第17話:乱入者
記録庫から出た僕たちは、図書室の奥の机に集まって戦利品を広げた。
竜の紋章が刻まれた鉄板。
焦げ跡のある紙片。
そして古びた地図の断片。
「……やっぱり、普通の禁止本じゃない」
デーネが低い声で言った。瞳がぎらりと光っている。
「この地図、外壁南門のあたりを指してる気がするわ」
パールが指先で示す。
「“影”の印もあるし……絶対何かある」
僕の背中にじわりと汗が滲む。
そう、秘密の匂いがする。まるで真実の扉をノックしているみたいな。
けど——その扉は、僕らじゃなくて別の奴らに開かれそうだった。
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「……おい。何やってんだ?」
声が飛んできた。
振り返ると、クラスの不良コンビ、ガルドとミロが立っていた。
腕を組み、にやにや笑いながら近づいてくる。
「へぇ〜? 記録庫に忍び込んだのか? 面白ぇじゃん」
「なっ……! 声大きい!」
僕は慌てて口元を押さえるけど、もう遅い。
周囲の生徒がざわつき始める。
「え、記録庫? あの禁書庫に?」
「やば……停学案件じゃね?」
デーネの顔が一瞬で真っ青になった。
「しっ……静かにして!」
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「……なるほど」
パールが、にっこり笑った。
「じゃあガルドとミロ、あなたたちも“共犯”ってことでいいわね」
「は?」
「ここで黙ってくれたら、誰にも言わない。言ったら……あなたたちも同罪」
教室の空気が一瞬で凍りつく。
脅しだ。完全に脅しだ。
「お、おい……!」僕は慌てて袖を引っ張る。
「それ脅迫だから! 普通に犯罪だから!」
「黙ってなさい、ウルス。これは交渉術よ」
パールの目が本気だった。
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だが相手も黙ってはいなかった。
ガルドは鼻で笑い、机をドンと叩いた。
「面白ぇな。なら試してみろよ。俺らの口が軽いかどうか!」
ミロも乗っかる。
「せっかくだから賭けようぜ。俺らが勝ったら、その地図と鉄板は俺たちのもん」
「負けたら——お前らのこと、先生に言いふらしてやる」
完全に詰んだ。
秘密を追求するどころじゃない。今度は「口封じのための勝負」に巻き込まれた。
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真実に近づけると思ったのに。
やっと“南門の影”の謎に触れられると思ったのに。
どうして僕の人生、こうも「余計なトラブル」ばかり増えていくんだろう。
——でももう、逃げられない。
ガルドとミロの挑発的な笑みを前に、僕らは互いに顔を見合わせた。
次の瞬間、パールが小さく笑った。
「……いいわ。受けて立ちましょう」
デーネがため息をつき、僕は胃を押さえた。
そしてレグだけが、よく分からない闘志を燃やしていた。
「やっと面白くなってきたな!」
——秘密どころじゃない。次は、僕らの“生徒同士の戦い”が始まる。
「じゃあ——どんな勝負にする?」
ガルドが不敵に笑った。
「殴り合いか? 神力の見せ合いか?」
「それとも……度胸試しか?」
物騒な候補ばかりだ。
僕は即座に両手を振った。
「無理! どれも死ぬから無理!」
だがパールはすでに腕を組み、涼しい顔をしていた。
「それなら簡単でいいわ。——“記憶勝負”」
「記憶勝負?」僕は思わず聞き返す。
「ええ、朗読会で習った教典。あれを暗唱するのよ。間違えた方が負け」
ざわ……っとクラスが騒ぐ。
さっきの朗読会の記憶がまだ新しいせいで、全員が注目していた。
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気がつけば僕らは机をどけて輪の中心に立たされていた。
観客はクラス全員。
完全に公開処刑だ。
「じゃあ、先攻はお前らだ」
ガルドが腕を組み、余裕たっぷりに笑った。
パールがデーネをちらっと見る。
デーネは眼鏡をくいっと上げ、小声でささやいた。
「昨日教えた暗記法、覚えてる?」
「……“ゲ・ル・リ・オ・ン! 七匹どん!”だろ。忘れるわけない」
「そう、それ」
そう言われても……観客の前で叫ぶのか、これを?
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「英雄ゲ・ル・リ・オ・ン! 守った七匹どん!」
……叫んだ。
教室中が大爆笑した。
「七匹どんて何だよ!」「盆踊りかよ!」
耳まで赤くなった僕は、その場で消えたくなった。
しかし、デーネがすかさず続く。
「星を照らした七匹どん! 影を祓った七匹どん!」
リズムに乗せて流れるように続く。
なぜか合いの手を入れるパール。
「はい、どん! はい、どん!」
……どんどん盆踊り感が増していく。
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「くっ……笑わせやがって……!」
ガルドは顔を真っ赤にしつつ、強引に声を張った。
「英雄ゲルリオンは——星を守りし勇者なり!」
一応、正しい。
ただ、淡々としすぎて観客からは拍手も笑いも起きなかった。
「おいミロ! お前も続けろ!」
「お、おう!」
ミロは緊張で声を裏返しながら、続ける。
「その力は……七匹の……どん!」
「お前もどん言うんかい!」
教室が揺れるほど爆笑。
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勝負はもう決まったようなものだった。
先生まで覗きに来て、状況を見て一言。
「……バカすぎて不問にする」
ガルドとミロは顔を真っ赤にして退散。
僕らはなんとか“口止め”に成功したのだった。