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第192話:VS竜族②

 鎖の刻印が、白く――強く――脈打つ。


 その光に引っ張られるみたいに、僕の神力も土台へ流れていく。

 バングルが熱い。怒りじゃない。焦りでもない。間に合えっていう熱だ。


 どくん。

 どくん。


 ユニコーンの鼓動と僕の鼓動が、また一拍重なる。


 その瞬間、通路の奥の親玉が動いた。


 竜族の群れとは違う。

 歩くだけで空気が焼ける。足音がする前に、熱が先に来る。


「……うわ」


 喉の奥が一気に乾いた。

 呼吸したくない。でも呼吸しないと死ぬ。


 親玉が口を開く。

 赤い光が喉の奥で渦巻き、床の石がじわっと赤くなった。


「――来る!」


 レグが叫ぶ。


 ノウは笑って、前に出た。

 笑い方がもう、戦う前の王様のそれだ。


「おい、でかいの」


 ノウが指を鳴らす。


「こっちは今忙しい。燃やすなら順番待て」


 親玉の目が、ノウに向く。

 その視線だけで背中がぞわっとした。


 次の瞬間。


 炎が、柱みたいに落ちてきた。


 ごうっ――!!


 空間全部が赤くなる。

 熱が皮膚を刺し、耳の中がじりじりする。


「ノウ!!」


 僕が叫んだ瞬間、ノウの神力が冷気みたいに広がった。

 炎の芯にぶつけて、ねじ伏せる。


 ――でも、消えない。


 親玉の炎は、ただ熱いだけじゃない。燃え続けろって意志が入ってるみたいに、冷やしてもまた燃える。


「……っ、しつけぇ!」


 ノウが舌打ちして、炎の柱を横にずらした。

 結晶の方へ行かせないために、身体ごと押し込んで流れを変える。


「レグ! 翼の根元だ!」

「了解!!」


 レグが走って親玉の背後へ回り込もうとする。でも――


 親玉の尾が唸った。


 ブン、と音がして、レグの体が壁に叩きつけられそうになる。


「っ……!」


 レグが壁ギリギリで踏ん張って止まった。


 あのレグが真正面からぶっ飛ばされるのなんて初めて見た。


「おいおい……化け物だろこいつ!」


 レグが笑った。でも痛みを笑いで誤魔化してるって顔だ。


「強くて最高!……じゃねぇ!」


 叫びながら、レグはまた踏み込んだ。


 僕も戦いたい。でも土台から手を離せない。くそっ、こんなピンチなのに二人の戦いを見守ることしかできないなんて。こういう時、操作系の神力をもっと鍛えておけばよかったって思う。


 なんて考えていると、親玉の視線が一瞬だけ僕を見た。


 ――違う。


 見てるのは僕じゃない。


 僕の手。

 土台。

 白く光る刻印。


 親玉の目的は最初から一つだ。


 神獣ユニコーンを解かせない。ただそれだけだ。


「……くそ」


 僕は歯を食いしばる。


 炎がもう一度、今度は結晶へ向けて伸びた。

 ノウがそれを体で遮る。


「おいっ!!」


 ノウの肩口が焼けて、服が焦げる匂いがした。


「ノウ、燃えてる!!」

「うるせぇ! 燃えるなら燃えろ! 俺は通さねぇ!!」


 暴君すぎる。

 でもその背中が、今は盾そのものだった。


 サーディさんが壁際で、声にならない声を出してる。

 怖いのに、目だけは必死に土台を見ていた。


「……文字が……また……!」


 サーディさんが指をさす。


 土台の神代文字が、白く光るだけじゃなく、何かの儀式が始まるみたいに順番に回り始めてる。


「それ……回路だ……! 神獣を繋いでる……中心の輪……!」


 中心の輪。


 僕の頭に、父さんが書いたメモが浮かんでくる。


 【光量変動と発症率の重ね書き】

 【光そのものより、人間側の都合】

 【星そのものの病は――心が揺れについていけない病】


 この封印は、都合で作られた。

 都合で回してる。


 だったら、都合を止めればいい。


「……ユニコーン」


 僕は結晶の中へ呼びかける。


「僕が都合を止める。だから――一緒に息を合わせて」


 返事は言葉じゃない。

 でも鼓動が、僕の鼓動に寄ってくる。


 どくん。

 どくん。


 同じテンポ。

 同じ揺れ。


 その瞬間、白い光が強くなって、結晶の表面のひびが一気に広がった。


「……やばっ」


 レグが叫ぶ。


「割れる!!」

「割っていい!!」


 ノウが怒鳴った。


「割れるなら割れろ! そのためにここまで来たんだろ!!」


 親玉が咆哮した。

 炎が増して、空間が焼け落ちそうになる。


 でも、ユニコーンの角が、結晶の内側からまっすぐ天井へ向いた。


 白い光が、槍みたいに伸びた。

 炎が、その光に触れた瞬間――薄くなった。


 ノウの冷気でも冷ませなかった炎が嘘みたいに小さくなってく。

 やがて、炎は意志が抜けたみたいに萎んで消えていった。


 親玉が一瞬だけ怯んだ。


「今だ!」


 ノウが踏み込む。

 長槍を投げ捨て、親玉の胸へと体ごと体当たりして位置をずらし、結晶への射線を切る。


「炎を出せないテメェはもう怖くねぇなぁ!!」


 ノウが笑う。

 笑いながら、親玉の顎を掴んだ。


「顔上げろ。――俺の前で下向くな」


 バキッ。


 凍った音がした。

 ノウの冷気が親玉の顎の下に入り、瞬間的に固めて動きを止めた。


「レグ! 今!」

「おう!!」


 レグが走った。

 翼の付け根――じゃない。親玉の背中、鱗の隙間に手を突っ込む。


 そして、掴む。


「……ここだろ!!」


 レグが引きちぎるように引いた。


 ズルッ、と嫌な音。

 鱗の内側から、赤く光る芯みたいなものが覗いた。


 きっとこれが親玉の炎の源。


「ウルス!!」


 レグが叫ぶ。


「押せ!! 今なら通る!!」


 僕は土台から手を離さないまま、神力を前へ押し出した。


 神力を押す。押し潰す。

 神力の細かい操作は苦手だ。でも――押すことならできる。


「――はああっ!!」


 紫の神力が親玉の芯にぶつかる。赤い光が揺らいで、炎が一瞬、途切れた。


 親玉がよろける。


 その瞬間。土台の刻印が、白く一斉に揃った。


 カチン。


 重い音。

 鎖がもう一本、外れた。


「……!」


 結晶の中で、ユニコーンが大きく息を吐いた。


 白い霧が逆流し、結晶の外へ溢れる。

 でもそれは冷たい霧じゃない。あたたかい。


 胸の奥が、すうっと軽くなる霧。


 ユニコーンの角が、僕の方へ傾いた。


 ――もう少し。


 そう言っているような気がした。何か言葉を発してるわけじゃない。でも、何となくだけど意味だけが届く。


 でも、そのもう少しの前に、親玉が吠えた。


 炎が戻る。

 今度は乱れてる。怒りが強い。


「……っ、まだ動くのかよ!」


 レグが舌打ちする。


 ノウが肩を回した。


「動くなら、動けなくするだけだろ」


 ノウの目が、僕の手元を見る。

 土台の凹み。白い刻印。回る輪。


「ウルス」


 ノウが言った。


「その輪を止めろ。回ってる限り、封印は都合で戻る」

「止めるって……どうやって!?」

「知らねぇ」


 ノウが笑った。


「でもお前、さっきから呼べるんだろ。なら、止まれって呼べ」


 暴君のアドバイス、雑なのに刺さる。


 僕は息を吸って、土台へ神力を流しながら、結晶の中へ呼びかけた。


「ユニコーン……止めるって、どうする?」


 返事は言葉じゃない。


 でも、鼓動が一拍だけ強くなって――僕のバングルが、内側からカチッと鳴った。


 手首の金属が、ほんの僅かに形を変える。

 バングルの模様が、土台の輪と同じ形になった。


「……え」


 サーディさんが息を呑む。


「それは……接続……鍵……!」


 鍵は外じゃない。ここで呼べ。


 父さんの箱の鍵じゃない。

 僕の手首のこれが鍵だった。


 僕は、バングルを土台の凹みに――押し当てた。


 白い光が、爆ぜた。


 熱も痛みもない。

 ただ、世界の揺れが、一瞬だけ止まった。


 どくん。


 鼓動が、静かに深く鳴る。


 輪が――止まった。


 親玉の炎が、ふっと弱まる。

 竜族たちの動きが、まるで糸が切れたみたいに鈍る。


「……っ、効いた!」


 レグが叫ぶ。


 ノウが笑った。


「ほらな。お前、やっぱ鍵向きだわ」


 結晶のひびが、一気に広がっていく。


 パキ……パキ……。


 僕は息を止めた。


 割れる。


 でも、それは壊れる音じゃない。

 閉じ込めてた殻が、開く音だ。


 結晶の中で、ユニコーンが、ゆっくりと立ち上がった。


 白い肢体。

 一本の角。

 痛みを抱えたままの目。


 それでも、まっすぐ。


 ――外へ。


 意味だけが届いた。


 次の瞬間、結晶が――砕けた。

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