第186話:チーム分け
翌日。
宿舎の中は昨日より少し早くざわついている気がした。
みんなの動きが、どこか“出発前”の空気をしている。
「ウルス、荷袋の口開けて」
「え、なんで」
「荷物チェック」
パールが、僕の荷袋にパンと干し肉を詰め込みながら言う。
「“任務中は緊張しててお腹空かない”って顔しといて、終わった瞬間“あれ?今日なんも食べてなくない?”ってなるでしょ」
「図星だけども」
「だから先に詰める。うちは未来のウルスの味方だから」
なんか、理屈としてはよく分からないけど、ありがたい。
デーネはテーブルの端で、ノートを広げていた。
記録庫で見た数字、宿舎の窓から見た光の揺れ、昨日までに聞いた「揺れを感じた場所」の噂――それを全部、地図みたいなものに描き込んでいる。
「……やっぱり、人工山があるって言われてるこの真下が一番怪しい」
デーネがペン先で、ノートの中心をつついた。
「揺れの報告も多いし、“光が刺さった”って言ってた日の前後も、だいたいここを通ってる」
「同感だ」
ライネルが腕を組んで頷く。
「光の塔の揺れも、“どこから来てるか分からない揺れ”だったが……線をたどると、人工山の基礎に集まってる感じがするな」
「だったら、見に行くしかないっしょ」
レグが肩を回した。
「箱は開かない。鍵も見つからない。でも、人工山そのものは、見に行ける!」
「そんな簡単に見に行けるなんて言わないでよ。道のりはきっと険しいに決まってるんだから」
「でも行くっしょ!なぁウルス?」
記録庫の箱は封印されたまま。
だけど、揺れの中心に近づくことなら、僕たちにもできる。
「うん。もちろん行くよ。それに――地上の方は、スサたちが動いてる」
僕の言葉を聞いたデーネが、ノートの端っこに別の線を描いた。
「もう地上組は色々情報を集めてるかもしれないわね。スサと、カヤ。それに犬神と、オルトロス」
「地上組に遅れを取らないように、僕たちも早く先に進まなきゃいけない」
言葉ではそう言うけど、胸の奥で緊張がちくっと顔を出す。
地下都市に来る前、僕たちは一度、地上で別れた。
『地上の事情は、我らが見てこよう。主らは、その謎の声の主と共に地下を頼む』
スサの低い声が思い出される。
「地上の様子と魔物……その辺りの外側の真実は、スサたちに任せてある」
デーネが指で線をなぞった。
「うちらはうちらで、地下の中側の真実を掘る組」
「じゃ、こう分けるか」
ノウが静かに言った。
「俺・ウルス・レグで、人工山の外周調査。揺れの中心に近づく組」
「聞き込みは、あたしたちね」
パールが頷く。
「デーネ、ライネル、パールで聞き込み組。サイク病と人工太陽、無音の時間の“人の側の話”を集める」
ロゼルがにやっと笑った。
「私も聞き込み側について行くわ。誰がどこの噂好きか、だいたい顔が浮かぶ」
「下層の子どもたち、“光が刺さった日”って言い方してたな」
ジルが、少し緊張した顔で口を開いた。
「僕も聞き込み側に行きます。あの子たち、僕には話してくれるから」
「それ、めちゃくちゃ助かる」
デーネが即答する。
「“光が刺さる”って言葉、光殿の記録には一個もなかったからね。体感の言葉は、全部こっちで集めなきゃ」
「え、ちょっと待って」
パールが、そこで手を上げた。
「うち、聞き込み組?」
「嫌?」
デーネが首を傾げると、パールは頬を膨らませた。
「人工山、危なそうだから行きたくないけど、ウルスの近くにはいたい」
「その気持ちが一番危ねぇんだよ」
ノウが即答した。
パールが「ひどくなーい!?」って叫ぶ。
笑い声が一度広がってから、デーネが真顔に戻る。
「パールには、聞き込み組の”心のハードル下げ係”をお願いしたい」
「なにその役職」
「パールがいると、みんな緊張ほぐれるじゃん。“難しい話”ってだけで口閉じちゃう人多いからさ。まずは“普通のおしゃべり”から始めないと」
パールは少し考えてから、にっと笑った。
「……それ、ちょっとカッコいいね。やる」
「単純で助かる」
相変わらずデーネはパールの扱い方が上手い。
「じゃ、俺らは“揺れの方”な」
レグが僕の肩に腕を回してきた。
「うん」
いよいよだ。
父さんがノウに預けた神代書物。そこに書かれてあった人工山という存在。いよいよそこに足を踏み入れるんだ。四つのうちの一つ目が、もうすぐ目の前にある。
デーネが、僕たち三人の前に立った。
「とにかく、揺れの場所、揺れた時間、揺れた後の人の様子――この三つ、意識して見てきてほしい。サイク病と無音の時間と人工太陽、その全部に“揺れ”が絡んでる気がするから」
「うん」
バングルに触れると、金属の冷たさの奥で、かすかな震えが返ってきた気がした。
「ふふ」
パールが笑った。
「地上は“獣組”に任せて、地下は“人組”って感じだね」
「獣組って言ったら怒られるからやめて」
スサの真面目な顔を思い出して、ちょっと笑ってしまう。
「でもまあ、方向としては合ってる」
ノウが言う。
「兄貴は、戦場から真実を拾ってくる。犬神とオルトロスは“魔物の暮らし側”から拾ってくる。……どっちも、俺たちには真似できない領域だ。カヤはよく知らねぇけど、信用できるやつってことは分かる」
「だからこそ」
僕は、宿舎の天井を見上げた。
「僕らは、僕らにしかできないところをやる。人工太陽と、人工山と、この地下で暮らす人たちの話を、ちゃんと集める」
パールが手を突き出した。
「よし、じゃあ改めて任務!」
テーブルの上に、みんなの視線が集まる。
「一つ! ウルス・ノウ・レグの“人工山揺れ調査組”、揺れの正体を追う!」
「おう」
「二つ! パール・デーネ・ライネル・ロゼル・ジルの“聞き込み組”、サイク病と人工太陽と無音の時間の“人の声”を集める!」
「了解!」
「三つ!」
パールは、少しだけ空の方――見えない“地上”の方を向いた。
「地上は、スサ・カヤ・犬神・オルトロスの“地上組”に任せる。それぞれが情報を集めて、あとで合流して、全部テーブルに並べる」
「……よし」
デーネが笑う。
「その三本線、めちゃくちゃワクワクするわ」
ロゼルが拳を掲げた。
「じゃ、聞き込み組は早速“おしゃべり好き”から攻めるね。人工山組は?」
レグがニヤリと笑う。
「無口な岩から攻める。しゃべらない分、揺れで話させればいい」
「それはそれで怖いこと言ってる」
そう突っ込みながら、僕は荷袋を背負った。
ーーーーーー
ノウとレグと並んで宿舎を出る。
人工山へ向かう通路は、人工太陽の光とは違う、薄い青白い光で照らされていた。
遠くから、低い地鳴りみたいな音がする。
「……おい、ウルス」
ノウが前を向いたまま言った。
「もし、人工山の基礎に“星の病の核”みたいなものがあったら。そこを見に行くのは、本当は医者でも、政治家でもないのかもしれねぇ」
「じゃあ、誰?」
「巻き込まれ体質と、脳筋と、元監禁野郎だろ」
ノウが淡々と自分のことを監禁野郎と言って、その言葉にレグが爆笑した。
「やっぱ最強のパーティだなそれ!」
「最強かどうかは分からないけど」
僕は、バングルをぎゅっと握る。
「少なくとも、“何もしてないふり”だけはしない」
地下。
地上。
人工太陽。
本物の太陽。
サイク病。
魔物。
人工山。
バラバラだった線が、三つのルートに分かれて、それぞれ動き出している。
どこに集まるのかは、まだ分からない。
でも、同じ一点に向かっている気だけはした。
その“見えない一点”を想像しながら――
僕たち人工山組は、“揺れの中心”へ向かって歩き始めた。




