表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/159

第28話:誰ですか

 噂は思った以上に根強く、そしてしつこかった。


 僕らが“使用禁止記録庫”に忍び込んだことは誰にも言っていないはずなのに、気がつけば校舎のあちこちで囁かれていた。

 最初は数人が面白がっているだけだった。だが次第に「本当に入ったらしい」「何かを見つけたそうだ」と尾ひれがつき、気がつけば僕らは学校全体の注目を浴びることになっていた。


 ……嬉しくなんて、全然なかった。



 昼休みの廊下。

 パンを片手に歩いていると、不意に肩を強くぶつけられた。


「おっと、悪いな」


 振り返れば、同じクラスの男子。けれど目は笑っていなかった。

 周囲にいた生徒が「やったな」と小さく笑う。


「お前ら、すごいんだってな。禁止区域に入れるほど頭も度胸もあるって」

「俺たち庶民じゃ絶対無理だわ」


 その言葉の端々に、羨望と嫉妬と皮肉が混ざっていた。


「ちょっと!」パールがすぐさま声を上げる。「わざとぶつかったでしょ!」


「はは、そんなつもりはねぇよ。……ま、禁書庫に通ってるくらいだし、オレらとは住む世界が違うんだろ?」


 挑発的な笑みに、僕の拳が震える。

 言い返そうとしたが、デーネが冷静な声で遮った。


「やめなさい。騒ぎを大きくしたら、それこそ相手の思う壺よ」


 その言葉で、喉まで出かかった怒りをどうにか飲み込む。

 だけど胸の奥は、しばらくじんじんと熱を帯びたままだった。



 授業中も妙な違和感は続いた。

 歴史教師が板書を止め、こちらをじっと見る。

 ただ視線を送られただけなのに、背筋が固まってしまう。


 (まさか……噂を先生まで知ってる?)


 神力の実技の授業では、教官が腕を組み、僕らを見ながらぼそりと呟いた。


「お前ら、最近ずいぶん目立つな」


 その声に含まれていたのは冗談めいた調子……だけど、それ以上に妙な重さだった。


 僕はただ「……はい」と答えることしかできなかった。



 その夜。

 寮の窓から外を見下ろすと、校庭の隅に“誰か”が立っていた。


 黒い外套をまとい、月明かりに逆らって立ち尽くす影。

 顔は暗闇に溶けて分からない。けれど、確かに僕を見ていた。


 心臓が跳ね、手のひらに冷たい汗がにじむ。


 (……あれは誰だ? 生徒じゃない。教師でも……ない?)


 気づけばカーテンを勢いよく閉じていた。

 胸の鼓動がうるさくて眠れない。

 まるで、全身が“見張られている”と告げているようだった。



 翌日も、噂は止まらなかった。


「禁書庫で竜の像を見つけたんだって」

「いやいや、神獣を呼び出したらしいぞ」


 くだらない尾ひれがついて広がっていく。

 人は“ありもしない秘密”の方を信じたがるらしい。


 気づけば僕らは、特別な存在にされていた。

 けれど、それは尊敬ではなく、ただの重荷だった。



 心のどこかで、こう思った。


 ——秘密を暴くなんて無理だ。

 今の僕らじゃ、国にだって先生にだって、到底太刀打ちできない。


 でも同時に、胸の奥に火がともる。


 ——ゲーリュ団に入る。

 強くなって、もっと大きな力を手に入れる。

 そうしない限り、僕らは“真実”に近づけない。


 まだ青い神力のままの僕だけど。

 それでも一歩ずつ進むしかない。


 窓の外をもう一度見た。

 そこに影はなかった。

 けれど、見張られている気配だけは消えなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ