第24話:森に仕掛けられたもの
森の奥は、妙に静かだった。
枝葉のざわめきも、虫の声も消えている。ただ、空気だけが肌にまとわりつくように重たい。
僕は歩くたびに胸がざわついて、心臓の鼓動が自分の耳に響くほど大きく感じた。
パールが先頭を歩き、薄暗い森を探知の神力で探っていく。
「……やっぱり、気配が薄い。普通なら小動物くらいいるはずなのに」
彼女の声は落ち着いているけれど、わずかに震えていた。
僕は無意識に拳を握りしめた。何かがいる。いや、“いた”。確かにそう感じた。
⸻
しばらく進んだところで、デーネが立ち止まった。
「見て。あれ……」
彼の指さす根元には、黒ずんだ木の棒が突き立っていた。
ただの枝に見えたけど、近づいた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
棒の先端には、赤黒い染みがこびりついている。
土にしみ込んでいるそれは、乾いてはいるけれど、血だとしか思えなかった。
「……なにこれ」僕は声を押し殺すように呟く。
デーネは眼鏡を押し上げ、表情を硬くした。
「呪符だわ。おそらく“呼び出し型”。魔物を引き寄せるために意図的に置かれたものね」
彼女の声音は冷静で、淡々と事実を切り取るようだった。
けれど、その目の奥には恐怖を押し隠す光が揺れていた。
⸻
パールが神力を広げながら言った。
「……生命の気配はない。でも、この棒からはすごく嫌な波動が出てる。あたし、こういうの初めて」
彼女の横顔は真剣そのもので、冗談を言う余地もなかった。
僕は目を逸らせなかった。
これは現実。教科書や説話の中じゃなく、僕らが今いる世界の真ん中で起きていること。
⸻
呼吸が荒くなる。
頭の中で問いが暴れまわった。
なぜこんなものが森に?
誰が、何のために魔物を?
王国は知っているのか? それとも、これは国が……?
思考が渦を巻き、足元の地面さえ不安定に感じた。
吐き気にも似た緊張が胸を圧迫する。
もしこれが真実なら、僕らは“嘘の上に築かれた国”に暮らしていることになる。
僕の信じてきたもの、父や母が信じてきたものすべてが、崩れていくかもしれない。
⸻
「なぁ」
緊張を切ったのは、やっぱりレグだった。
腕を組み、棒を睨みつけながら言う。
「つまり誰かが魔物を呼んでたってことだろ?
じゃあ、その誰かを探して殴れば解決じゃねぇか」
あまりに単純すぎる言葉に、僕は呆れ半分、救われた気持ちになった。
怖さで固まっていた体の力が、ほんの少し抜ける。
けど、デーネは冷静に首を振った。
「そんなに単純な話じゃない。呼び出し方を知っているってことは、それなりの“立場”や“知識”を持った人間よ。素人が触れるようなものじゃない」
彼女の理知的な声は、恐怖を理屈に変えてくれる。けれど、その理屈が余計に事態の深刻さを浮き彫りにしていく。
⸻
デーネが低く言った。
「……今日はこれ以上は危険だわ。この棒を見つけただけでも大きすぎる収穫よ。深入りすれば、呼び出した本人に気づかれるかもしれない」
僕らは顔を見合わせ、頷き合った。
後ろ髪を引かれるようにしながらも、踵を返す。
森を後にする足取りは重くて、振り返るたびに心臓が締め付けられるようだった。
⸻
歩きながら、胸の奥にひとつの決意が芽生えていた。
この真実を知るには、もっと強くならなきゃいけない。
ゲーリュ団に入って、自分の目で確かめるしかない。
僕は拳を強く握った。
震える手を隠すように、懐に押し込む。
吹き抜ける風が冷たくて、頬に張りつく。
その冷たさは、不安でも恐怖でもなく、決意を鋭く研ぎ澄ます刃みたいに感じられた。
読んでいただきありがとうございました。
面白かった、続きが気になると思ったら評価、ブックマークよろしくお願いします。
筆者がものすごく喜ぶと同時に、作品を作るモチベーションにも繋がります。
次回もよろしくお願いします!




