第190話:共鳴
竜族の群れが炎を纏って迫ってくる。
さっき倒した兵とは違う。
降りてきたやつらは、目がちゃんとこっちを見ていた。
止めるためじゃない。
――潰すための目。
ごう、と炎が床を舐めた。白い霧が一瞬で消えて、代わりに焼けた石の匂いが広がる。
「……熱っ」
息を吸っただけで喉が痛い。
結晶の中のユニコーンが、ほんの僅かに身を震わせた。
鎖の刻印が赤く点滅する。
どくん。
どくん。
鼓動が速い。
僕らの戦いの音に反応してるみたいに。
「封印の前で火遊びすんな!」
ノウが怒鳴った。
「レグ! 正面に立つな、焼かれたいのか! ウルス、お前は結晶から離れすぎるな! 守る範囲を決めろ!」
「守る範囲……!」
僕は一瞬だけ結晶を見上げる。
鎖が張り巡らされ、光の溝が吸い込まれていく中心。
ここを壊されるわけにはいかない。
でも、ここで戦えば封印が傷つく。
――じゃあ。
「……僕が壁になる」
口に出した瞬間、自分でも怖くなった。
「ウルス?」
レグが振り返る。
「封印に近づけさせない。結晶に当たる前に、僕が受ける」
「バカ言うな!」
レグが叫ぶ。
「当たったら燃えるぞ! お前、焼けたら終わりだろ!」
「終わらないように、神力纏うんだよ!」
僕は左手で右手のバングルをそっと握り、全身に神力を回す。
皮膚の上に、見えない膜が一枚できる感じ。
熱さを外側で止める。うん。僕ならできる。
ノウがにやっと笑った。
「いいねぇ。そういう無茶、嫌いじゃねぇ」
「褒めないでよ!」
「褒めてねぇ。採用しただけだ」
ノウは拳を鳴らしながら前に出る。まるで王様みたいに、堂々と。
「おい、トカゲども」
竜族に向かって、笑いながら言った。
「その封印を守りたいんだろ? だったら俺を止めてみろよ。……できるならな!」
挑発が雑で、強い。
竜族の一体が、翼を広げて跳んだ。
炎が口から吐き出され、空気が真っ赤に染まる。
「来た!」
レグが走る。
でも正面じゃない。
横から回り込み、翼の付け根を狙う。
ガン、と鈍い音。
レグの蹴りが鱗に当たった。火花が散る。
「硬っ……でも、折れる!」
竜族が体勢を崩した瞬間、ノウが腕を伸ばして掴んだ。
――掴んだのは、炎の流れそのものみたいだった。
「熱ぇ? 知らねぇよ」
ノウの神力が冷たく光る。
炎が一瞬、白い霧みたいに鈍って、勢いを失った。
「冷やせば終わりだろ!」
言い切って、ノウが拳を叩き込む。
鱗の継ぎ目。ちょうど肋のように重なった場所。
バキッ。
竜族が呻いて膝をついた。
「……えぐ」
あのレグが引いた声を出す。
「ノウ、ほんとに骨折らせる気で殴ってるだろ」
「折ってる。折らなきゃ止まんねぇだろ」
暴君だ。
でも、今だけはその暴君が味方でよかった。
僕の方にも炎が飛んできた。
「っ……!」
反射で腕を上げる。
神力の膜が熱を受け止めて、皮膚の上で焼ける音がした気がした。
熱い。
でも、痛みはまだ来ない。
「ウルス!」
レグが叫ぶ。
「大丈夫か!?」
「大丈夫……まだ!」
僕は踏ん張る。
結晶の手前。
僕はそこを越えさせない壁。
竜族が二体、同時に迫った。
片方は爪。片方は炎。
「っ……!」
爪を避ける余裕がない。
僕は神力を体に集中させて、前に出た。
ガンッ、と衝撃。
爪が神力の膜に当たり、痺れが骨まで響く。
「うっ……!」
でも、押し返す。
僕が得意なのはこれだ。細かい技じゃない。押し返して、立ち続けること。
「こっち来んな!!」
僕が叫んだ瞬間、バングルが熱く脈打った。
どくん。
どくん。
ユニコーンの鼓動と、ほんの一瞬だけ重なった気がした。
――やめろ。
頭の中に言葉じゃない圧が流れ込む。
結晶の中からじゃない。もっと深い場所から。
封印が、耐えられない。
その瞬間、鎖の刻印が一斉に赤く光った。
「……っ」
空気が重くなる。
胸が押される。
サーディさんが悲鳴みたいな声を出した。
「封印が反応してる! これ以上の衝撃は――!」
「黙れ!」
ノウが怒鳴る。
「言ってる暇あったら、生き残る方法考えろ!」
ノウは飛び上がり、竜族の頭上から落ちるように拳を振り下ろした。
竜族が床に叩きつけられる。
その衝撃で、床が揺れた。
どくん。
鼓動が跳ねる。
結晶のひびが、さっきより増えた。
「ノウ!!」
僕は叫ぶ。
「揺れが……封印が……!」
「分かってる!」
ノウは振り返りもせずに言った。
「じゃあ、揺らさなきゃいいだろ!」
次の瞬間、ノウの動きが変わった。
殴るんじゃなく、踏み込んで――押さえつける。
竜族の首を掴んで壁に叩きつける、じゃない。
壁に当てる寸前で止めて、体重で押し潰す。
「暴れるな。騒ぐな。燃やすな」
低い声。
命令口調。
「ここは俺の前だ。勝手に動くな」
竜族が炎を吐こうとした瞬間、ノウの冷気が口元を覆った。
火が出る前に、凍りつく。
「……っ!」
レグがその隙を逃さない。
翼の根元を掴んで体勢を崩し、関節に蹴りを入れる。
「今だ、ウルス!」
「うん!」
僕は神力を押し出す。
ドン、と空気が鳴る。
竜族の体が後ろへ弾かれ、結晶から距離ができた。
残りの竜族たちが一斉に引いた。
まるで、退く合図でもあったみたいに。
そして、最後に一体だけが、結晶に向けて炎を放とうとする。
「させるか!」
僕は体を投げ出すように前に出た。
炎がぶつかる。
熱が全身を包む。
「――っ!!」
神力の膜が悲鳴を上げて視界が白くなる。
でもその瞬間、結晶の中のユニコーンが、ほんの少しだけ頭を上げた。
角が淡く光る。
白い光が、僕の前に薄い壁みたいに広がった。
熱が、急にやわらいだ。
「……え」
僕の声が漏れる。
光は強くない。
ただ、優しい。
炎を押し返すんじゃない、炎の熱だけを薄めるみたいに。
竜族の炎が、ふっと弱まる。
「……ユニコーン……?」
サーディさんが息を呑んだ。
「封印されているのに……外へ干渉を……!」
僕のバングルが、熱から少し冷える。
怒りじゃない、別の熱。
――助けたい。
そう思った瞬間、ユニコーンの瞳がもう一度、僕を見た。
言葉じゃないのに、意味だけが届く。
――鍵は外ではない。
――ここで、呼べ。
「……呼べ?」
僕が呟くと、ノウが眉を上げた。
「ウルス、何か聞こえたか」
「うん……“鍵は外じゃない。ここで呼べ”って……」
レグが息を吸う。
「ここで呼べ、って何を?」
「分かんない。でも――」
僕は結晶の鎖を見る。
鎖の刻印が、さっきより焦ってるみたいに点滅している。
そして、思い出す。
使用禁止記録庫の文字。
神獣は敵ではない。
敵じゃないのに、封じられて。
敵じゃないのに、番人で囲われて。
全部、改ざんされてた。
だったら、ここで僕がするべきことは――倒すじゃない。解くための一歩だ。
竜族たちが、完全に退いたわけじゃない。
通路の奥、炎の揺らぎの中で、まだ見ている。
まるで、次の波が来るまでの間だけ、時間をくれたみたいに。
「サーディさん!」
僕は叫ぶ。
「この封印、どこが要だと思う!? 鎖? 刻印? 光の溝!?」
「……わ、分からない……!」
サーディさんの声が震える。
「こんなもの、議会でも見たことがない……! ただ……ただ、これは……」
「ただ?」
サーディさんが、結晶の根元を指さした。
霧が薄くなった床。
結晶の土台の中心に、小さな凹みがある。
丸い穴みたいな形。
その縁に、神代文字が刻まれていた。
「……それ……!」
僕の喉が鳴った。
その形。
どこかで見た。
バングルの内側の模様と、同じ“輪”。
そして、父さんの【R.A.】が赤線を引いていた箱。
鍵穴が封印されていた、あの場所の形にも似ていた。
「……ここが口だ」
ノウが低く言う。
「鍵穴じゃねぇ。……接続点だ」
「接続点……」
僕の手が震える。
怖い。
でも、それ以上に、胸の奥が熱い。
ユニコーンの目が、僕を見ている。
――呼べ。
呼べって、たぶん――僕が持ってる神力と、バングルと、僕の意思で。
僕は一歩、結晶へ近づく。
「ウルス!」
レグが手を伸ばしかけて止める。
「無茶するなよ!」
「無茶じゃない……」
僕は息を吸う。
「今までの常識が無茶だったんだ」
足元の鼓動が、もうすぐ真下で鳴ってるみたいに近い。
どくん。
どくん。
僕は結晶の土台にある凹みに、そっと手を伸ばした。
バングルの熱が、一気に刺すように強くなる。
そして――凹みの縁の神代文字が、淡く光った。まるで、僕の手を待ってたみたいに。
次の瞬間、遠くの通路で、炎が大きく揺れた。
竜族が、また来る。
時間がない。
「……ユニコーン」
僕は、結晶の中の白い影に向かって、声にならない声で呼んだ。
「僕が、ここにいる。――聞こえる?」
返事は言葉じゃなかった。
でも、鼓動が一拍だけ、ぴたりと僕の鼓動と重なった。
その瞬間――
鎖の刻印が、赤ではなく、白く光った。
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