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第181話:いざ、光の調整階へ

「光殿の階段は、さっきよりも少しだけ、短く感じる」

「はぁ?どこがー?うちもう疲れたよ」

 

 パールは僕の意見には全く共感できなかったらしい。


 扉の前の兵士が、また槍を構える。


「再びか。動きはどうだった、無音の時間は」


 ジルが肩をすくめた。


「“いつも通り”。でも、“いつも通り”の中に、ちゃんと違和感は混ざってたよ」

「曖昧な言い方だな」

「曖昧なものを、曖昧じゃない顔で見てきたんだ」


 ロゼルが前に出る。


「サーディに会わせて。今の広場と、倒れた人のこと。“外の目”として見た分だけでも、先に伝えたい」


 兵士は少しだけ迷った顔をして、扉の内側に声をかけた。


「外の連中が戻った。議会代表に伝えろ」


 中から、短いやりとりの気配。

 やがて扉が、ぎぃ……と重い音を立てて開いた。


 さっきと同じ光。

 天井から下がる光の鎖。

 床を走る光の線。


 でも今は、その眩しさの奥に、うっすらとさっきの“無音”の名残が見える気がした。


 サーディさんは壇から降りず、上からこちらを見ていた。


「戻ったか。外の静けさは、どうだった」


 ロゼルが一歩前に出る。


「“静かにされてる静けさ”だった。みんな、慣れてはいるけど……あれで心が休まってる顔には見えない」

「ほう」


 サーディさんの視線が、僕たちの方に移る。


「では、外から来た目の意見を聞こう。一人ずつ答えろ――と言いたいところだが、時間も限られている。代表を決めろ」

「ウルス」


 パールが、即答で僕の背中を押した。


「こういう時は巻き込まれ役が一番映えるから」

「映えを考える場じゃないからねここ」


 でも、誰も否定しない。

 ライネルも、レグも、ノウも、黙ってこっちを見ていた。


 ……はい、分かりました。

 いつものやつですね。


 僕は、少し前へ出る。


「ウルス・アークトです」


 声が、自分で思ってたよりはっきり出た。


「無音の時間は――“病を良くするために必要な時間”というより、“病と一緒に、人の息まで押さえつけてる時間”に見えました」


 議場が、わずかにざわめく。

 年配の議員が、わずかに眉をしかめたのが見えた。


 サーディさんが、静かに促す。


「続けろ」

「さっき、広場で一人、倒れた人を見ました。無音の時間が明けた直後に。……ミーナさんは“最近多い”って言っていました」


 白衣の女の人の顔が一瞬浮かぶ。


「全部がサイク病なのかは分からない。でも、“静かにさせられている時間のあと”に人が壊れるなら……その静けさの作り方に問題があるかもしれないって、僕は思います」


 言いながら、クロカ王国の壁の中のことを思い出してた。


「クロカ王国にも、“全員で祈れ”って時間がありました。あれも“心を落ち着かせるため”“神と向き合うため”って理由でしたけど……結局は、“何も言わない人間”を増やすための時間でした」


 言い終わった瞬間、ロゼルとジルが視線を交わしたのが分かる。


 サーディさんは、光の鎖越しに僕を見ていた。


「つまり、お前はこう言いたいのか」


 ゆっくりと言葉を選ぶみたいに、サーディさんが続ける。


「“病を理由に強制された静けさ”は、病の原因でなくとも、“病の土壌”になりうる、と」

「……はい」


 自分で言葉にされると、ちょっと怖くなる。

 でも、そこで引っ込めたらきっと、父さんに笑われる。


 だから、ちゃんとうなずいた。


 議員たちのざわめきが、さっきよりも大きくなる。「素人が」「子どもが」「外の者が」といった単語が、かすかに耳に入ってきた。


 その中で、グラフの名前が一度だけ聞こえた。


 サーディさんは、そのざわめきをあえて無視するみたいに、静かな声で言った。


「いい意見だ」


 一拍置いて、言葉を足す。


「“外から来た子どもの無責任な感想”として片づけることもできる。だがそれをしてきたからこそ、我々は今、“行き詰まり”という言葉を使っている」


 ロゼルが、肩の力を少しだけ抜いた。


 サーディさんは壇から降りて、光の線の手前まで歩いてくる。


「ウルス・アークト。お前たちは、サイク病の症状を見た。医師たちの苦悩も聞いた。無音の時間も体験した」


 視線が、塔の中腹へと上る。


「次は、“光の記録”を見る番だ」


 その言葉に、デーネがぴくっと反応した。


「……記録庫への通行、許可してくれるんですか」


 真っ先に聞くところがほんとデーネだなと思う。

 サーディさんは小さく息を吐いた。


「“全面的な許可”は出せない。だが、“限定的な閲覧”なら、議会代表の権限でねじ込める」


 後ろの議員たちが、一斉にざわついた。


「サーディ!」「勝手な真似を――」「危険だ!」


 サーディさんは、振り返りもせずに言った。


「危険なのは、“何も変えないこと”だ。……変えたいと口で言いながら、一歩も動かない我々の方が、よほどな」


 その言い方は、誰よりも自分に向けてるみたいだった。


「条件が一つある」


 サーディさんが、僕たちを見回した。


「記録庫に入るのは、代表二人まで。一人は、医師側の責任者――グラフ・ニードをつける。もう一人は、外から来たお前たちの代表。あとの者は待機だ」

「二人……!」


 パールが「全員で突撃!」みたいな顔をしてたけど、一瞬でしゅんとした。


 レグが指を折りながら言う。


「ってことは、“医者枠”はグラフとして、“外から枠”は――」

「デーネだな」


 ノウが即答した。


「記録を読むのは、あいつが一番向いてる」

「異議なし」


 ライネルもあっさり。


「俺は外から“今の街”を見る方がいい。記録庫にこもるより、動きたい」


 パールが僕の袖を引っ張る。


「ねぇねぇ、ウルスはどうするの」

「え」


 そう来る?


「僕は……」


 デーネが一歩、前に出た。


「ウルスも、一緒に行かせてください」


 意外と早く言われた。


 サーディさんが、少しだけ目を細める。


「理由を聞こうか」

「わたしは記録を読むのは得意だけど、“今見てきたもの”との繋ぎ方は、ウルスの方がうまい。壁の中のことも、壁の外のことも、さっきの広場のことも、無音の時間のことも。一緒に見たものを、一緒に解釈した方が、きっと早い」


 ……なんか普通に褒められてる気がする。

 慣れてないから、変にむずがゆい。


「それに」


 デーネが、バングルをちらっと見た。


「たぶんだけど――記録庫の中で、“レオン・アークト”の足跡を、一番最初に見つけるのはウルスだと思う」


 バングルが、どくん、と脈打った。


 サーディさんは少しだけ黙って、それから短く頷いた。


「分かった。グラフと、ウルスと、デーネ。この三人に、記録庫の“限定閲覧”を認める」


 後ろから「待て」「軽率だ」という声がまた飛んできたけど、サーディさんは聞き流した。


「ただし、もう一つ条件をつける」

「まだあるの?」


 パールが小声で呟く。


 サーディさんは、今度は僕をまっすぐ見た。


「ウルス。記録庫で見たものを、“クロカ王国の壁の中”と同じように扱うな」


 胸の奥が、ちくりとした。


「どういう意味ですか」

「“不都合だから隠す”“怖いから見なかったことにする”――そういう扱いをするな、ということだ。見たなら、誰かに伝えろ。その誰かが、たとえこの光殿の外の人間でも構わない」


 ロゼルが、わずかに目を見開いた。


 ジルも、口元をかすかにゆがめる。


 ……たぶんこの人、自分のいる場所のこと、そこまで信用してない。


 そう思った。


「約束できるか」


 サーディさんの問いに、僕は深く息を吸った。


「……します」


 父さんなら、どう言っただろう。

 少し考えてから、こう続けた。


「ここで見たものは、ここだけのものにしません。地下にいる人たちにも、地上にいる人にも、この星で生きてる人たちにも――届くようにします」


 サイク病のことも。

 無音の時間のことも。

 人工太陽のことも。

 この国の光と影も。


 全部まとめて、どこかに届くように。


 サーディさんは静かに目を閉じて、短く息を吐いた。


「……ならいい」


 壇の隅にいた書記らしき人が、慌てて何かを書きつけているのが見える。

 “光殿議会、外部者閲覧許可”とか、そんな感じの文字だろう。


「グラフには俺から伝えておく。記録庫の準備にも時間が要る。今日は、“光の調整階”を見ていけ」

「調整階?」


 僕が首をかしげると、ジルが小さく笑った。


「光殿の心臓のすぐ外側。実際に光を流してる装置と、上から降りてくる命令がぶつかる場所さ」


 ロゼルが少し真顔になった。


「サイク病のことだけじゃなく、“星の病”の気配を、一番近くで感じられる場所でもある」


 その言い方に、バングルがまたじわっと熱を帯びた。


 ――さっきの“キィィン”って音。


 あれも、そこから来たんだとしたら。


「分かりました」


 僕は言った。


「光の調整階を見て。それから、記録庫を見ます」

「言い方がちょっとかっこつけてる」


 パールが小声でつついてくる。


「いいだろ、たまには」


 レグが笑った。


「どうせまた巻き込まれてくんだ。かっこつけるぐらい許してやれ」


 ノウは光の塔を見上げたまま、ゆっくり言った。


「上だけじゃなく、下もそのうち見ないとな」

「下?」

「お前、さっき“下から音がした”って言ってただろ」


 ……そういえば、言った。


「光は上から来る。でも、病は下から上がってくることもある」


 ライネルが、その言葉に静かに頷いた。


「兄貴も同じことを言っていた。“空だけ見てると、足元の穴に落ちるぞ”とな」

「怖い例えだな……」


 でも、嫌いじゃなかった。


 サーディさんが最後にもう一度、僕たちを見回した。


「アヌン国の光殿は、今お前たちを“よそ者”として迎えた。だが、いつまでもよそ者でいる必要はない」

「どういう意味?」


 パールが首をかしげる。


「“外からの視線”は貴重だが、“中に踏み込む足”も同じくらい大事だということだ。……どこまで踏み込むつもりかは、お前たち次第だ」


 その言葉に、胸の奥がふっと軽くなった。


 父さんがいた場所に、少しだけ近づいた気がしたから。


 ロゼルが、僕たちの方へ振り返る。


「じゃ、光の調整階に行こうか。人工太陽の“裏側”――見たことある?」

「表側すらまともに見たことないよ」


 そう返したら、ロゼルは楽しそうに笑った。


「なら、初めてを見るにはちょうどいい。この星の“昼”を作ってる場所」


 ジルが軽く手を振る。


「案内は任せて。道は曲がりくねってるけど――まぁ、ウルスならどうせ真ん中まで迷い込む」

「勝手に決めないで」


 そう言いつつも、たぶん本当にそうなるんだろうな。


 また、巻き込まれる。

 また、知らないものに触れに行く。


 でも――


 誰かの“無音”が、ほんの少しでも変わるなら。


 この国のどこかで、父さんが見た光に、少しでも近づけるなら。


 それなら僕は、いくらでも真ん中に立ってやる。


 バングルを握り直して、

 僕たちは光の塔の、心臓のすぐそばへ向かって歩き出した。

読んでいただきありがとうございました。

面白かった、続きが気になると思ったら評価、ブックマークよろしくお願いします。

筆者がものすごく喜ぶと同時に、作品を作るモチベーションにも繋がります。


次回もよろしくお願いします!

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