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第187話:人工山へ

 人工山へ向かう通路は、ほかの場所より少しひんやりしていた。

 石の壁に埋め込まれた青白い光は、人工太陽の強さとはまったく違う、冷たくて月みたいな色をしている。


「ここを通るのは、君たちも初めてだろう」


 案内役のサーディさんが言った。


「初めてです。もちろんノウもだよね?」

「当たり前だ」


 ノウは肩を回し、堂々とした歩き方のまま答えた。

 喧嘩腰というより、自信満々で空気を支配してくる感じだ。


「危険区域手前だ。慎重に行く」


 サーディさんが説明するが──


「で、“危険”って何がどう危険なんだ?」


 ノウがわざと遮るように言う。


「光殿、こういう時“説明できない危険”って便利ワード使うよな。具体性ゼロ。信用できねぇ」

「……相変わらず言い方が乱暴だな」

「褒め言葉として受け取っとく」


 サーディさんがため息をつき、レグがニヤっと笑った。

 ノウはとにかく、場の空気を自分のリズムに変える。


 通路は次第に傾斜し始め、足元の石がざらついてくる。

 湿気の多かった空気が、一気に乾いて金属と古い土の匂いを混ぜ始めた。


「この奥が人工山の基礎部だ」


 サーディさんが立ち止まると、ノウが壁を指でコツンと叩いた。


「空気がよどんでる。こういう場所は大体“中にろくでもないモノが呼吸してる時”の匂いだ」

「そんな物騒な比喩やめて……」

「怖いもんは怖いって言っとけっての。ウルス、お前ビビる時すぐ声が小さくなるから分かりやすいぞ」


 全然フォローになってないのに、妙に安心させてくる。


 整った床が終わり、古い採掘跡が見えてきた。

 崩れた石、折れた木枠、底の見えない縦穴が口を開けている。


「うわ……深そう……」

「落ちたら死ぬに決まってんだろ」


 ノウはためらいゼロで言った。


「だから落ちんな。ほら縄つけろ。三人まとめて落ちても俺が止める」

「軽っ! もっと重く言って!」

「俺がいる時点でお前らの生存率は半分以上上がってんだ。ありがたく思っとけ」


 暴君そのものの自信だ。


 サーディさんは苦笑しながらも、ノウの判断に従って足場の確認をしている。


 天井がぐっと高くなり、人工の梁と自然岩が入り混じる大空間に出た。

 視界の奥には、巨大な灰色の壁が無言でそびえている。


「……これが人工山」


 思わず息が漏れた。


「おいおい。こりゃ“山”じゃねぇ、“壁”だ」


 ノウが笑ったように言う。


「殴っても反応しなさそうなデカいだけの建造物だな」

「殴らないでね……?」

「状況次第だな」


 ノウは本気とも冗談ともつかない調子で言った。

 そのくせ、誰よりも壁の構造を鋭く観察している。


「熱で溶かして固めた跡だ。……中に何か入ってるタイプの作りだな」

「嫌すぎる情報ありがとう……」

「事実だろ。目ぇ逸らすな」


 歩き出した瞬間、足元がふっと押し上げられた。


「……今の、感じた?」

「ああ、感じた」


 ノウは即座に足場を踏みしめた。


「地震じゃねぇ。地面の下から拳で一発食らったみたいな揺れだ」

「誰が殴るのそんなの……」

「知らねぇから今調べてんだろ。愚問すんな」


 怖いけど、ノウの切り返しは妙に頼もしい。


 少し進むと、人工山の裾に黒ずんだ亀裂が走っていた。


「サーディさん、ここ」

「……膨張した時に入った亀裂だな」

「触んなレグ。音が変わる」


 ノウが鋭く制した。


 耳を寄せると──


 どくん。

 どくん。


 心臓みたいな重い鼓動。


「……最悪なタイプの音だな」

「どう最悪なの?」

「止めたら全部終わるやつだ。生き物と機械の中間みたいな……調子に乗ったら山一個吹き飛んでもおかしくねぇ」


 ノウの声は妙に冷静で、逆に怖い。


 亀裂の周りには白く擦れた跡があった。


「ここで誰か揺れの記録をとってたな。人の手の跡だ」

「……父さん、来たのかな」


 言葉が自然と出た。胸が痛む。


「レオンなら来たろ。あの赤毛、ヤバいと分かってる場所ほど覗き込みたがるタイプだ」

「褒めてる?」

「褒めてねぇ」


 ノウは笑ったが、目は鋭いままだった。


「ウルス。バングル、近づけろ」

「やっぱりそれ言うよね……」

「嫌なら離れろ。でも“感じる”のはお前だ。お前のバングルだ」


 仕方なく手首を亀裂へ近づける。


 どくん。

 どくん。

 どく──ん。


 鼓動が一瞬重なって、またズレた。


「っ……」


 気分が一気に悪くなる。


「戻れ!」


 ノウが即座に僕を引いた。


「酔うだろ。こういう“嫌な揺れ”は何度か嗅いだことある」

「……一体どこで?」

「それは忘れた」


 なんだろうこれ?レグの上位互換みたいだ。


「ウルス。今ので何を感じた?」


 暴君みたいなのに、こういう時だけ真っ直ぐ聞いてくる。


「……」

「だよな」


 ノウはすぐ頷いた。


 いや、まだ何も言ってない。

 どう感じた?って言われても、嫌な感じはするけども……


「人工太陽、無音の時間、サイク病、光殿の調整……全部バラバラのリズムで動いてる。星全体が酔ってるみてぇだ」


 あ、それだ。そんな感じ。


「それ……僕も思った」

「お前の違和感センス、マジで役立つからな。自覚しとけ」

「その褒め方なんなの……」

「褒めてねぇよ」


 ノウはふいっと顔をそらした。


「今日はここまでだ。これ以上近づくと、ウルスのバングルがブチ切れる。……そういう時は絶対撤退だ」


 ノウが勝手に歩き始め、僕とレグは慌ててついていく。


「戻ったらデーネに全部投げるぞ。“岩が喋りたがってた件”で」

「タイトルひどい!」

「事実だろ」


 レグが笑い、サーディさんがまたため息をついた。


 人工山の裾から離れるにつれ、重たい鼓動が遠ざかっていく。


 地上ではスサたちが本物の太陽の下で動いている。

 聞き込み組は地下で“光が刺さった日”の話を集めている。


 その全部が──きっとどこかでひとつに繋がる。


 そう思いながら、僕らは揺れの中心から距離をとった。


 人工山の裾から少し離れて、息を整え始めた時だった。


「……待て」


 ノウがぴたりと足を止めた。


「今、揺れ方が変わった」


 耳をすまそうとするより先に、地面がほんの一瞬だけ“沈む”みたいに動いた。

 さっきまでの突き上げとは違う。

 これは──


「……吸われてる?」


 思わず呟くと、ノウが鋭く僕を見る。


「おいウルス。今なんて言った」

「え、いや……なんか、“下に落ちていく”みたいな……」

「あー、マジでか」


 ノウは舌打ちし、人工山の壁に視線を戻した。


「おいサーディ。お前、外周だけ見りゃいいと思ってたか?」

「……内部に異変が起きている、ということか?」

「起きてるに決まってんだろ。揺れの質が変わった。“呼吸の強さ”が変わった時は、中で何か動いたんだよ」


 ノウの目が一気に鋭くなる。


「中に何かがある。……そして今、寝返り打った」


 言葉の意味がすぐには飲み込めない。

 だけど、人工山の壁に掌を当てた瞬間、僕のバングルがびくっと反応した。


「熱い……」

「だろうな。ウルス、感じ取ってるのはこっちだけじゃねぇ」


 ノウは壁を叩いて耳を当てる。


「……中で空洞が膨んでる。たぶん、別の通路があるはずだ。おいサーディ、内部構造の資料、どこまで知ってんだよ」

「人工山の内部は光殿の限られた者しか──」

「だからお前らだけじゃ限界あるって言ってんだよ」


 ノウは完全に苛立っているというより、“敵の懐を見つけた獣”みたいな集中の仕方をしていた。


「ウルス、レグ。行くぞ。中だ」

「中って……入口なんて──」

「あんだろ」


 ノウは壁際の岩をつま先で蹴った。

 その振動が、別の場所へ伝わって返ってくる。


「ほら。今の返り方。中に空洞がある。登るぞ」

「ちょ、待っ──」


 レグが叫ぶより早く、ノウは古い採掘跡の斜面を駆け上がり、緩んだ石の隙間に指をかけ、一発で上まで行った。


「ほら来い。手伝ってやる」


 ロープを下ろされてしまったら、もう行くしかない。


 登り切ると、人工山の壁に“かすかに四角い線”が走っているのが見えた。

 石のつなぎ目……じゃない。

 これは──


「扉……?」

「昔の点検用だな。死ぬほど古いけど、塞がれてねぇ」


 ノウは石面を指でなぞった。


 その瞬間、壁の内部で“コン”と小さな音が鳴る。


 僕たちは思わず息を呑んだ。


「サーディ、お前ら光殿が閉じ込めたもの、まだ動いてんぞ」

「……そんなはずは──」

「あるんだよ!」


 ノウが珍しく声を荒げた。


「ウルス、開けるぞ」

「えっ僕!?」

「お前のバングル、反応してんだろ。それは鍵だ」


 確かに、バングルはずっと熱を帯びたままだ。

 叩いてほしい場所を知らせるみたいに。


「怖かったら言え。俺がぶっ壊す」

「待って、それはもっと怖い!」

「じゃあ開けろ」


 暴君ノウの理屈は、シンプルすぎて逃げ場がない。


 深呼吸して、そっと手を石に当てる。


 バングルが震える。

 亀裂の鼓動とは違う、もっと生き物っぽい震え。


 触れた場所が、ゆっくりと──


 沈んだ。


 石の模様がわずかに回転し、中から古い空気がふっと漏れ出す。


「開いた……」

「よし」


 ノウが躊躇なく隙間に足を入れる。


「行くぞ。中がどうなってても、俺が前だ。レグが後ろ。ウルスは真ん中」

「挟まれてる!?」

「護衛の基本だ。黙ってろ」


 ノウの背中が、薄い隙間の闇に吸い込まれる。


 人工山の中へ。


 誰も足を踏み入れてこなかった星の内部の方へ。


 僕の心臓は、亀裂の鼓動と違うリズムで早鐘を打ち続けていた。


「……父さん」


 思わず呟く。


「ここまで来てたのかな」

「来てたよ」


 ノウが短く言った。


「お前の父は臆病だったが、尻尾巻いて逃げるような男でもねぇ。真実を見に来たなら、絶対ここだ」

「臆病って言った?」

「褒めてんだよ、バカ」


 ノウの声は、闇の奥へ消えていく。


 僕はその背中を追った。


 人工山の中へ──

 星の病の核へ向かって。

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