第193話:VS竜族③
ガラスみたいな破片が舞ったのに、危ない感じがしない。
白い光が、破片ひとつひとつを柔らかい粉みたいにほどいて、空気に溶かしていく。
そして、白い影が外に出た。
神獣ユニコーンは、思ってたより大きかった。
足が床に触れた瞬間、石がほっと息を吐いたみたいに見えた。
でも――立ってるのに、ふらついてる。
鎖が外れても、もう長いことアヌンの心臓として使われてきたんだ。
生き物なのに、機械みたいに回されて、揺らされて、止められないまま。
「……」
僕は言葉が出なかった。
目が合う。
白い瞳。怒りも殺意もない。
ただ、ものすごく疲れてるのに、それでも折れてない目。
胸の奥が、勝手にほどけた。
その瞬間――地面が、ぐらりと沈んだ。
「っ、うわ!?」
どくん。
鼓動が一拍だけ遅れる。
今までアヌンのために無理やり回してた都合の鼓動が、止まりかけてる。
「まずい!」
サーディさんが叫んだ。さっきまでのビビってた声じゃない。必死の声だ。
「封印が外れた瞬間、人工山の安定が――!」
「安定? 笑わせんな」
ノウが吐き捨てる。
「こいつを苦しませて作った安定だろ。そんなもん、壊れていい」
グギャャャャーー!
親玉が吠えた。
炎が、さっきよりも荒い。
細かい火の粉じゃない。全部を焼き尽くせっていう意志が入った塊が飛んでくる。
「来る!」
レグが前に出る。
「神獣に当てさせんな!!」
僕も反射で動こうとして――でも動けなかった。ユニコーンが、僕の前に一歩出たから。
角が、ゆっくりと光る。
白い光が膜になって広がり、炎が触れた瞬間、ふっと形を失った。
火は消えてない。
でも、攻撃じゃなくなる。ただの熱い空気になって、上へ逃げていく。
「……おい、こいつ守ってるぜ」
レグが呟いた。
その声に、僕の中の記憶が勝手に引きずり出された。
暗い棚。
埃の匂い。
紙の端っこに引かれた赤線。
使用禁止記録庫で見た、あの一文。
――『神獣は、敵ではない』
そして、その文字の隣にあった、もっと嫌な余白。
“敵にしたのは誰だ”って、余白が言ってた。
「……やっぱり」
声が漏れた。
「授業で習ったの、全部……」
頭の中で、ラプラス神力学校の教室がよぎる。
黒板。教科書。先生の声。
神獣は外から来た敵。
英雄ゲルリオンが討った。
僕らは守られた。
――違う。
守られてたんじゃない。
閉じ込められてた。
僕らの世界そのものが、都合で作り直されてた。
ユニコーンがここにいる。
生きて、苦しんで、支えてる。
それだけで、答えは出る。
僕は結晶の破片が消えていく床を見た。
鎖の跡。
刻印の輪。
人が作った仕組み。
誰かが、神獣を敵にして、捕まえて、使って、歴史まで塗り替えた。
そしてその誰かの匂いを――僕は知ってる。
炎。
竜族。
親玉がもう一度吠えた。
まだ諦めてないのか。
炎が膨らむ。さっきよりも一段と大きい。
今度はユニコーンじゃなく、僕を狙ってくる。僕の手首――バングルを見てる。
「……分かりやすいな」
ノウが笑った。
「お前、俺らじゃなく鍵潰しに来てんだろ? 気に入った。正直で」
「気に入ってんじゃねぇよ!」
レグが叫びながら、親玉の足元へ滑り込む。
翼でも尾でもない、身体の中心へ。
「でかい奴は、倒すんじゃなくて一旦崩す!!」
レグが地面を蹴って体当たりする。
親玉の体勢が一瞬だけずれた。
その隙に、ノウが行く。
「おい、竜」
ノウが親玉の顔面へ飛び込む。
拳に冷気を纏って、炎の源の喉元を狙う。
「今から俺が命令を上書きしてやる」
バキッ。
凍る音。
親玉の喉元が白く固まり、炎が途中で詰まるみたいに止まった。
「――っ、効いてる!」
僕は叫んだ。
でも親玉は倒れない。
凍ったまま、爪を振り上げてくる。
僕は、動いた。
土台からは離れた。輪は止まってる。
今は、守る番だ。
ユニコーンはまだ立ってる。
ふらついてる。
でも、角の光は消えてない。
「ユニコーン!」
僕は叫ぶ。
「……味方でいてくれるなら、僕も味方になる! 今度は僕らが守る!」
返事は言葉じゃない。
でも、白い瞳が一瞬だけ柔らかくなる。何でかは分からないけど、この場で僕だけがユニコーンと意思の疎通ができているみたいだ。
僕は神力を刀に纏って、前に出た。
振り下ろされた親玉の爪を受ける。
ガンッ、と腕が痺れる。
骨まで響く。でも、折れない。
「……っ、重っ……!」
でも、思った。
この重さは、今までずっとユニコーンが受けてた重さだ。
それを見て、僕が逃げるわけない。
「ウルス!」
レグが叫ぶ。
「押せるなら、押せ!!」
「分かってる!!」
僕は神力を押す形に変える。
切れない。凍らせられない。
でも、押せる。
「――はああっ!!」
親玉の爪が押し返され、体がよろける。
その瞬間、ユニコーンの角がゆっくり親玉へと向き、白い光が走る。
これは攻撃じゃない。鎮める光。
親玉の炎が、完全に萎む。
目の光が揺れる。まるで命令の糸を引きちぎられたみたいに。
「……!」
サーディさんが、震えながらも言った。
「神獣は……敵じゃない……のか」
僕は息を吐いた。
「うん。敵じゃない」
そして、顔を上げる。
「敵にした奴がいるだけ」
この先に何があるのか。
誰が“英雄”で、誰が“悪”なのか。
もう、授業の文字は信じない。
目の前の現実の方を信じる。
ユニコーンが、ふらつきながら一歩進む。
その足跡に、白い光が残った。
床のひびが、ほんの少しだけ塞がる。
癒し。循環。
それを敵って呼ぶ世界が、どれだけ歪んでたか。
今、やっと分かる。
ノウが親玉の顎を掴んで、ぐっと持ち上げた。
「聞けよ、竜」
ノウの笑い方が、怖いくらい楽しそうだ。
「お前らが守ってた都合は終わりだ。――次は、こっちの都合で動け」
親玉が呻く。
そして、僕はユニコーンを見た。
封印が解けた今が、始まりだ。
歴史が嘘なら、これから作るのは――僕らの、本当の記録だ。




