第29話:影を纏う来訪者
朝から学校全体がざわついていた。
いつもなら眠そうに欠伸をしている生徒たちも、この日はやけにそわそわしている。
「今日、来るんだってよ」
「ほんとに? 本物のゲーリュ団が?」
「先生たち、なんか緊張してたもんな……」
噂は瞬く間に広がり、教室中が期待と不安で揺れていた。
もちろん僕も例外じゃない。心臓がずっと早鐘を打っている。
——ゲーリュ団。
英雄ゲルリオンが創設した、王国最強の部隊。
子どもの頃から憧れで、神力学校に入った以上はいつか自分も、と夢見ていた存在。
けど、実際に“本物”が来るとなると、胸の奥にじっとりとした不安が広がる。
彼らに見られたら、自分の力の未熟さが一瞬で露呈するんじゃないか——そんな恐怖。
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午前の授業は上の空だった。先生でさえ板書を間違えて消しゴムを落とす始末で、クラスは半笑い。
昼休みになると、案の定パールが机に身を乗り出してきた。
「ねぇウルス、もしゲーリュ団にスカウトされたらどうする?」
「……そんなわけないだろ」
「わかんないわよ? あなた、前よりずっと神力上達してるんだから」
さらりと褒められて、僕は思わず視線をそらした。
そんな言葉をもらうほどの実力は、まだない。
一方レグはというと、机の上に立って両手を広げた。
「よし! 今日から俺の名は“未来の団長”だ!」
「調子に乗るの早いな!」と僕とパールが同時に突っ込む。
デーネは眼鏡を押し上げ、冷静な声で言った。
「今日来るのは団の中でも下位の階級のはずよ。直接勧誘なんて、まずありえない」
「……でも、推薦試験の告知くらいはあるかもしれないわね」
その一言で、場の空気がぴんと張りつめた。
推薦。選抜。つまり、未来への入口。
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午後。講堂に全校生徒が集められた。
ざわめきの中、壇上に立ったのは、黒外套に身を包んだ数名の団員たち。
その気配だけで、空気が一変した。
ただ立っているだけなのに、重圧で背筋が自然と伸びる。
これが、本物の“戦う人間”の空気。
最前に出た団員が、鋭い声で告げた。
「我らはゲーリュ団。王国を守護する者だ。——この度、次世代を担う者を見極めるため、特別選抜試験を行う」
どよめきが起きた。
生徒たちの息が一斉に荒くなる。
続けて団員は淡々と告げた。
「対象は成績上位者および教師の推薦を受けた者。選ばれし者は来月、城下の演習場に集え」
——やっぱり。
僕の心は高鳴りと重みの両方でいっぱいになる。
選抜に食い込めなければ、真実に近づくことはできない。
でも、もし自分が選ばれたら……本当に通用するのか?
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壇上から団員たちが生徒を見渡したとき、一瞬、視線がぶつかった気がした。
黒外套の奥の瞳。その冷たい輝きに、胸の奥がひやりとする。
——あの目。
どこかで、見た。
記録庫で遭遇した“影の人物”。
確証はない。でも直感が叫んでいた。
——見られている。ずっと、前から。
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解散後、教室に戻ると空気は一変していた。
「俺、成績順ならギリ入るかも!」
「推薦もらえなきゃ終わりだ……」
生徒たちが一喜一憂し、半ばお祭り騒ぎだ。
レグは机を叩きながら大声を張った。
「よーし! 次の試験で俺の拳の真価を見せる! 武器いらずの証明だ!」
「いや、武器使わないのはただの無謀だからな……」と僕は思わず突っ込む。
パールは笑っていたけれど、その横顔には一瞬だけ、不安の影が差していた。
デーネは冷静にノートを広げ、早くも試験対策を立て始めている。
——みんな、それぞれの思いを抱えている。
僕は机の上で拳を握った。
まだ弱い。まだ足りない。
でも、ここで逃げたら一生後悔する。
真実を知るために。強くなるために。
——ゲーリュ団に、行く。
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その夜、布団に潜りながらも眠れなかった。
選抜試験が始まる。
この先、僕たちの関係も、未来も、大きく変わっていく。
胸の奥で、ざらりとした期待と恐怖がせめぎ合っていた。