗き窓から見える光景に、僕は息を呑んだ。



 レグが先頭に立ち、神力を全身に纏っていた。

 紫に輝くオーラが、彼の腕や脚をまるで鎧のように覆っている。

 拳を振るうたびに、石床がひび割れた。


「これが……レグ……」


 何度も一緒に特訓した。勝てる気がしなかった。

 でも今の彼は、その時よりもさらに遠くへ行ってしまったように見えた。



 続いてパール。

 彼女は大きな岩人形のような魔術道具を相手にしていた。

 一歩引いて見えるけど、その目は鋭い。

 気配を読むように立ち回り、的確に弱点を突いていく。


 彼女が得意なのは「探知」——そう気づいたのは最近だった。

 僕よりも、周囲を読むのがはるかに上手い。

 その戦いぶりに、思わず見惚れてしまった。



 デーネは回復術を仲間に施しながら、同時に本のページをめくっていた。

 呪文ではなく、知識そのものを神力に変えているみたいに。

 仲間の動きを補助し、状況を分析する彼女の冷静さは、誰よりも際立っていた。



「……みんな、すごいな」


 喉の奥が痛くなった。

 焦りとか、羨望とか、悔しさとか、全部まとめて胸に押し寄せてくる。


 でも、それだけじゃなかった。


 僕は——彼らと一緒に戦いたかった。

 ただ、その気持ちが強くあった。



 その時だった。


 地下訓練場の奥、鉄格子のさらに向こう側。

 誰もいないはずの影が、ふっと動いた。


 黒外套のような人影。

 生徒でも教師でもない。

 でも一瞬で消えた。


「……今の、なんだ?」


 背筋に冷たいものが走った。

 声に出せない違和感だけが、喉に張りついた。



 訓練はさらに激しさを増していた。

 雷のような音、砂煙の匂い。

 僕は最後まで見届けることもできず、その場から離れた。


 気づけば夜風に頬を打たれていた。

 校舎裏の冷たい空気が、火照った胸を少しだけ冷やす。



「僕も——絶対にあそこに立つ」


 拳を握った。

 推薦者じゃなくてもいい。

 どんな形でも、追いついて、肩を並べる。


 壁に囲まれたこの国の外へ出るために。

 ゲーリュ団に入るために。

 みんなと一緒に戦うために。


 強く、強く、心に誓った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ