第16話:影合わせリターンズ
放課後。
授業が終わった途端、僕の机にパールが肘を突いてにやっと笑った。
「行くわよ、今日こそは“記録庫ダンジョン完全踏破”!」
「……誰がダンジョンマスター?」
「たぶん司書」
「弱そう」
デーネは眼鏡を直しながら真面目に言った。
「前回は巻物と目録しか確認できなかった。今日は奥の棚まで探す」
その横で、レグが腕を組んでうなずいた。
「奥の棚……つまり筋肉で言えば“インナーマッスル”!」
「いや例えが雑!」
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僕らは再び図書室へ。
前回で要領を得たのか、司書の目を盗むのはスムーズだった。
——最大の理由は、レグが考案した「本棚と同化する筋肉ポーズ」を実演したからだ。
両手を広げて「俺は背表紙……俺は背表紙……」と小声で唱える。
パールは「笑っちゃうからやめて!」と涙目。
デーネは「逆に目立ってないのが怖い」と眉をひそめる。
でも司書は完全スルー。
人間って、常識外すぎる存在は視界から消すらしい。
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僕とデーネが影を合わせる。
「もうちょい前」
「ここ?」
「あと0.2歩」
「そんな単位ないから!」
鼻先が触れそうな距離。
心臓がドクン、と爆発しそうになる。
パールが冷静にツッコむ。
「青春やってないで合わせなさい」
カチリ。
影が重なり、扉が開いた。
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ランプの灯りが古紙の匂いを照らす。
昨日……じゃなく前回よりも、さらに奥へ。
壁際には、巨大な地図。
しかも、王都全体を描いた古い設計図のようだった。
「これ……外壁の内側まで細かく描いてある」
デーネが指でなぞる。
「しかも“南門”のところ、影のマークが刻まれてる」
僕は背筋がぞわっとする。
また“影合わせ”……?
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机の引き出しを開けると、黒ずんだ鉄板が出てきた。
竜の紋章。そして裏には文字。
『封印は影によって解かれ、真実は逆さに語られる』
「……なにこれ」
パールが小声で言う。
「影……また影。やっぱり全部つながってる」
「逆さって……“歴史の言葉”が逆にされてるってことじゃ?」
デーネが顔を上げた。
「“守護”が“脅威”に、“対話”が“討伐”に……」
ぞわっ。
僕は鳥肌が立った。
前回の巻物と、ぴたりと合っていく。
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緊迫した空気の中、レグが突然鉄板を掲げた。
「ふはは! この筋肉、竜にも負けぬッ!」
「黙れ!」
「いま歴史的瞬間なの!」
「え、俺も歴史の一部になりたいじゃん!」
ランプの炎が揺れ、笑いと恐怖が入り混じる。
でも確かに、この部屋には“真実”が眠っている。
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薄紙に写しを取り、元に戻す。
見回りは来ない。静寂の中で作業は進んだ。
地図の断片。
竜の鉄板。
そして“影の封印”という言葉。
全部が“外の世界”と結びついていく。
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部屋を出る時、パールがぼそっと言った。
「この調子なら……次はもっと深く入れるかもね」
僕はうなずいた。
「でもレグは入り口で待機で」
「えっ!?」
「爆発力ありすぎて怖い」
笑いながら、でも胸の奥はざわざわしていた。
——影の封印。
——逆さの言葉。
少しずつ、だけど確実に、世界の“偽り”が見えてきていた。