第185話:話し合い
宿舎の食堂は、いつもよりちょっとだけ騒がしかった。
テーブルの上には、焼きたてのパンと、具が多すぎるスープ。
パールが腕まくりして、ドヤ顔している。
「見て! 今日のは“任務前提スープ”だから!」
「どういう分類?」
レグがスプーンを突っ込みながら首を傾げる。
「飲んだあとに難しい話しても頭が回るように、肉と豆多め! あと、よく噛まないと食べられない根菜!」
「……たぶん、それは“よく噛まないと喋れないスープ”だと思う」
デーネが眼鏡を押し上げながら、ため息半分に言った。
「とりあえず、食べながら話そ」
「そうだな」
グラフさんとサーディさんは、さすがに同席はせず、光殿に残った。
「外の空気から見える変化」が欲しいって言ったのは、きっと本気だ。
だから今は、僕たちだけ。
パンを一口ちぎってから、みんなの顔を見回す。
「えっと……どこから話そうか」
「一番“は?”ってなったとこから話してくれ」
ノウが、スープを冷ましながら言う。
「聞いてる側としても、その方が覚悟ができる」
“は?”の覚悟。
なんか、新しい言葉が頭の中にできた。
「じゃあ――」
僕は、サイク病のグラフのページを思い出す。
「サイク病の人数。増えたり、増え方が鈍くなったりしてるタイミングが、色々な政策と一緒くたにされてた」
「一緒くた?」
ライネルが首を傾げた。
「無音の時間を増やした月、光を弱くした月、地上から人が増えた月……そういうの」
「で、“何かしたおかげで増え方がマシになってる”って、上は言った」
デーネが続ける。
「でも、数字だけ見ると、“無音を増やしても普通に増えた”っていうふうにしか見えない」
「うわ」
レグが、分かりやすく顔をしかめた。
「それ、“筋トレしてるから太ってない”って言い張るやつじゃん。“飯の量見ろよ”ってやつ」
「例え方がレグっぽすぎる」
でも、分かる。
「父さんもそう思ってたみたいでさ」
スープを一口飲んでから、バングルを指で叩く。
「記録の端っこに、“何かしてることで悪くなってるかもしれない”って書いてあった」
「やっぱり変わってるね、レオン・アークトは」
ロゼルが、感心とも呆れともつかない声を出した。
「うちらの議員さん、誰もそんなこと言わないもん。“何かやってます”が一番好きな言葉だから」
「どこも同じだな」
レグが、遠い目をした。
「団にいた時、タイフもそうだった。“作戦は動いている”とか“対策は進んでいる”とか」
「“成果は?”って聞いたら怒られるやつだ」
ノウが苦笑する。
「で、他には?」
「記録が書き換えられてたわ」
デーネが、ノートを開いた。
「サイク病になった人の一覧のとこ。“症状が出る前に、地上に出た経験あり”って書いてあった跡があった」
「跡?」
パールが、パンを握ったまま止まる。
「インクの色が途中から違った。“地上に出た”って部分だけ削って、普通の職業の説明に変えてたっぽい」
「……つまり」
ノウの目が細くなる。
「地上に出たことと、サイク病の発症を結びつけられたくない誰かがいる」
「そう」
デーネが頷く。
「“地上に出たからなった”って話か、“地上に出たら治った”って話か。どっちか、もしくは両方」
「治った、の方だといいな」
パールがぽつりと言った。
「じゃないと、外に出たい人が、余計に閉じ込められるだけだから」
その言葉に、ロゼルとジルが一瞬だけ顔を見合わせた。
「……何か知ってる?」
僕が聞くと、ロゼルが肩をすくめる。
「知ってるってほどじゃないけどさ。昔話ではあるよ。“地上の光を浴びたら病気が治った”って」
「それ!」
デーネが机をぱん、と叩いた。
「そういう話、記録のどこにもなかったの。あっても消されてるんだと思う」
「でも、話自体は残ってる」
ジルが静かに言う。
「光殿の紙の上から消しても、人の口からは完全には消せないんだ」
“紙に残らない記録”って言葉が頭に浮かぶ。
父さんなら、それもちゃんと拾いたかったんだろうな。
「あとね」
僕は、ノートの別のページを示す。
「父さん、サイク病のこと、“星の病”って書いてた」
「星の?」
パールが首を傾げる。
「岩とか砂の話じゃなくて、“ここに住んでる人たちの心の病”って意味で」
「……」
しばらく、誰も喋らなかった。
さっきまでスープをかき回してたレグでさえ、スプーンを止めている。
「光をいじる側が、人の心をどう扱ってきたか。それが星の寿命を決めるって」
口に出すと、また胸の奥が少し痛くなった。
「だから父さんは、光殿も嫌いだったし、光殿に一番長くいたんだと思う」
「嫌いだから、目を離せないやつ」
ノウが呟く。
「“殴りたいから、そいつの目の前の席に座る”みたいな」
「例えが物騒だよ」
でも、ちょっと分かる。
「でさ」
パールが、スプーンをくるくる回しながら、僕を見る。
「ウルスは、それ聞いてどう思った?」
「どうって……?」
「“星の病”が“人の心の病”って話。嫌だった?納得した?」
急に正面から刺すみたいな質問で、ちょっとたじろぐ。
スープの表面に映る自分の顔を見ながら、少し考えてから言った。
「……嫌だけど、納得した」
正直に出てきた言葉だった。
「“星が病んでるから俺たち苦しいんだ”って言った方が、きっと楽なんだと思う」
「うん」
パールが頷く。
「“星のせい”にできるもんね」
「でも、“ここに住んでる人の心の扱い方が病んでる”って言われるとさ」
言葉を選びながら続ける。
「クロカ王国も、光殿も、“今のままが正しい”って顔してた大人たちも、みんな、その病の一部ってことになるでしょ」
「うわあ」
レグが頭を抱えた。
「それ、自分がそこにいた側の人間には、めちゃくちゃ刺さるやつだわ……」
「だから、嫌だけど納得する」
僕は、バングルを親指で押さえた。
「父さんも、たぶん自分のことをそこから外してなかったと思うし」
「外してなかったね、あの人は」
ジルが苦笑した。
「“俺もこの星の一部だから、ちゃんと反省しないと”とか言ってた」
「うわ、その言い方、想像できる……」
想像できて、ちょっとだけ笑えて、同時に苦しくなる。
レオン・アークト。
“星の病を治したい”って言って、この地下まで来た。でも、治せなかった。
「だから」
スプーンを置いて、手を組む。
「僕は、“星の病”って言葉を、父さんが使った意味のまま受け取るけど。同時に、“星のせい”にも、“全部大人のせい”にも、したくないなって思った」
パールが、じっと僕を見ていた。
なんか、じっと見られると照れる。
「何その顔」
「いや、“リーダーの顔してるなあ”と思って」
やめてほしい。
「巻き込まれ違和感係から、いつの間にか星の病チームのまとめ役になってる」
「役職名のクセが強い」
デーネが笑う。
「でも、そのまとめ役がいないと、うちら全員“それぞれの正義”だけで動いちゃうからね」
「うっ」
図星を刺された感じがして、何も言えなくなった。
「で、箱の話は?」
ノウが話を戻す。
「人工山の基礎部のやつ」
「ああ」
さっき見た、分厚い箱の冷たさを思い出す。
「“アヌン地下人工山・基礎部調査記録”。閲覧制限、父さん」
「名前、刻まれてたんだよね?」
パールが身を乗り出す。
「うん。でも鍵は行方不明。錠前の上に、“星の安定を乱す恐れあり”って書いた板が打ち付けられてた」
「うわ、出た」
パールが嫌そうな顔をした。
「“星の安定”って便利な言葉ランキング、今ぶっちぎり一位更新した」
「だよな」
ノウも頷く。
「“星の安定”のために壁を作って、“星の安定”のために神獣を殺して、“星の安定”のために無音の時間を増やして」
「“星の安定のために本物の太陽を見せない”」
ロゼルが、ぽつりと付け足した。
その言葉に、みんなの視線が集まる。
「……それ、どういう意味?」
僕が聞くと、ロゼルは肩をすくめた。
「さっき話した噂だよ。地上に出たらサイク病が治ったってやつ」
「星の安定のために地下に閉じ込めたってこと?」
デーネが身を乗り出す。
「……その噂が本当だとするとそうかも。地上と地下の一番の違いは太陽ね」
さっき記録庫で見た、“地上に出た経験あり”の文字の跡が頭をよぎる。
地上に出た。
本物の太陽を見た。
サイク病がどうなったかは、記録から消された。
「人工太陽の光と、本物の太陽の光」
デーネが、ノートに二重丸を描く。
「そこをちゃんと分けて考えた人って、どのくらいいるんだろうね」
「少なくとも、光殿の中には少なかったんじゃない?」
ジルが言う。
「“光は光だろう”って言って済ませてきたから、今こうなってる」
“光は光だろう”。
その言葉に、バングルがかすかに熱を帯びた気がする。
僕は、ふと自分の神力の色のことを思った。
「……でさ」
レグが、スプーンを置いて、珍しく真面目な顔をした。
「ウルスは、これからどうしたい?」
また、その質問だ。
どうしたいか。
「箱は今すぐには開かないんだろ?鍵もないし」
レグが続ける。
「光殿の中で数字とケンカするのも大事だろうけどさ。俺ら外も見れるんだろ?」
「見れる」
ノウが頷く。
「さっき、光殿の外で待機してる間にも、色々見えた」
「何かあった?」
僕が聞くと、ノウは指を折って数えた。
「まず、無音の時間の前後。人の顔色が変わる。慣れてる感じじゃなくて、身構えてる顔」
「それは、うちらも感じるね」
ロゼルが言う。
「鐘が鳴る前から、子どもたち静かになるし」
「あと、人工太陽の光」
ノウは食堂の天井を見上げた。
「今は柔らかいけど、時間帯によって刺さる感じがある。光殿の記録ではただの数字だったけど、皮膚で感じると全然違う」
「ノウ、そういうとこ、やっぱり鋭い」
デーネがメモを取りながら、ふふっと笑う。
「“皮膚で感じる光量の変化”って、記録庫に一個もなかったから、全部ノウの担当ね」
「勝手に担当にするな」
でも、ノウもまんざらでもなさそうだった。
「それから」
ライネルが、少しだけ手を挙げる。
「宿舎の窓から見える人たち。上の方に住んでる人より、下の方の人の方が、目に光があった」
「え?」
意外な言葉だった。
「下層の方が、光量少ないんだよね?」
デーネが確認する。
「ああ。でも、生きてる目をしていた。上の層の人は、綺麗に整っているが、疲れてる目」
「……」
グラフさんが記録したグラフが頭に浮かぶ。
下層にもサイク病はいるはずなのに、光量の数字だけ見ても説明できない差。
「光が強ければいい、わけでもないのか」
僕が呟くと、デーネが大きく頷いた。
「今の話からすると、むしろ逆ね」
「逆?」
「うん。光が強ければ強いほど、サイク病の症状が強く出てる」
ノートの上に、小さな点を打つ。
「人工太陽の光を浴びれば浴びるほど、星の病は悪化する。……そんな感じ」
「それ、父さんに聞かせたら喜びそうだな」
ぽろっと出た言葉に、自分で少し驚く。
“父さんに聞かせたい”って、自然と思った。
たぶん、どこかでまだ、間に合うと思ってるからだ。
「じゃあさ」
パールが、ぐっと手を突き出した。
「うちらの次の任務決めよ」
テーブルの上に、みんなの視線が集まる。
「一つ。光殿の記録を、外の目線で見続ける。ウルスとデーネとグラフさんとサーディさんで」
「うん」
「二つ。宿舎から見える外の揺れを全部拾う。ノウとライネルとレグと、うちら地下組で」
レグが拳を握り、ノウが静かに頷く。
「三つ」
パールは、窓の向こう――見えない地上の方をちらっと見た。
「地上の話を集める。昔話でも噂でもいいから。本物の太陽と魔物の話を」
「それ、うちたちの出番だね」
ロゼルが笑う。
「地下の古いおばあちゃんたち、話し始めると長いよ?」
「長いのは慣れてる」
デーネがノートを掲げた。
「話が長ければ長いほど、後から宝が見つかるから」
その言葉に、みんな笑った。
サイク病。
無音の時間。
光殿の政策。
人工山の箱。
本物の太陽。
地上の魔物。
全部バラバラの線みたいに見えていたものが、少しずつテーブルの上に集まってきている。
僕は、バングルをそっと撫でた。
「父さん一人で届かなかったところまで、ちゃんとみんなで行けたらいいな」
誰に向けたってわけでもなく呟くと、パールがにっと笑った。
「行くよ。だって、うちら――」
パールは、いつもの悪戯っぽい笑顔で言う。
「巻き込まれチームじゃなくて、巻き込みに行くチームだから」
「それ、ちょっと嫌な成長の仕方してない?」
そう言いながらも、胸の奥が少しだけ軽くなった。
光殿の中で見た“星の病”は、まだどうにもできないくらい大きい。
人工山の箱も、まだ開かない。
でも。
このテーブルの上で交わされた言葉は、ちゃんと僕たちの中に残る。
人工太陽の下で食べてるこのスープも、パンも、笑い声も。
本物の朝を知らない人たちが、それでも朝っぽい空気を作っている。
いつか、本物の太陽の下で同じメンバーで笑えたらいい。
そう思った時、光の塔の揺れよりも、もっとはっきりと――
僕の中で、“地上へ向かう”っていう線が、一本、太くなった気がした。
読んでいただきありがとうございました。
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