第191話:VS竜族①
鎖の刻印が、赤じゃなく白く光った。
それだけで空気が変わる。熱でも冷気でもない、圧が増した。骨の奥にまで届く、静かな重さみたいな感じ。
どくん。
どくん。
鼓動が、僕の胸の中と同じテンポになってる。
「……っ」
息が詰まる。怖いからじゃない。繋がったって感じが、強すぎるからだ。
その瞬間、通路の奥で炎が爆ぜた。
ごうっ――!
赤い光が、霧の残りを全部焼き払ってくる。
迫り来る竜族が、さっきより多い。さっきより速い。さっきより殺す気だ。
「来た来た来た!」
レグが笑った。笑うしかないって顔で。
「こいつら今度は数で押してくる気かよ!」
「これだけの数、俺の冷気でも全部は無理かもしれねぇな」
そう言いながらも、ノウが前に出る。
立ち方がもう喧嘩の王様だ。
「ここから先は通行止めだ。勝手に燃やすな。勝手に近づくな。――俺の前でな」
竜族が一斉に口元を赤く光らせる。
これはやばい気がする。さっきまでとは桁が違う。
僕は反射で身構える。
でも、炎が出るより先に――白い光が、ふわっと広がった。
結晶の前の暑苦しい空気が、薄い膜みたいに揺れる。熱が真っ直ぐ刺さってこない。
「……うそ」
声が漏れた。
ユニコーンの角が、結晶の内側で淡く光っている。封印されたままなのに、僕らを守ってるみたいに。
「見たか」
ノウが歯を見せて笑う。
「やっぱこいつ、敵じゃねぇ。味方だ。……俺らを熱から守ってる」
ノウが踏み込んだ。
ドン、と床が鳴る。
でも、さっきみたいに揺らさない。重いのに、静かな踏み込み。
竜族の爪を、長槍で受ける。受けて、そのまま押し返す。
「邪魔すんなっつってんだろ!!」
狙い澄ましたノウの長槍が、鱗の継ぎ目に入った。
バキッ、と嫌な音が響き渡る。
竜族が呻いて倒れた瞬間、別の個体が炎を吐く。
「ウルス!」
レグが叫ぶ。
「後ろ!」
僕は結晶の土台の凹みに手を置いたまま、体だけ捻る。
神力を纏う。
炎を受ける準備。
でも――
炎が当たる直前、バングルが熱く脈打って、土台の神代文字が白に揃った。
パチン、と小さな音がした。鎖の一本が、ほんの少しだけ緩む。
「……!」
結晶の中のユニコーンが、苦しそうに息を吐いたように見えた。
次の瞬間、炎が僕の前で薄まった。
熱いのに、痛くない。
燃えるのに、焼けない。
まるで火の熱の部分だけを抜かれたみたいに。
「……すご」
レグが呟く。
「封印されてんのに、こんなことできんのかよ」
「できるから封印されてんだろ」
ノウが吐き捨てるみたいに言う。
サーディさんが壁際で震えながら、必死に結晶の根元を見ていた。
さっきまでビビってたのに、今は怖いまま仕事してる顔になってる。
「……土台の文字……」
サーディさんがかすれた声を出す。
「それ……呼び名だ……」
「呼び名?」
僕が聞き返すと、サーディさんは唇を噛んで頷いた。
「神獣を動かすための……名だ……! 儀式用の、神代の……!」
「読めるの!?」
僕が叫ぶと、サーディさんは首を横に振った。
「全部は……だが、分かる部分がある……!」
サーディさんが、指で文字の一部をなぞる。
震えてる指先が、白い光に照らされて見えた。
「……循環……癒し……それから……」
そこで言葉が詰まる。
通路の奥から、竜族がまとめて突っ込んできた。
「うおっ!」
レグが飛び出す。
正面からまともに受けないように斜めに入り、翼を掴んで進路をずらす。
「こっち来んな! 結晶に当てんな!!」
レグの体重移動がうまい。
でもきっとレグは理屈とか考えずに、本能で動いているんだろう。
竜族が壁にぶつかりそうになるのを、ギリギリで止めて、床に滑らせる。
「レグ、ナイス!」
「ありがとよ。でも褒めるなら後! 今忙しい!!」
ノウは、竜族の群れの中に割って入った。
「まとめて来いよ!」
長槍をぶん回しながら体ごと突っ込んで、押し込んで、位置をずらしていく。
まるで陣形を崩すみたいに、竜族の群れをバラけさせる。
「ここは狭ぇんだよ!」
ノウが笑う。
「燃やしたいなら外でやれ! ここじゃ俺が先に殴る!!」
暴君の理屈すぎる。
でも、今はそれが正解だった。
僕は結晶の土台から手を離せない。
離したら、白い光が弱まる気がするから。
だから僕は、動かないまま押す。
神力を、土台へ流す。
どくん。
どくん。
ユニコーンの鼓動と、僕の鼓動と、バングルの熱が、少しずつ揃っていく。
サーディさんが、叫ぶみたいに言った。
「……解き放て……だ! 最後は……解き放て!」
「解き放て……!」
僕はそのまま、白い光の中で言葉を形にする。
「解き放て! ……ユニコーン!」
そう叫んだ瞬間。鎖の刻印が、赤と白の間で揺れて――白になった。
ガチン、と重い音がした。鎖の一本が、はっきりと外れた。
「……っ!」
結晶の中で、ユニコーンが大きく息を吸った。
角が、これまでの比じゃないくらい光る。
痛いくらい眩しいのに、目を逸らしたくない。
同時に、竜族たちの動きが一瞬止まった。
炎が揺らぐ。
まるで命令が途切れたみたいに。
「……効いてるぞ」
レグが息を呑む。
「ウルス、もっとだ!」
「うん……!」
僕は、もう一度土台に神力を流そうとして――背筋が凍った。
通路の奥から、さっきまでと格が違う気配が来る。
重い。
熱い。
でも、ただ熱いんじゃない。炎そのものが意思を持ってる感じ。
赤い光の中に、影が立った。
他より一回り大きい。
鱗が黒に近い赤で、目がまるで溶けた金属みたいに光っている。
「……番人の親玉かよ」
ノウが楽しそうに言った。楽しそうなのが怖い。
その竜族が、結晶を見た。ユニコーンを見た。そして――僕を見た。
次の瞬間、空気が燃える前の音を出した。
パキ、パキ、と乾いた音。
熱が、呼吸の中に入り込んでくる。
サーディさんが震える声で叫ぶ。
「だめだ……! そいつの炎は……ここを……!」
ノウが前に出て、肩を鳴らした。
「いいねぇ。やっと本命か」
レグが唾を飲み込んだ。
「ウルス、土台から離れるなよ。なんかわかんねぇけど、このユニコーンとか言うやつ、お前と息ぴったりだ。ここまで来たら、あと一歩。この親玉もぶちのめすぞ」
「……うん」
僕はバングルを握った。
白い光の熱。怒りの熱。悔しさの熱。
結晶の中のユニコーンが、僕を見ている。
――まだ、間に合う。
その意味が、今は分かる。
僕は息を吸って、土台にもう一度、神力を流し込んだ。
鎖の刻印が、白く――強く――脈打つ。




