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第182話:光殿第三光量調整師兼非常時即時切替責任者「タキム」

 光殿の中を、さらに上へ。


 階段はさっきと同じように長くて、同じように足にきた。


「……ねぇ」

「なに、パール」

「“さっきより短く感じる”とか言ってたやつ誰だっけ」

「それはさっきの話で、今はまたリセットされてるから」

「便利な脳してんなお前」


 レグが後ろから肩をつかんでくる。


「ウルス、途中で転げ落ちんなよ? この階段、転げ落ちると途中の光の線で派手に光るから」

「そんなエンタメ装置じゃないよね!?」

「“落下者検知用光路”って名前だけど、実質エンタメだね」

「ジルが説明した」


 隣でノウがぼそっと呟く。


「……落ちるなよ」

「珍しく優しい」

「お前が落ちたら、俺が拾いに行かなきゃいけない」

「優しさの理由が完全に面倒くささだった」


 そんな会話をしてる間に、階段がようやく途切れた。


 最後の段を上がると、そこには広い通路があった。

 さっきまでの石と違って、床に細い金属の線がびっしりと埋め込まれている。

 線の上を、淡い光が一定の速度で流れていた。


「ここからが“調整階”の入り口ゾーンね」


 ロゼルが言う。


「正式名称は?」

「光殿第三区光量調整中枢通路」

「ながっ!」


 パールと僕のツッコミが綺麗に重なった。


「略して“ひかちゅう”」

「可愛くするな」

「逆にダサい」


 ジルが笑う。


「光殿の中にはね、“名前をかっこよくしすぎた結果誰も覚えてない場所”がいっぱいあるんだよ。ひかちゅうは、まだマシな方」

「ひかちゅうがマシなら、他どうなってんのこの建物」


 そう言いながら歩いていくと、壁にところどころ小さな窓みたいな穴が空いていて、中で誰かが何かいじってるのが見えた。


 レバー。

 つまみ。

 丸い板。

 きらきら光る石。


 何かの装置を調整してるらしい。


「あれ、もしかして――」


 デーネが目を輝かせる。


「光の流れ、直接いじってる?」

「そう」


 ロゼルがうなずく。


「調整階は、光の塔から落ちてきた“光の線”を、各層に分けて流してる場所。光の量をちょっと増やしたり、時間帯ごとに配分を変えたり、無音の時間の準備をしたり」

「準備……」


 さっきの静けさを思い出して、胸の奥が少しざわついた。


 そこへ、窓の一つから、がばっと人が顔を出した。


「おーいロゼル、また勝手にひかちゅう連れてきたのか!」


 ぼさっとした髪。

 片目にだけゴーグル。

 手には油のついた布。


 中年くらいの男の人――なんだけど、テンションだけはパール寄りだ。


「勝手じゃないよ、ちゃんと許可もらってる」


 ロゼルが肩をすくめる。


「それに、ここに外の子たち連れてくると、絶対あんた喜ぶでしょ、タキム」

「喜ぶ!!」


 即答だった。


「俺はタキム・ヨル。光殿の“光いじり担当”だ!」

「肩書がざっくり!」


 パールがすぐ食いついた。


「正式名称は?」

「光殿第三光量調整師兼非常時即時切替責任者」

「ながっ!!」

「そして覚えるつもりが一ミリもない!!」


 タキムは、僕たちを見てにやっと笑う。


「で、お前らが外から来たガキどもか。噂の“壁の中から飛び出した子分隊”」

「子分隊……」


 なんか言い方が雑。


「ウルス・アークトです。子分隊長ではないです」

「じゃあ何隊長なんだ」

「巻き込まれ隊長かな」

「やめろパール」


 タキムはゲラゲラ笑った。


「いいねぇ、そういうの大事だぞ。ここ最近、調整階では“光が足りない”って話ばっかりで、笑いが不足してんだ」


 ジルが小さく言う。


「その割に、光はけっこう眩しいけどね」

「眩しさと心の明るさは別なんだよ!」


 タキムが意味ありそうで意味のないことを言い切った。


「でだ。せっかく来たんだ、見ていけ。この“昼”を作ってる現場をな!」


 そう言って、タキムは窓の扉をがらっと開けた。


「ちょっと狭いけど、入りたい子から順番にどうぞ!」

「はーい!!」


 パールが一番に手を上げて突っ込んでいく。

 続いてレグ。

 デーネ。

 僕。

 ノウとライネルは、入口付近で警戒モードを維持するらしい。


「……あんまり壊すなよ」

「誰目線の忠告それ」


 中は、思った以上に“機械の巣”だった。


 壁一面に、レバーとつまみと小さな板。

 床にも細い線。

 部屋の真ん中に、腰の高さくらいの円盤があって、その上を光がくるくる回っていた。


「うわぁ……」


 デーネが低い声で感嘆の息を漏らす。


「これ、ぜんぶ光の経路?」

「そうだ」


 タキムが円盤の縁をぽん、と叩いた。


「上から降りてくる光を、ここに一旦集めて、各層に向けて流し直してる。数字にすると――まぁ、だいたいえげつない量だ」

「急に雑!」


 パールが叫ぶ。


「ねぇちゃんと説明して! こっちは数字苦手なんだから!」

「だから雑に言ったんだよ!」

「やさしさの方向性がおかしい!」


 レグがにやにやしながら円盤を覗き込む。


「これ、つまみ間違えるとどうなんだ?」

「簡単に言うと、ある層が昼のまま寝られなくなって、ある層が夜のまま働くことになる」

「わぁ……地味に地獄」

「で、もっと簡単に言うと、俺がめちゃくちゃ怒られる」


 タキムが真顔で言った。


「だから触るなよ。触っていいのは俺と、訓練受けた調整師だけだ」

「はい」


 僕は素直に手を引っ込めた。

 パールの手を引っ込めさせるのにも、少し時間がかかった。


「なぁタキム」


 ロゼルが、光の流れをじっと見ながら言う。


「無音の時間の時、この部屋はどうなってるの」

「忙しい」


 即答。


「工場の音止めたか、風の流れ絞ったか、警告音ちゃんと落ちたか、全部ここに表示が来る。あの静けさの裏で、一番ばたばたしてんのはこの階だぞ」

「うわ……」


 デーネがメモを取りながら顔をしかめる。


「“休めの時間”って言われてる裏で、誰かが過労死しかけてる構図、嫌い」

「俺も嫌いだ!」


 タキムが叫ぶ。


「だから最近、“無音やりすぎじゃね?”って上に言ってんだけどなぁ……」

「言えてるだけ偉いよ」


 ロゼルが肩を叩く。


「上は何て?」

「光のためって」

「出た」


 僕とロゼルとジルの声が見事に重なった。


 タキムは頭をがしがしかいた。


「サイク病がにわかに増え始めたころから、光殿の連中は光の浴びすぎ説をやたら推しててな。無音の時間を増やして、光を減らしたらよくなるかも作戦を始めた」

「で、実際は?」


 デーネが聞くと、タキムは口角を引きつらせた。


「ようわからんが公式の答えだ」

「正直でよろしい」


 レグが笑った。


「でもさ。光の量、記録あるんだろ?」

「あるとも」


 タキムは部屋の奥を顎で示した。


「ここ十年分の光量記録と、各層の配分ログ、全部。ただし、俺じゃ鍵は開けられねぇ」

「それって――」


 デーネが身を乗り出す。


「記録庫の一部?」

「そう。調整階側サブ記録庫だ」


 ジルがこっそり僕の耳元でささやく。


「つまり、グラフと一緒に行くって許可が出れば、あそこも見れる」

「サブって言うには、十分メインっぽいんだけど」


 僕が小声で返すと、ジルは肩をすくめた。


「光殿のやつら、なんでもサブってつけて安心しようとする癖あるから」


 その時だった。


 キィィィン……。


 さっきと同じ音が、耳の奥を刺した。


「っ……!」


 思わず耳を押さえる。


「まただ……下から……?」


 足の裏が、うっすら震える感覚。

 円盤の上を流れていた光が、一瞬だけ、ほんの一瞬、逆流したように見えた。


「……今の、見た?」


 小声で聞くと、デーネがぱちぱち瞬きをした。


「光が、一瞬だけ引っ込んだ」

「やっぱり見えた?」

「え?」


 今度は逆に、タキムが目を丸くする。


「お前ら、今の見えたのか?」

「見えたけど……」


 デーネが不安そうに円盤を見る。


「みんな見えてるんじゃないの?」

「いや?」


 タキムは慌てて、壁の計器をがちゃがちゃいじり始めた。


「今のは……おかしいな。エラーランプも鳴ってねぇし、“微細な揺らぎ”の許容範囲にも何も出てねぇ」

「でも、光が一瞬……」


 僕は言いかけて、ふと気づく。


「タキムさん。この揺れって、いつから?」


 タキムの手が止まった。


「……“揺れ”って言い方するの、昔来たレオンってやつと同じだな」


 父さんの名前が、またここで出てくる。


「レオンも、最初に来た時こう言ってた。“光が揺れてる。上じゃなくて、下の方で”って」


 バングルが、じんわりと熱を帯びた。


「それって……サイク病が出る前?」

「もっと前だ」


 タキムは、遠くを見る目つきになった。


「サイク病が数字に出始めたのは一年くらい前。光の“揺れ”をレオンが気にし始めたのは、その何年も前だ」


 デーネが一気にペンを走らせる。


「ってことは、“揺れ=サイク病の直接の原因”とは言い切れないけど――“星の病”と光の関係、レオンはそこから追ってたってことか」

「星の病……」


 小さく繰り返す。


 サイク病。

 無音の時間。

 人工太陽。

 光の揺れ。


 全部、別々に見えるけど、下のどこかで繋がってる感じがする。


「なぁ」


 レグが円盤を指さした。


「この光、“下”まで繋がってんだよな」

「ああ」


 タキムがうなずく。


「光の塔は、最下層まで延びてる。地面の底――“人工山の残骸”があるところまで」

「人工山……」


 僕たち四人の視線が、一瞬で交わった。


 ロゼルが小さく肩をすくめる。


「……そう。ここ、アヌンにも人工山の名残があるの。完全な“山”の形じゃないけど、基礎部分が地下深くに埋まってる」

「そこまで、光、つながってる?」


 僕が聞くと、タキムはちょっとだけ怖い笑い方をした。


「“繋がってるかもしれない”としか言えねぇ。技師としての答えは“分からない”。でも――俺の勘では、“繋がってたら面白い”」

「最後の基準が完全に技師の性格」


 デーネがぼそっと言う。


「ウルス」


 ノウの声が、入口から飛んできた。


「そろそろロゼルが“偉い人ゾーン”に連れていきたがってる」

「偉い人ゾーンってやめて」


 ロゼルがちょっとだけむっとする。


「調整階の会議スペースね」

「名前変わっても怖さ変わってないよロゼル」


 ジルが笑いながら僕たちを促す。


「光いじり現場はひとまずここまで。次は、光を数字で語りたがる人たちのところだよ」

「もう名前だけでお腹いっぱいになってきたんだけど」


 パールがぐったりしている。

 でも目はちゃんときらきらしていた。


「タキムさん」


 僕は振り返る。


「また、ここに来てもいいですか」

「もちろんだ」


 タキムは、油のついた手をぐっと突き出してきた。


「お前、光の揺れが見えるなら、なおさらだ。俺には見えねぇものを、“見えた”って言ってくれる目は貴重だ」


 その手を、僕も思い切り握り返した。


「じゃ、また今度、えげつない数字も教えてください」

「分かった。今度までに、えげつなくない言い方も考えとく」

「それが一番難しそう」


 デーネがくすっと笑った。


 調整室を出ると、また淡い光の線が走る通路に戻る。


「どうだった?」


 ライネルが聞いてくる。


「うーん……」


 言葉を探して、結局こう答えた。


「想像してたより、人の手が入ってる光って感じ」

「どういう意味?」


 パールが首をかしげる。


「昼も夜も、静けさも。全部、誰かがここで決めてるってこと」


 無音の時間も。

 光の量も。

 サイク病への対策も。


 光の塔が勝手にやってるわけじゃない。

 人が、決めてる。


 ロゼルが、少しだけ真面目な顔になる。


「だからこそ、記録が大事なんだよ。誰がいつ何をどう決めてきたかっていう足跡がね」

「そこが、記録庫」


 デーネがノートを抱きしめる。


「今日のところは光の生きた流れを見た。明日は、光の履歴書を見に行く」

「履歴書って言うと急にブラック企業臭するな」


 レグが笑う。


「サイク病の元凶、働きすぎた光とかだったらどうする」

「やだそんなオチ!!」


 パールが全力で拒否した。


 ジルが、そんな僕たちを見ながら、少しだけ優しい声で言う。


「でもさ。こうやって笑いながら見てくれるよそ者がいるのは、やっぱりありがたいんだよ」

「そう?」

「真面目な顔だけで光を見てると、ここで決めてることがどんどん重くなる。重くなりすぎて、誰ももう変えようって言い出せなくなる」


 ロゼルも頷いた。


「だから、笑っててね。シリアスな話を聞いても、ちゃんと笑えるうちは、まだ大丈夫だから」

「……うん」


 それなら、たぶん僕は大丈夫だ。


 シリアスなことを考えて、ちゃんと怖くなって、それでも笑える。

 パールやレグが隣にいて、ノウやライネルが黙って見てくれて、デーネが全部メモしてくれる限りは。


「じゃ、今日はここまで」


 ロゼルが階段の方を指さした。


「一回戻ろう。グラフとサーディとで、記録庫の準備をする時間が必要だから」

「準備って、何するの?」


 パールが聞くと、ジルが肩をすくめた。


「“見せちゃいけないものをどこまで減らすか”の相談じゃないかな」

「やだなそれ!」

「とにかく、今日のところは、光の現場見学まで。明日はちゃんと、秘密の棚の中身まで行くから」


ーーーー 


 地下都市の“昼”は、今日もちゃんと続いてる。

 その裏で、光殿の光は、少しずつ――僕たちの方に、近づいてきていた。

読んでいただきありがとうございました。

面白かった、続きが気になると思ったら評価、ブックマークよろしくお願いします。

筆者がものすごく喜ぶと同時に、作品を作るモチベーションにも繋がります。


次回もよろしくお願いします!

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