第188話:神獣
人工山の中を進むにつれて、空気の味が変わっていってるような気がする。
湿ってるのに乾いてるみたいな、変な感じ。吸い込むたびに胸の奥が遅れて震える。しかも足元からは、ずっと同じ鼓動が響いてる。
どくん。
どくん。
ただ、その鼓動の隙間に――かすかな金属音みたいなものが混じり始めた。
壁に走る光の溝が、呼吸みたいに脈打つ。
人工太陽の光とも違う。もっと“内側”の光。
「……ちょっと止まれ」
ノウが、やけに落ち着いた声で言った。
いつの間にやら、案内役のはずのサーディさんを押し退けて、ノウが先頭に立っていた。
「空気が張った。ヤバいのがいる」
「ヤバいのって言い方……」
「分かりやすいだろ。準備しろ、ウルス。レグ、下がれ。サーディ、お前は壁際で縮こまってろ」
「縮こま――」
文句を言いかけたサーディさんが、曲がり角の向こうから響いた羽音で固まった。
重たい羽音。
風を切る音。
爪が石を引っ掻く音。
何者かが……いる。まさか、こんな地下深くに僕たち以外にも誰かいるというのか!?
その瞬間、僕のバングルが、さっきまでとは違う熱を帯びた。
拒絶でもない。警告でもない。
ただ、はっきりと――警戒。
曲がり角から影が現れる。
「……っ」
息が止まった。
翼。鱗。長い尾。
人より一回り大きいくらいの、兵みたいな姿。
おいおい、ちょっと待ってくれ。魔物は地上にしかいないはずなんじゃなかったのか?なんでこんな地下にいるんだよ。
しかも一体じゃない。三、四……いや、もっと。
でも、様子が変だ。
咆哮しない。
突っ込んでも来ない。
ただ、通路を塞ぐように、円を描いて立っている。
「……僕たちを襲う気はないのか?」
思わず呟くと、ノウが鼻で笑った。
「あるけど、それが目的じゃねぇな。見ろ、目」
魔物の一体がゆっくり一歩前に出る。明らかに威嚇の動き。
でもその目は僕らじゃなく――通路の奥を見ていた。
「これ以上行くな、って顔だ」
ノウが言い切る。
「守ってる……いや、止めてる。封印の番犬ってやつだ」
サーディさんが震える声で言った。
「まさか……人工山の内部に、こんな化け物の管理区域が……」
「は?お前さんたちもこのことは知らなかったのかよ。じゃあ一体誰が?」
ノウが拳を鳴らす。
その瞬間だった。
魔物たちが一斉に動いた。
今度は、はっきり敵意を向けて。って結局襲ってくるのかよ。
「来るぞ!」
レグが叫ぶ。
最初の一体が跳びかかってくる。
ノウは一歩も退かず、真正面から迎え撃った。
「邪魔すんな!!」
鈍い音。
拳が鱗に叩き込まれ、魔物の一体が壁に叩きつけられる。
「ノウ、あんまり暴れないでね。ここ地下だから、崩れたら大変だし」
「大丈夫!任せろ!」
ノウは笑ってた。怖いくらいに。
「これ以上通すなって命令だけで立ってるなら、倒される覚悟も込みだろ。ほら、まとめて来いよ!」
言った直後、別の魔物が左右から襲いかかる。
レグが割り込んだ。
翼を掴み、体重をかけて引き倒す。
魔物の爪が床を削って火花が散った。
「硬い!でも、倒せる!!」
「倒せるっていうか、倒すんだよ!」
僕も神力を刀に纏う。
突っ込んできた魔物の爪を受け止め、全身で弾く。
衝撃で腕が痺れる。でもそこまで強くはない。レグを相手にした時のほうが、よほど怖かった。
次の瞬間、魔物の口元が赤く光った。
「うわっ……!」
熱が空気を裂く。
「……炎!?」
サーディさんが声にならない声を出した。
「そんな……魔物が炎を操るなんて……!」
その一言で、僕の中の何かが“確信”に変わった。
そうだ。
炎は、この世界ではある種族のみが操れると習った。
こいつらはただの魔物じゃない。僕たち人族でも、地上にいる魔族でもない……竜族。
「こいつらはただの魔物じゃない……!」
僕が叫ぶより早く、ノウが前に出た。
「んなぁことはわかってる!こいつらにはあの時と同じ匂いがするっ!」
ノウは炎の中に突っ込んだ。
「は!?ちょ――!!」
「黙って見てろ!」
ノウは自身の全身を冷気で纏い、炎をねじ伏せるように進む。
そして――鱗の継ぎ目へ拳を叩き込んだ。
バキ、と嫌な音。
竜族が呻き、よろける。
「ノウって竜族との相性バッチリなんじゃ?」
「今更気がついたか」
ノウが歯を見せて笑う。
「炎が熱い?知るか。熱いなら冷やすだけだろ!」
暴君すぎる。
でも、その暴君がいま、めちゃくちゃ頼もしい。
レグも炎を避けながら突っ込む。
「うおおお!!」
翼の付け根を掴み、ぶん投げる。
壁に叩きつけられた竜族の炎が一瞬乱れた。
僕はその隙に、神力を押し出す。
「はああっ!!」
衝撃が通路を走る。
炎の流れが崩れ、竜族の体勢が揺らぐ。
「ナイス、ウルス!」
レグが叫ぶ。
「お前、やっぱ押すの上手いな!!」
「褒め方が雑!!」
でも、嬉しい。
サーディさんは壁際でカタカタと震えていた。
完全に腰を抜かしてしまっているようで、動けないようだ。目も完全に泳いでる。
「サーディさん!!」
僕が叫ぶと、サーディさんが震えたまま頷いた。
「う、動け……動け……!」
自分に言い聞かせるみたいに呟いて、ようやく通路の側面に避難した。
そこへ竜族の一体が回り込もうとして、ノウの氷の盾に弾かれた。
「っ……!」
「よし、それでいい!!」
ノウが怒鳴る。
「ビビっててもいい!でも仕事はしろ!死にたくなきゃな!!」
暴君の励まし方って、それなんだ。
最後の竜族が、怒りの咆哮と共に炎を大きくする。
熱が、通路を満たす。
バングルが熱い。
でも、さっきの嫌がる熱じゃない。
これは――怒りだ。
「……行かせたくないんだな」
僕は、息を吐く。
「僕らに見せたくないものが、この先にある」
「その通り!」
ノウが笑う。
「じゃあ見に行くぞ!そういうのが一番面白い!!」
「見たらダメって言われると、余計見たくなるのもんだよなぁ!!」
レグとノウが同時に踏み込む。
拳と蹴りが重なって、鱗を砕く。
竜族が倒れ、炎が散って、最後に残った火がふっと消えた。
静寂が訪れた。
荒い呼吸。
そして、ずっと鳴ってる鼓動。
どくん。
どくん。
さっきより、はっきり近い。
「……正解ルートだったな」
ノウが肩を回す。
「竜族が止めに来る場所なんて、ヤバいに決まってる」
「今までこんなことはなかった。一体何がどうなっているんだ」
サーディさんが震える声で言った。
通路の奥が、ゆっくりと開けていく。
さっきの広間よりさらに下。
光が薄く、代わりに白い霧みたいなものが漂っている。
中心に――それがあった。
巨大な結晶。
無数の鎖。
壁の光の溝が、全部そこへ集まっている。
「……あれ」
胸が、ぎゅっと締めつけられた。
結晶の中に、角のある白い影が見える。
細長い肢体。
額から伸びる一本の角。
眠っているみたいに静かで、でも、苦しそうで。
この姿、見たことがある。これを見たのは教科書の中だ。そう、この星を滅ぼそうとした神獣に関して説明されていたページで、これと同じ姿を見たことがある。
「神獣……」
声が震えた。
「神獣……ユニコーンだ」
サーディさんが、はっきり言った。
「記録にしか残っていない……癒しと循環を司る神獣……」
どくん、どくん、という鼓動が、急に意味を持って聞こえてくる。
「……揺れの正体」
ノウが低く言う。
「こいつの心臓だな」
「封印されて、無理やり機構に組み込まれてる」
レグが歯を食いしばる。
「だから止められない。止めたら星が壊れる」
「でも、このままだと」
僕は、結晶の中のユニコーンを見る。
角が、わずかに震えていた。
助けを求めてるみたいに。
「ユニコーンが壊れる」
バングルが、強く熱を帯びた。
今までで一番、はっきりと。
怒りだった。
「……父さん」
この光景を見たら、父さんは何て言っただろう。
「ノウ」
声が思ったより落ち着いて出た。
「これ、治すとか止めるとかじゃない」
「ああ」
ノウが頷く。
「解放するか、共倒れか。二択だ」
竜族がなぜ立ちはだかったのか。
なぜ人工山が安定を保っていたのか。
全部、ここに繋がっていた。
星を守るために、
星を壊す存在を犠牲にして。
僕は、結晶の前で立ち尽くす。
ここが――人工山の中心部。
そして、星の病の心臓部だった。




