第19話:日常回・カオン王国散策
僕たちは、その日、久しぶりに授業も訓練もない休みを手に入れた。
目的地はクロカ王国北側——武具職人の街。
街の門をくぐった瞬間、僕は思わず足を止めた。
そこは、まるで武器と防具の祭典だった。
石畳の道の両脇に、鎧や剣がずらりと並ぶ。
大きな槍、きらめく剣、背丈ほどもある盾、鉄の籠手や鎖帷子。
道を歩くだけで鉄の匂いが鼻をつく。
金属を打つ音が、あちこちの鍛冶場から響き渡っていた。
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「すごい……!」
パールが目を輝かせて駆け寄る。
ショーウィンドウに飾られていたのは、銀細工のように美しい細身の剣。
鍔には宝石が埋め込まれていて、刃が光を反射して虹色に輝いていた。
「これ、私に似合うと思わない?」
「うん、確かに似合うけど……値札見た?」
「え?」
パールが値札をのぞいた瞬間、固まった。
——金貨50枚。
僕はそっと言った。
「それ、僕らが半年間食費を節約しても買えないよ」
パールの肩がガクンと落ちた。
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一方、レグは大剣の並ぶコーナーで立ち止まっていた。
分厚い刃を握りしめ、振りかぶる仕草をしてみせる。
「悪くねぇ……でも、やっぱり俺には必要ないな」
「なんでだよ。カッコいいじゃん」僕は思わず口を挟む。
「拳が最強だ」
「またそれ……」
レグは本気の顔で頷いた。
「剣は折れるが、拳は折れても治る。だから拳が最強だ!」
「……いや、折れる時点で最強じゃないだろ」
横でパールが笑っていた。
「でも、レグが剣なんて持ったら確かに似合わないわね」
「おい! 褒めてるのか貶してるのかはっきりしろ!」
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そんなやりとりをしていると、ひとりの職人が声をかけてきた。
髭をたくわえた大男で、エプロンには煤の跡がびっしりついている。
「坊主たち、目が肥えてるな」
「い、いや、僕らまだ学生で……」
職人は豪快に笑った。
「だろうな! けどよ、いい武器は高い。
本気で欲しいなら、ゲーリュ団に入るんだな。あそこに入れば、武具も支給される。
その上、金も入る。立派な武器を持つ資格も手に入る」
パールと僕は目を合わせた。
職人の言葉が、ずしりと心に残った。
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職人と別れ、僕らはさらに街を歩いた。
北側はとにかく屈強な男たちが多い。
裸同然で筋肉を晒しながらハンマーを振るう職人、
真っ赤に焼けた鉄を川に突っ込んでジュッと蒸気を上げる鍛冶場、
路地裏には少年が木刀を振っていて、その音が金属の響きと混ざり合う。
日差しは鋭く、街全体が金属の熱を反射していた。
僕の額から汗が流れ落ちる。
でも、なぜか心は高揚していた。
パールはまだ宝石の剣に未練があるみたいで、
時々振り返っては「いつか絶対買うから」と呟いていた。
レグは拳を握りしめ、
「鍛冶場の空気を吸うだけで、俺の拳が強くなる気がする!」と真顔で言っていた。
デーネはそんな僕らを見て、呆れたように言った。
「結局、みんな同じよ。ゲーリュ団に入らなきゃ何も手に入らない」
その言葉に僕は深く頷いた。
剣も、防具も、そして“真実”も。
全部、ゲーリュ団に入らなければ届かない。
北の街の喧騒の中で、僕は改めて心に誓った。
——絶対に、ゲーリュ団に入ってやる。
***
北側の街を歩き尽くした僕たちは、今度は西側へと足を向けた。
そこは「上級ウェズダ族」が暮らす高級住宅街。
門をくぐった瞬間、空気が変わった。
石畳は北側よりもさらに磨かれ、建物はどれも石造り。
ただし窓はやたら小さい。陽の光を拒むみたいに閉ざされていて、全体がどこか陰気な印象だった。
痩せ細った体、猫背気味の姿勢。すれ違う住民たちは皆、ゆっくりと歩きながら、僕らをじろじろと眺めてくる。
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「おや、子供か」
道端で立ち止まっていた初老のウェズダ族が、細い目を僕らに向けた。
その声には露骨な見下しが混じっていた。
「君たち、学生かね? 随分と平民らしい顔立ちだ」
パールが即座に眉をひそめた。
「顔立ちに平民とかあるんですか」
「もちろんあるとも。骨格の気高さが違うのだよ」
……いや、猫背の人に骨格語られても説得力ないんだけど。
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歩けば歩くほど、石の建物が続く。
門柱の先には高い塀、塀の上には鉄の柵。
まるで「ここから先は入ってくるな」と言わんばかりだ。
装飾は細かく、家の玄関には彫刻された紋章。
けれどどれも閉ざされていて、人の気配は薄い。
——生活の匂いがしない街だった。
⸻
さらに進むと、通りの真ん中で子供たちが遊んでいた。
僕らが近づくと、その子供たちはぴたりと動きを止める。
「ねぇ見て、お客さんだ」
「本当に? ……でも、ちょっと田舎っぽくない?」
子供の声は素直すぎて刺さる。
パールは笑顔で近づき、しゃがんで言った。
「こんにちは。遊んでるの?」
「……あなた、髪が派手ね。庶民のくせに」
にっこり笑っていたパールの頬がピクついた。
「ふーん。じゃあ、この庶民の“派手髪”に勝てるくらい、あんたたち速く走れる?」
「えっ?」
次の瞬間、パールは子供たちを相手に全力疾走。
——もちろん圧勝。
子供たちはぽかんと口を開けて、その場に立ち尽くしていた。
「庶民、強い」
その一言にパールがドヤ顔を浮かべた。
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「……でも、やっぱり嫌な雰囲気ね」
横でデーネが小声で呟いた。
「この街、全部が“閉ざす”ための造り。窓も小さいし、塀も高い。
彼らはきっと、外の人間を拒絶して生きてる」
確かにそうだ。
北の街が「開いて、作って、鍛える街」だったとすれば、西の街は「閉じて、隠して、威張る街」だった。
⸻
すれ違う人のほとんどが、鼻で笑うように僕らを見てくる。
北の街では「お前たちも頑張れよ」と声をかけられたけれど、ここでは逆。
僕は胸の奥がチリチリと焼けるみたいに熱くなった。
……ゲーリュ団に入ったら、こういう人たちにも頭を下げさせられるのだろうか。
そう考えながら、石造りの街を後にした。
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