第23話:息の分かれ目
森に響く唸り声が重なる。
3匹かと思ったら、4匹目、5匹目が木陰から姿を現した。
真っ赤な目が、炎のようにこちらを射抜いてくる。
おいおいおい、冗談はよしてくれよ……
喉の奥が乾き、呼吸が浅くなる。
あれを全員相手にするなんて、無理だ。そう思った瞬間——背中を叩かれた。
「ウルス、大丈夫よ」
デーネの声だった。
「さっき魔物を弾き飛ばした。それは偶然じゃない。集中すればできる」
僕はうなずく。
うなずいたけど、足はまだ震えている。
⸻
「おい、ぼさっとするな! 行くぞ!」
レグはすでに前に飛び出していた。拳を振り下ろし、1匹の狼を地面に叩きつける。
……一撃で倒したかに見えたけど、魔物は起き上がり、牙をむいた。
「効いてねぇ!?」
「筋肉頼りの戦法に限界が見えてきたわね」
パールが皮肉を言う。
「いや、効いてる! ちょっとは効いてる! あと20発殴れば沈む!」
「そんなマラソンみたいに言わないで!」
⸻
パールは目を閉じ、神力を広げた。
「……左、3匹! 右、2匹! 正面がさっきのやつ!」
その声で、僕の体が少しだけ動けるようになる。
見えないものを“見える”ようにしてくれるだけで、恐怖が半分になるんだ。
「ナイス、パール!」
思わず声が出る。
彼女は一瞬驚いた顔をしたけど、すぐににやりと笑った。
「もっと褒めてもいいわよ!」
⸻
「でも流石に数が多すぎるわ。これじゃ勝てない。……でも撃退ならできる」
デーネは手をかざし、緑の神力を放った。
回復の力を応用して、地面に絡みつくツタを生み出す。
狼の足が絡め取られ、一瞬だけ動きが止まった。
「今だ、ウルス!」
僕は息を吸い込み、吐き出す。
恐怖を飲み込み、神力を両腕に集中させる。
青い光がぶわっと広がった。
「うおおおおおっ!」
叫んで突っ込んだ。
拳が魔物の顔面にぶつかる。
ドンッ、と衝撃が走り、獣の体が倒れ込んだ。
……倒した。僕の一撃で。
信じられなかった。
心臓はまだ破裂しそうだけど、それでも。
——僕は一歩、前に進めたんだ。
⸻
だが安心したのも束の間。
遠くから聞こえた。
ヒュオオオオ……
風のような、笛のような、不気味な音。
狼たちが一斉に動きを止め、耳を立てる。
そして——森の奥へ走り去っていった。
「……助かった?」
僕が息を切らしながら呟く。
「いや」
デーネが首を振った。
「誰かが呼んだ。あれは“群れの合図”よ」
静まり返った森に、余韻だけが残る。
僕らは顔を見合わせた。
怖いのは魔物じゃない。
本当の脅威は、この森を“支配している何か”の方かもしれない。




