第20話:特訓の日々
僕は最近、強くなりたいと心の底から思うようになっていた。
あの日、記録庫で見つけた数々の秘密。あの瞬間から僕の中で何かが変わった。
でも、ただの願望じゃどうにもならない。
神力を鍛えるしかないんだ。
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放課後の校庭。
夕陽が差し込んで、砂の上に僕の影が長く伸びている。
その前に並べたのは——机の上から拝借してきた、羽根ペンと紙切れ1枚。
「今日はこれを動かす練習だ……!」
呼吸を整え、指先に青い光をまとわせる。
全神経を集中させて、紙切れをちょっとだけ動かそうと念じる。
……次の瞬間。
バサァッ!
紙だけじゃなく机ごとひっくり返った。
羽根ペンが宙を舞って僕の額に命中する。
「痛っ!」
思わず頭を抱えていると、後ろから呆れ声。
「……ねぇ、何がしたいの?」
パールが腰に手を当てて立っていた。夕陽を背負って仁王立ち。
「ち、違うんだ! 繊細にやろうとしたのに!」
「繊細? 今のどこが?」
冷ややかな目。刺さる。いや、羽根ペンより痛い。
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「おいウルス! また机壊してんのか!」
今度はグラウンドの端から、レグが駆けてきた。
走ってくる姿だけで砂煙が上がる。いや、あれは本人の勢いだけじゃないか?
「机なんていらねぇ! 俺なんか拳ひとつで岩を動かせるんだぞ!」
そう言って彼は近くの石を殴った。
……が、拳が石にめり込んで抜けなくなった。
「うおっ!? うおおお!? ……ちょ、助けろ!」
慌てて僕とパールで石を押さえ、引っこ抜く。
拳は真っ赤になっていた。
「い、痛くないの?」
「痛い! けど拳の勝ちだ!」
勝ち負けの基準が脳筋すぎる。
でもなんか、こういうところが天然で笑えてしまう。
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後ろでデーネが小さくため息をついていた。
「はぁ……ねぇウルス。まず“力を出す”んじゃなくて、“止める”ことをやってみなさい」
「止める……?」
「そう。神力を動かそうとするんじゃなくて、流れてくるものを“そこで止める”。それがコントロールの第一歩」
彼女の声は真剣だった。
僕は深呼吸して、再び指先に神力を集める。
青い光がゆらめく。
今度は机じゃなく、目の前に置いた羽根ペンに意識を集中させる。
「……止まれ」
次の瞬間、羽根ペンがふわりと宙で震え、ほんの少しだけ浮いた。
「……! で、できた……!」
思わず声が裏返る。
パールが目を丸くし、デーネが「うん、それそれ」と満足そうに頷いた。
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レグはというと、腕を組んでふんぞり返りながら言った。
「なるほどな! 神力は止めるのがコツか! よし、俺も心臓を止めてみる!」
「やめろぉぉぉ!!!」
僕とパールとデーネのツッコミが夕暮れに響き渡った。
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羽根ペンをわずかに動かせただけ。
それでも、僕の胸の奥に小さな光が灯った気がした。
——強くなれるかもしれない。
***
——その日から僕の日課は変わった。
授業が終われば校庭の隅や森の小道、時には自分の部屋の中で。
とにかく毎日、青い神力を指先に集めては「止める」「動かす」を繰り返した。
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最初の1週間は惨敗だった。
羽根ペンひとつ浮かせるのに汗だく。
しかも浮く角度が悪くて、ほぼ毎回顔面に直撃する。
「また目の下に青あざ……」とパールに呆れられ、
「そのうち羽根ペンに愛されて結婚するわよ」とデーネに真顔で言われた。
結婚相手は人間がいい。いや、それ以前に女子がいい。
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2週間目。
ようやく、ペンを浮かせて“机の端に移動”させることに成功。
「やった!」と叫んだ瞬間、ペンはくるっと回転して床に落ちた。
成功なのか失敗なのかよくわからないけど、とにかく成長はしている。
レグは「俺なんか石を持ち上げられるぜ!」と胸を張っていたけど、よく見たら手で掴んでいただけだった。
「それ筋トレでしょ!」と僕らに総ツッコミされるのが日課になった。
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1か月後。
今度は羽根ペンだけじゃなく、本も動かせるようになっていた。
「次は重さを変えていこう」とデーネが提案し、
パールが「じゃあ私が座ってる椅子ごと動かしてみて」とニヤニヤしてきた。
「いや無理だから!」と即答したけど、
その挑発に負けてやってみたら、椅子がほんの数センチだけズズッと動いた。
パールが「きゃっ」と驚くのを見て、僕の胸は妙に誇らしくなった。
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さらに数か月が経ち、気づけば——
水を入れたコップをこぼさずに持ち上げる。
紙切れを宙でくるくる回す。
机に積んだ教本を1冊だけ引き抜く。
そういう繊細なことまでできるようになっていた。
「すごいじゃない! 器用になったね」
パールが手を叩き、デーネが頷く。
レグはといえば、腕を組んで神妙な顔で言った。
「ウルス……お前、もしかして……俺より器用なんじゃないか……?」
「……いや最初からそうだろ」
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半年。
神力はまだ“青”のまま。
だけど、最初の頃みたいに暴走して机を吹っ飛ばすことはもうなかった。
力を出すのも、抑えるのも、少しずつ僕の意思でできるようになっていた。
目を閉じると、掌の中に灯る青い光が、心臓の鼓動と同じリズムで脈打っている。
その穏やかな波を感じられるようになっただけで、胸がじんわり温かくなる。
——僕は確かに、少しずつ強くなっている。